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兆し

 

「みんなも飲んでみてくれ」


 そう言って俺はその場の面子にテイスティングを促した。


「ウッ、やっぱ変な味……」と評したのはアソールだった。続いてブレアも「これは個人的にあまり好ましくありませんね……」と呟いた。


 そうだろう、そうだろう。泥炭(ピート)を効かせたウイスキーは飲み手を選ぶ。口に含んだ瞬間に感じる強烈なヨード香。俺も最初は消毒液を飲んでいるみたいで敬遠したものだ。ところが何度も飲むにつれ、やっとその奥にある甘みや塩味などのニュアンスがわかるようになってくるのだ。そうなったらもう、この癖の強さにハマってしまっている。


「────ほォ、悪くねェ」


「え?」


「今まで飲んだウイスキーの中で一番うめェ」グラスをじっと見つめながらサルは言った。


「驚お前のツボはここかよ……珍しいやつだな」


「ショウ、こいつを量産するなら俺ァ喜んで手を貸すぞ」


 ファーストコンタクトでピーテッドウイスキーを美味しく飲める才能がサルにあったとは驚きだ。しかし、興奮冷めやらぬ彼の意向には同意しかねる。


「現段階では厳しいな」


「あ?なンでだ」


「今のやり方では生産効率が悪すぎる」


 蒸留前の状態、すなわち麦汁に泥炭香木を投入する製法を見つけ出したまではよいが、大量の麦汁に対して、用意出来る泥炭香木の量が過小なのである。


 製造工程として適正に運用するのであれば、麦汁1リットルあたり何グラムの泥炭香木を漬け込むかを管理する必要があり、今回は泥炭香木の量が少ないことから、香味が薄くならぬように麦汁の量を極端に減らして別個に糖化・蒸留を行なったために実現したが、泥炭香木は樽材を使用している都合から有限であり、大量生産に向かないのだ。


「そのかわり新しいシリーズのウイスキーをつくる」


「なンだそりャ?」


()()()んだよ。泥炭香木を使って製造したこいつと、今まで通りの製法で作ったクレインズを混ぜて新しい銘柄としてリリースするんだ」


「ちょっとだけバージョンが違うやつを売り出すんだね!」


「そのとおりだ、アソール」


 “ヴァッティング”と呼ばれる技法がある。これは異なる製造条件で造られた原酒(ニューポット)を同士を混ぜ合わせ、ひとつの樽で熟成するというものだ。原酒を(ヴァット)で混ぜ合わせていたことに由来する。地球では、単一の蒸留所でいくつもの製法と味わいが違う原酒を用意し、それらを混ぜ合わせて最も効果的に美味しさを引き出す混合比率をブレンダーが研究している。


 クレインズはまだ確立した製法が少ない。より深い味わいのウイスキーを生み出すには、こういった製法や原料が違う原酒を幾つも用意する必要がある。ウイスキーの道に果てはないのだ。


「それじゃあ、比率を変えて何度もショウ様が味をみるのですか?」とブレア。


「そこなんだが、ダルモアに一任しようかと思っている」


「ええーっ!?なんでまた……」


「いけ好かない男だが、酒に関しては造詣が深いのも確か。もちろんウイスキーを飲んできた数で言えば俺の方が当然多いが、俺が味を決めたんじゃあ俺好みの酒にしかならない。その点、この間の試飲会で葡萄酒の味わいをきちんと言語化していた点を鑑みると、あの男の舌だけは信頼できる。まずはダルモアを筆頭とした貴族層に受け入れられるウイスキーを提示することを目標にするべきだと思うんだ」


 ウイスキーという酒が世にあまり浸透していない以上、利き酒をできる人物も当然限られるのは仕方の無いことだ。言うまでもないが、結果的にダルモアはこの打診を快諾することとなった。



 *

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 *

 *



 シャーロットからの指示がないまま、数日の余暇を与えられた俺たちに、指令よりも先に不穏なニュースが飛び込んで来た。


「────白璧の位置がずれてる?どういうことだ?」仮住まいの椅子に腰を下ろし、俺はキャメロンに聞き返した。


 彼女は俺の正面に座り、難しそうな顔をしていた。


「グレン・ボルカ麓の洞穴奥に塞いでいた白璧を覚えているか?」


「ああ、そもそもそれのお陰で足止めを食ってるんだからな。あの先へ進むにはオーヴァンの爺さんの助けがないとな」


「私はいつでもあの洞穴に転移出来るよう、周辺の座標を何ヶ所か記憶している。昨日、母さ……シャーロット様から依頼を受けて洞穴内の白璧まで様子を確認しに行った」


「なっ、一人でか!?」


「そうだ。私単体なら、もし何か脅威に遭遇しても即座に転移で逃げられるからな」


「それもそうか……で、何があった?」


「洞穴内に白璧は確かに在った。だが、数日前に見た場所よりも随分手前の位置に変わっていたのだ」


「白璧の位置が…………白璧そのものの正体も気になるが、あの洞穴の先に怪人にとって何か重要なものがあるとしたら、単純に守りを固めるためにそうしているのかもしれないな」


「どうだろうな。一応このことは政府側にも報告済みだ。オーヴァンの魔法力もそろそろ全快するころだろう。貴様も心の準備をしておくんだな」そう言って彼女はまた姿を消した。


 グレンゴインに沿うようにして現れた白き壁(バッラ・ギアル)─────我々はキャメロンの追放魔法によって数段階の転移に分けて迂回することにより、ローランドとハイランドを行き来することが可能な状態になっている。


 ではトラッドに住む人々はどうかというと、一定水準の魔法力を有するものは全て白璧に阻まれ往来が出来ず、物流は致命的な打撃を受けていた。


「─────なんじゃ、帰っておったのか」不意にドアが開きカリラの声がした。


「おかえり、カリラさん。どうだった、置いて貰えそうか?」


「うむ、番台娘がきっちり商談をまとめておったよ。手始めにスタンダードボトルを何本か置いてもらえることになった」


「そうか、上手くいったようでよかった。白璧が物流を滞らせている今、向こうとしても近場に供給源があるというのは悪い話じゃないだろうからな」


 カリラとミルの浴場コンビに頼んでおいた仕事は、この間ブレアと共に訪れたバー・オニキスへの売り込みである。クレインズはコットペルでごく少量生産した後、製造を中止していたが、それらのウイスキーはフルール商会によってごく一部の金持ちの手に渡り、噂になっているらしかった。原資をペルズブラッドが負担している以上、ウイスキーの研究だけにかまけているわけにはいかず、ミルと力を合わせて商売として成り立たせなければ恩を仇で返すというもの。


 聞けばあの店はダルモアも贔屓にしている店だったらしく、彼に口をきいてもらったことで簡単に門戸が開かれた。最初は俺自ら行こうかとも考えていたのだが、一度客として訪れてしまっているため、心象を害するかもしれないからカリラに依頼をしたというわけだ。


「カリラさん、さっきキャメロンが来て、新しい情報を置いていったよ」


 それから俺は先程キャメロンから聞いたことをそのままカリラに話した。


「─────ほう、やはりあの白璧は操ることができるものだったのじゃな。すると魔法の類いである可能性はどうしても捨てきれぬな」


「俺もそう思う。魔法力を吸い取る魔法なんてあるのか?」


「儂は聞いたことがないな。じゃが、魔法かはわからんが怪人どもにはその機能が備わっている。現象の方を先に見てしまっている以上、無いとする方が不自然じゃなあ」


「そうだよな……デイブのところで何か有益なヒントが得られればいいんだけどな……」


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