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外法

 


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「──────ちッ、なンで俺がこンなこと……」


 サルはアソールと共にスコップを粘土質に突き刺した。


「うう……お姉ちゃんのばか……」


「ふふふ、尾行なんてするからですよ。お仕置きです」


「なンだって泥なンかを集めさせンだ、ショウ」


「そりゃあもちろん、ウイスキー作りに必要だからだ。ダルモアのやつが喧しいからクレインズにも新しいシリーズを加えてやろうかと思ってな」


「まったく、私まで顎で使いおって……」後ろに控えるキャメロンは仏頂面で言った。


「済まないな、それ以外にここへ来る方法が無いんでね」


 俺たちが今土木作業をしているのは魔封じの島、スカイ島である。そしてサルとアソールが懸命にスコップを打ち立てている地層こそ、少女ゲアラハの部族が料理の香り付けや、燃料として利用している泥炭採掘所(ピート・ボグ)だ。


「よーし、それくらいにしておこう」


「あァ?こンなもンでいいのか?」一人用の手押し車に積み上げられた泥炭(ピート)を見下ろしながらサルは言った。


「あんまり採りすぎるのもよくないからな」


 泥炭(ピート)は植物の遺骸が積み重なって出来た粘土質の化石燃料だ。石油などと同じで、精製されるのに千年単位の時が必要になる。つまりもし採り尽くしてしまえば、たっぷり千年以上待つ羽目になるというわけだ。


 時魔法によってこれを一日にして人工的に作り出すことは、理論上は可能だろう。しかし経年が一年や二年ならば想像もつくが、千年もの時を超えるとなると、些か怪しい。極わずかな条件の違いであっても、三十六万日強それにさらされるとなれば、何が精製の妨げになるともわからない。


「よし、王都へ戻ろう。俺を神と崇める部族に見つかったら大変だ……」


 こうしてスカイ島から泥炭(ピート)を持ち帰った俺は、サルとアソールにもうひと仕事してもらうことにした。それは葡萄酒樽の解体である。


 栽培醸造所(ダルモア・エステート)へ戻り、サルの彫金魔法を用いて葡萄酒の保存に使われたいくつかの樽の箍を外し、複数の板に分解する。そしてばらばらになった側板を等間隔になるようにアソールと一緒に鋸で切り分けていった。



「樽をバラしちまッてどうすんだ?いい加減教えたらどうなンだ」


「今からこいつを()()にする」


「燻製ぃ?木なんか燻製にしても食べられないじゃん!」アソール眉を八の字にして言った。


「……原酒に突ッ込むつもりか?」


「フフ……御明答!さすがサル、勘がいい。俺はこの泥炭(ピート)を使って木片を燻して、熟成中の原酒(ニューポット)に加えてみようかと思う」


「ぴーと?」アソールは首を傾げた。


「さっき君らに採取してもらった粘土質のことだよ。あれは乾燥させると燃料になるんだ。燃焼した時に発生する煙からは、独特の香りが得られる。その煙を使って樽の木片を焙燥し、熟成の際に一緒に樽の中に入れてみようかと思っている」


「へえ~~~、樽の中に樽の端切れを入れるなんて、なんか変な方法だね」


「まあな」


 彼女が言う通り、これは”変な方法“であることに相違は無い。普通、ウイスキー作りの燃料として泥炭(ピート)を使う場合には大麦麦芽を焙燥する過程で使用されるからだ。


 ところが手元にある大麦麦芽は既にペルズブラッドでの焙燥を済ませてしまっている。この焙燥は大麦の発芽を止めるために行うもので、何度焙燥してもいいわけではない。


 ここへ後天的に泥炭(ピート)の香りを付けるためにはどうしたらよいかを俺は考えた。そこで前世で見た、ある商品に俺は目をつけたのだ。それは樽材を使用したフレーバースティックだ。市販のウイスキーにその商品を数日漬けておくと、樽香がウイスキーに移って、そのウイスキーの味わいを変えることが出来る。これに着想を得て、泥炭(ピート)の煙で樽材を乾燥させると同時に燻すことで、香りをウイスキーへ移すための乗り物にしようと考えたのだ。


「さっき天日に干した状態で時間を進めておいたものがある。サル、後はわかるな?」


「へェへェ、燻製機をつくれッてンだろォ?」


「ダルモアがお前にポットスチルを錬成させるために用意した銅が山ほどある、それを使うといい。アソールは泥炭(ピート)の火の番だ」


「おっけ~~~!」


「なんだか楽しそうですね」にこやかにブレアは言った。


「ああ、この世界に来て本当にやりたかったことだからな」


「こんな時間がずっと続けばいいのに……」ブレアは南の空を見上げた。


 そこには依然として白く靄がかった壁がトラッドの腸から天を衝いていた。


『こんなことをしている場合ではない』確かに、幾度となくそう思った。何かがこの世界を脅かそうとしている気配は全国民が感じている所だろう。しかし、だからといって余暇を暗い気持ちで過ごさなければならないわけではない。


 月曜日の朝に怒鳴られることがわかっていても、土曜日と日曜日は笑って過ごすことこそ模範的な人間の営みだとは言えないだろうか。少なくとも俺はそう思う。


「─────こンなもンでどうだ?」


 サルが作った燻製機は非常に簡素なものだった。数箇所に排煙用の穴が幾つか開けられたドーム状の天蓋をもち、脚部には通気口となるスリットがずらりと並んでいて、下部正面にはピートを焚べる長方形の開口部が口を開けていた。外観はちょうど、飲み薬のカプセル錠剤を接合部で真っ二つに分断して地面に立てたような形をしていて、高さは二メートルはあった。


「おおっ!立派なのを作ったな。中も見せてくれ」


 彫金魔法によって燻製機が腹の内を晒すと、そこには円形の網がいくつも等間隔で掛けられていた。


「────ここにさっきの樽材を置く。修正箇所があンなら今言え」燻製機の横っ腹に掌でひたと触れながらサルは言った。


「いいや、十分だ。ありがとう」


 それから俺は足元に穴を掘り、採ってきた泥炭(ピート)を焚べて、その上に燻製を座らせた。続いて解体した樽材を丁寧に網の上へ乗せ、彫金魔法によって燻製機を密閉する。



「よし、アソール!出番だぞ!」


「待ってましたっ!」


 アソールの掌にオレンジ色の光球が現れた。彼女は山になった泥炭(ピート)にそれを近づけ、まるでガスバーナーのように放射し、火を灯した。


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