開戦の狼煙
「────それでは道理が通らん。宣戦布告とは戦端を開く前に行うものだ」五名のうちの一人、背中に馬鹿でかい大斧を担ぎ、フルプレートを着込んだ体格のいい男が厳格な物言いで口を挟んだ。
「五月蝿いわね、脳まで筋肉出できていそうな男ってアタシ嫌いなの。黙っていて貰えるかしら」とボウモアは跳ねつけた。
{あ、あー、おお、すごいや}
不意に拡声魔法による音声が聞こえてきた。
「この声、ロイグか!?」天蓋の更に上から浴びせられる声に俺は顔を上げた。
状況から察するに、先程拡声魔法によって避難指示を出していた男の魔法力を吸い取ってロイグが利用しているのだと理解した。
「あらあら、あの子ったらなかなか面白いことを考えるじゃない」ボウモアはくすりと笑った。
{王都の皆さん、今晩は。さっき緊急避難の指示があったと思うけど、どこへ逃げても無駄だよ。アハハッ!ぼく達、黎明の三賢は、これから人間の粛清を始めるからね。君たちが万物の霊長みたいな顔でてっぺんに胡座をかくのは今日までなんだ、ごめんね!}
気色の悪い静寂が議事堂内に染み入った。
「ウフフフ……お聞きになられたかしら?」
方法はわからないが、クレイグの異空間で彼女が話した『人間になる』という言葉─────それがついに実行されようとしているのかもしれなかった。
「そこまで聞いて無事帰すとでも思うか?」フルプレートの男は言った。
「モーレン、こいつを亡き者にしようと、問題は解決しないぞ」とキャメロンは釘を指した。
「ならば貴女はこやつらをおめおめとここから送り出すとでも言うのか?」猛禽類のような鋭い眼差しがキャメロンを射すくめた。
「別にそこまで言っておらんわ、この脳筋が」と奇しくもキャメロンはボウモアに同調した。
「あらあら、仲がよくて羨ましいわね。でも安心して、アタシには交戦の意志はないわ。どうせ死ぬのに、わざわざ手を汚すなんて合理的じゃないもの」
「メザワリ」漆黒のローブに身を包んだ痩せ型の男は前方に右手をかざした。
その途端、ボウモアは溺れるように「かはっ」と声にならぬ声を上げてその場でもがき苦しみ始めた。
「シネ」
その一言のあと、ついに言葉すらも発せなくなったボウモアは、そのまま即身仏のように乾燥し、骸となった。
「あーあ、殺しちゃった。別にこんなヤツいつでも殺せたんだから捕らえて情報を吐かせればいいのに、馬鹿ね」女はブロンドをかきあげた。
ローブの男は黙ってブロンドの女に掌を向ける。それを好戦的な目付きで女は睨み返した。
「やめましょう、仲間割れしている場合では無いですよ」とウィニーが割って入る。
「ふん。ウィニーさんに免じてその生意気な振る舞いは許してあげるわ。言っとくけどあんたより私の方が歳上なんだからね」
ローブの男は掌を下ろし、鼻をひとつ鳴らした。
「まだ一匹残っているだろう、私は行くぞ」
キャメロンがモーレンと呼んだ男は背中に背負った大斧を手に取り、壁面を打ち砕くと、出来た穴から悠々と外へ歩いて行った。
「はあ、なんで出入口から出ないワケ?あれがかっこいいとでもおもってるのかしら。私も行くからあとはよろしく」ブロンドの女はそう言って出入口からすたすたと歩いて出ていった。
それに続いてローブの男も大斧によって開けられた穴から何も言葉を発さずに素早い身のこなしで外へ飛び出して行く。
「─────やれやれだ」キャメロンは疲れきった顔をしていた。
「キャメロン、今の連中は……」俺はボウモアの亡骸を見下ろしながら訊ねた。
「ああ、私やウィニーと同じ番号持ちだ。中でもとびきり血の気が強い連中だがな。金髪で貴様に文句を垂れていた女がブローラ、フルプレートを着た大男がモーレン、黒いローブを着ていた小さいのがカダムという」
「やっぱりか」
「あっ、そうだ。ショウ君、君に渡したいと言いますか────お返ししたいものがあります」何かを思い出したかのようにウィニーは言った。
「お返ししたいもの?何も貸した覚えはないが……」
「ウィニー、それはあとにしろ。連中は勝手に動き出したが、行動としては間違ってない。まずは男性型怪人の討滅が最優先事項だ、我々も捜索にあたるぞ」とキャメロン。
「わかった。さっきの拡声魔法の発信源はかなり近かったように思える。すでに番号持ちの誰かが交戦状態にあるかもしれないぞ」
「現状を緊急事態条項の十六、細則の『統率者不在』にあたるとし、代理統率者資格による執行を行う。王属特務小隊長の責任において任を命ずる」とキャメロンは突然言い放った。
恐らくこれは緊急時に司令系統が麻痺した際のマニュアルのひとつなのだろうと想像がつく。俺には彼女の判断は甚だ妥当に思えた。
今此処に雁首揃えて息絶えている政府中枢のお偉方を蘇生することは容易いが、この議事堂にはボウモアの骸もある。つまり広範囲の巻き戻しはボウモアの蘇生にもつながってしまうのだ。
かと言ってひとりずつ蘇生をしていたのでは、埒が明かない。取り急ぎそれを行ったとして、そこから年寄り達の議論が始まるようでは話にならないのだ。今はとにかく時間が惜しい。その点を全て鑑みた上で、瞬時に全責任を負い、代理統率者に名乗りを上げたキャメロンにはリーダーの資質があると評価できる。
「私はこれから追放魔法で国立転移ターミナルへ転移して刻印柱と転移魔法官の疎開を行う。何時ぞやの二の舞になってはたまらんからな」
「そうか、今は全て王都で管理しているんだったな……王宮はどうする!?」
「刻印柱と転移魔法官を疎開させた後に私が対応する、国王には悪いが後回しにするしかない」
「わかった」
「貴様らにはこれから追放刻印を付与する。私は遅れて南地区、ウィニーは北西地区、ショウは北東地区へ転移して、怪人を発見したら交戦中の味方戦力に加勢せよ」とキャメロンは俺たちに命じた。
俺とウィニーは顔を見合わせ頷くと、互いに強く返事をした。
「行けっ!!」
彼女の号令とともに俺の視界は切り替わり、民衆が阿鼻叫喚の声を上げる街中へと身を移した。
冷静になって考えると、これだけの民衆が逃げ惑う中、同じような姿形をしているロイグを見つけ出すのは砂粒の中の米を探すのに等しい。何か騒ぎでも起こしてくれていれば─────などと考えていた時、周囲の民衆が一斉に空を見上げていた。
遠すぎて不鮮明だったが、大空には翼を広げた巨大な鳥型の生き物が旋回していて、その広い背中から四方向に別れて何かが落下してきているのが見えた。
そしてそのひとつは俺の目と鼻の先に落下してきていた。西陽に照らされ、空中で認めたその姿は明らかな異形であった。
「『アタシは』ってそういうことか、くそがっ────」
ほぼ同時に王都内へ着地したであろう化け物達は、その衝撃によって各所で大きな砂埃を巻き上げていた。