報せの道
「取材──────あたしにですかあ?」
「取材というか、いくつか質問をさせてもらいたいと思ってな。このところ俺はどうも世論に疎い、自分達が世間にどう思われているかを知りたいんだ」
「なるほどなるほど、まっかせなさい!このジャーナリズムの化身カティが何でもお答えいたしましょう!」
「じゃあいきなり本題だが、ブレアのことはどれくらい世間に知られているんだ?」
もしかすると政府に伏せられている情報があるかもしれない。ここは余計なことは言わないように、ある程度抽象的な言い方に留めておいた方がいい。
「ブレアさんが誘拐され、救出されたことは紙面でも報じられましたが、怪人化してしまったことは全くと言ってもいいくらい知られていませんからご安心をっ」はっきりとカティはそう言った。
俺に二つの驚きと一つの疑問が去来した。ひとつは、想像していたよりもブレア誘拐から一連の騒動に対する注目があったこと。もうひとつは、カティは今のブレアが何者か知った上で、怯える様子もなく平然とコミュニケーションをとっていること。そして、一般人は知らないはずの情報を知っている一般人が眼前に存在するという矛盾。
「待て、辻褄が合わない。カティ、お前だって立派な一般人だろう。何故そんなことが言える?」
「おやおやっ!それを聞いてくれますかッ!?」カティは隣の椅子へ手をつき、俺の眼前に迫った。
もしかすると逆鱗に触れるかもしれないと危惧した俺の言葉が触れたのは、どうやら琴線の方だったらしい。
「あたしたち報道関係者は常に政府の抑圧を受けてるんです!今回のこともそうです……ブレアさんのことは、報道することが許されたのはローモンド湖からの救出作成成功の見出しまで。それ以降のことは、各新聞社に政府から圧力がかかって、紙面には出せませんでした……これが、こんなことが許されていいと思いますかっ!?あたし達は常に真実を民衆に届ける義務があります。それが政府にとって都合が良くても、良くなくてもです!」
「そうか。確かにそれは一本筋が通った言い分かもしれない。けれども、俺は今、政府のやり方に感謝をしているぞ?」
「えーっ!なんでですかあ!」
「あんたがブレアに対して、他の人間と変わらずと接してくれているのは本当に嬉しい。けれども世間がみなカティと同じとは限らないじゃないか。怪人はトラッドに仇をなす存在だ。そんな奴らと同じ姿だと知れば、迫害を受け────」俺は、はっと我に返って口を覆った。
「すまない、配慮に欠けた」
すると静観を決め込んでいたブレアが口を開いた。
「いいんです、もうとっくに覚悟はできているんですから。もしも世界中に後ろ指をさされたとしても構いません。今、私を大切に想ってくれる方を、私も大切にしたい、それだけです」
「ブレア……」
「あああ~っ!なんと健気なっ!書きたいっ、この感動をっ、この昂りをっ、この身も心も高貴なヒロインの姿をっ、全国民にお届けしたいっ!!でもそんなことをしたら、それがあたしの最期の記事に……ぐぬうううう」頭を抱えてカティは悶え苦しみ出した。
「とりあえず、あんたが報道というものと真正面から向き合ってることは伝わったよ。ありもしないことを書いて民衆を煽るようなことはしないってな」
「嘘を書くなんてとんでもない!真実ッ!それはジャーナリズムの根底にあるものなんです!破ってはならない不文律なんです!確かに他の新聞社にはそういった手合いもいますが……そんなヤツは記者としてド三流ですよっ!!」カティの瞳に炎が宿っているような気がした。
考えたこともなかったが、『道』という字が入っているだけはあると思った。
「それじゃあ、俺のことはどう報じられている?」長くなりそうなので俺は話題を変えた。
「混乱を招く恐れがあるからだと思いますけど、ショウさんがトラッドから離反したことは伏せられていますね」またカティは臆面もなく言った。
「あんたほんとに何でも知ってるんだな……」
「ですが、今回の勅命でショウさんの正体は世間の知るところとなりましたよ、時魔法の件です」
「は?それじゃあ、あんたは今、禁術使いと怪人が目の前に現れたってのにそんな平然としてるっていうのか?」
俺が時魔法の術者であること知って、全く恐れを抱く素振りを見せなかった人間は数少ない。ホーマンなどは腰を抜かして逃げていったほどだ。
「確かに驚きはしましたよ?でも、先にお二人の人となりを知っていたんですから、当然ですよっ。それは国民も同じです」
「どういうことだ?」
「国王が出した勅命で、時魔法が実在することと、ショウさんが術者であること、そして王属の特務に就くことが公になったんです!この情報に蓋をしなかったのは、逆にアピールする狙いがあったんじゃないかとあたしは睨んでいます」
「話が見えてこないな、なんのためにそんなことを……」配膳されたパンにパテを塗りつけながら俺は追及した。
「いいですかあ、ショウさん達はキャンベルを救った英雄なんです。それと紐付けて正体を明かすことで、時魔法の存在が脅威でなくて、トラッドの味方についていることを公表しようとしているんじゃないかって意味です」
俺は言葉に窮して、彼女の顔をじっと見つめていた。
「どうしました?」
「あ、いや、カティがまさかこんなに頭のキレる奴だとは思っていなかったから、呆気にとられてしまった」
「ふふん」カティは得意げに顎を上げた。
「それでは、ショウ様はもう人目を気にせず行動出来るようになったんですね!」ブレアは嬉しそうに胸の前で両掌を合わせた。
「うー……それがそうもいかないんです……確かにこのニュースは反響を呼びましたが、なにぶん時魔法は御伽噺みたいなものになっていまして、国を滅ぼすんじゃないかとか、トラッドを乗っ取られるとか、そういった陰謀論が後を絶ちません……でも反対に、怪人の脅威にさらされているこの国が強力な護り手を得たとして支持する声もあります」
「そりゃそうなるか。ま、少しでも認めてくれる人が居たってだけでも儲けもんだと思わないとな」ブレアの方に向き直ると彼女は深く頷いた。
「そんなわけで、さっきは取材したいなんて言っちゃいましたが、ショウさん達のことは報道規制がかかっていて殆ど何も書けないんです。ですからここから先は記事にもしませんし、ただの野次馬心なんですが─────もしかしてデートですかっ?」意地が悪そうにカティは微笑んだ。
するとブレアは何も言わずに俺の顔をじっと窺った。
「………そ、そうだ」
「アーーーッ!最高ですっ!尾行していいですかあっ!?」おかしなスイッチが入ったカティは目を爛々と輝かせた。
「駄目に決まってるだろ、馬鹿」