宣戦布告
それから俺は王都の中枢区画にある国立図書館へ足を運んだ。
この図書館は通常、王室か議会の承認がなければ立ち入ることすら不可能な場所だった。騎士階級へ就いたその日にキャメロンとシャーロットを通じて申請を出しておいたのだ。
きちんと正装を着こなした管理者の女性に、王室からの許可証を見せると彼女は俺を館内へと案内してくれた。図書館は五階建てで、相当数の書物が眠っていることが窺えた。
そこで俺はいくつかの本を手に取り、読み耽った。俺が出入りしたことがある様な、街の図書館であれば書物の貸出ができるのだが、当然ここに収められている本達は門外不出の禁を課せられている。
真っ先に手に取った“魔法全史”は歴史の中でどんな魔法が生まれていったかを全て記載していた。もちろん一巻に全てが収まりきるわけもなく、現段階で第十三巻にもなり、現在までの魔法を連綿と書き連ねている。そして最も古い魔法の記述はトラッド歴で二百年を越えるほど以前に遡っていた。
「こんなに昔から魔法は当たり前にあったのか」
それから俺は魔法の正体について記述がある本を探し、半日ほど茶色く弱くなったページを捲り続けた。
魔法関連の書物を片っ端から読み漁ったと言っても、それをしていたのでは日が暮れるどころか年が暮れてしまう。俺は最も古い記述にのみ絞って目を通し、数十冊にも及ぶ書物を次々に積み重ねていった。その結果わかったことは、ある年代より前に書かれた書物が全く見つからないのだ。それはどんなジャンルの書物も同じだった。
「うーん……紙媒体の限界か──────」
魔法全史には魔法の成り立ちが記述されていて、それは特に俺の興味を引いた。
第一に魔法は“異種交配”によって新しく生まれるということ。人間が自分の血縁者以外と番になって子を成す性質上、それは当然とも言える摂理だった。異なる色同士が混ざりあって新しい色を生み出すということだ。
第二に“選択圧による現出”という記述もあった。これは地球で言うところの進化論などと同じで、生活するのに必要だから、あるいは有利だから新しい魔法が生じたということ。ヒレが前足に変化したり、エラ呼吸から肺呼吸へ変化したりといった、背中に迫りくる淘汰に抗った末の“進化”にも似ている。
また、魔法が使えるかどうかを決定づけるのは、魔法力を蓄える器の容量によることが記されていた。その器を専門的には魔力溜まりと呼んでいるらしい。加齢とともに成長し、蓄えられた魔法力が一定の量を超えた時、その人固有の魔法が現出する。そしてその容量は老齢とともに減少していくこともわかっている。
つまり、先天的な魔力溜まりの拡張量次第では魔法を使えず生涯を終えることもあるというのが、魔法を持たざる者がいる理由だった。
そして俺が図書館を訪れた当初の目的であるところの『魔法力を奪い取る魔法』の情報はついぞ見つけられなかった。
太陽も随分と傾き、文字を追うのに目が疲れて来た頃、不意に図書館の窓と俺の鼓膜がビリビリと震えた。とてつもない音圧で発せられる声、そして腹の底まで響くような鐘の音─────それはどうやら外から聞こえているらしかった。
急いで出入口へ向かうと、先程俺を案内してくれた管理者と鉢合わせになり、一緒に外へ出た。
{─────繰り返します、市民の皆さん退避してください!!}どこか高い位置から発せられるその声は町中に非常事態を告げていた。
「なんてバカでかい声だ、どうなってるんだ」
「緊急事用の拡声魔法です、何かあったのでしょう」管理者の女性はぽかんと口を開けながら言った。
{議事堂に怪人が侵入しました!市民の方は郊外へ避な……}男の声はそれを最期に聞こえなくなった。
俺は衝動的に議事堂の方へ向かって走った。議事堂があるのは同じ中枢区画、目と鼻の先だ。
「くそっ、後手を踏んだか!」
角を二つ曲がり、議事堂へたどり着くと、そこには別段破壊などは見られなかった。その頃には避難勧告を聴いた民衆達の声がざわめきの津波となって一気呵成に押し寄せてきていた。
正面の立派な装飾が施された観音開きの扉を開くと、そこは別世界みたいに静かだった。入口から講堂までの短い道行き、官僚と見られる外傷のない人間の亡骸がいくつも転がっていた。
「あの時と同じだ、キャンベルの時と」
いつかはキャメロンの転移によって入場した講堂へ、俺は意を決して足を踏み入れた。
まず視界に入ったのは五人の男女の背中で、その中にはキャメロンとウィニーの姿もあり、他の三名も番号持ちであることを予感させた。
そして夥しい数の議員の遺体────床に伏して倒れている者、議席に座ったまま力尽きている者、怯えた表情が張り付いたまま壁にもたれて絶命している者もあった。
俺が入場すると、そこに未だ立っている五名の視線が一気に注がれる。そして、その向こう側にこの惨状の元凶は居た。
「あら、お久しぶりね」ボウモアはこちらに向かってひらひらと手を振った。
カナから話は聞いていたが、ボウモアやロイグの不死性を正確に認識したのはこの時が初めてだった。彼女を死に至らしめてからまだ二週間と経っていない。どんな方法かは分からないが、復活するにしろ一度退治してしまえば、しばらくの間は活動出来ないだろうとたかをくくっていたが、その期待は裏切られる格好となった。
「貴様、何故こんなに早く駆けつけられたのだ?」キャメロンは訊ねた。
「そこの図書館で調べ物をしていたからな。あの時以来だね、ウィニーさん」
「お久しぶりです、ショウ君」ウィニーは真剣な顔付きを崩さず応じた。
「あーあー、なんでのこのこ来ちゃうかなあ!こいつら、君のこと狙ってここへ来てるって事わかんないワケ?王室就きになったからって調子こいてんじゃないわよ。どっか安全な隅っこの方でブルブル震えてなさいよ、まったく」残りの三名のうちの一人、金髪の女はこちらを睨みつけた。
「一体どうやって王都に入り込んだ……転移網は政府が管理しているはずだが」とキャメロンは指摘した。
一対五─────しかも政府が抱える人的戦力が集中している都内であることを考えると、増援は早々に期待できる。こちらが有利なのは明白であり、ボウモアを討つこと自体はそう難しいことでは無いだろう。だがそれはあくまで姑息療法にしかならない。
「お前が自分の命を粗末に扱ってもいい理由の方はもう十分にわかった。俺の身柄が目的か?これだけの手練に囲まれて、そう上手くことが運ぶと思うか?」
こんな残機が無限の化け物が起こすテロ行為に何度も付き合わされるのではたまったものではない。
「いいえ、違うわ。お父様も痺れを切らしてしまってね、だからもうその線は諦めたの。今日は宣戦布告をしに来たのよ、ウフフ」