傀儡されど愚王にあらず
この四日間、何も俺は手をこまねいて待っていたわけではない。ドロナックに伝言をしておき、王都へ戻ったらダルモアへ書面で伝えて欲しいと頼んでおいたのだ。傀儡の王を説得するには、実質的な支配者をこの場に呼び、味方につけておくのが上策と考えたからである。
しかし、誤算もあった。この国王、傀儡ではあっても、愚王ではないということだ。そう考えなければ、どうにも辻褄が合わないのだ。
まず、サルが拘束を受けていないことは不自然だ。ドロナックは今何処にいるか分からないが、予定通り俺達へ作戦成功の合図を送ることが出来ているのだから、作戦が失敗したとは思えない。そもそも拿捕されたことを想定して、ドロナックは三種類の明滅パターンを用意していた。もし脅されてこちらに合図を送るにしても、『作戦成功』ではなく、『救出求む』か『撤退せよ』のどちらかの合図を使うはずだ。
転移してきたが最後、この玉座の間で夥しい数の衛兵が待ち受けていて、転移した瞬間に皆殺しの憂き目に遭うというならともかく、たった二名の衛兵が脇に仕えているだけの状況。これでは王宮を滅茶苦茶にしてやろうという輩に対して、好きにしろと言っているようなものだ。
これらが意味することはひとつしかない。侵入者であるサルとドロナックを捕らえた上で聴き取りを行い、後続の我々に一定の信頼をおいて対話をする意思を持っているということが窺える。つまり、聞く耳を持っている男であることを思わせた。
「これはとんだ御無礼を─────」
俺の襟元を掴んでいた男は力を緩めて手を下ろし、一歩後ろへ下がった。
「お。役者が揃ってるッスね~~~」ドロナックが玉座の正面にあるテラスの方から歩いてきた。
「どういうことか説明してもらおうか、カラノモリ。何故この男がここへ来る」
「政府の管理下に置かれていた時、ダルモア卿に色々と世話を焼いて頂いていたのです。その時に交わした契約が履行されていないことにダルモア卿は腹を立てて居られるのかと思います」
「ほう、契約だと?」
俺は質問に正面からは答えなかった。王は『どうしてダルモアが都合よくここへ乗り込んでくるのか』という意味の質問をしたのだが、それに正面から『自分が呼びつけました』とは答えたくなかったからである。
「ええ。契約というのは簡単に説明しますと『身の上の面倒を見るかわりにいい酒を作ってくれ』というような内容のものですので、この話とは直接関係ありません」
「ふむ、なるほど。確かにダルモア卿は無類の葡萄酒好きと聞く。この話に相違ないな?ダルモア卿」
「は、はい」
相違ある────のだが、彼は言えるはずがない。時魔法によって生命を繋ぎ、長期熟成された魅惑の酒を浴びるように飲み続けたい。そんな邪な願望をこんな所で吐露出来るわけが無いのだ。そういう意味では俺とこの男は全く同じ穴の狢であり、悪友同士であり、利害関係にある。
「国王様、もうひとつ提案があります」
「なんだ次から次へと……」
「もし勅命を履行するのであれば、我々六名を国王直轄下の特務機関とし、顧問にシャーロット氏を推薦致します」
「きっ貴様、何をいうのだ」キャメロンは予定外の進路変更に慌てていた。
「くッくッ……」また始まったよとでも言いたげにサルは俯いて目を覆った。
まだ底は知れないが、政府の連中やダルモアよりは、この男の方が信頼に足ると俺は考えたのだ。
これはたった今思いついたやり方で、元々はダルモアをこの場に引きずり出して、ウイスキー作りを再開することを約束し、国王を説得するための後ろ盾として利用しようと画策したのだが、この男の私兵となるよりは国王に全権を委ねてしまった方がいいと判断したのだ。
そしてこちらからの情報集約と指令伝達、国王と直接対話を行うのに適任な人間としてキャメロンの母、シャーロットを推薦した。株式会社で言うところの中間管理職として。
「加えて─────居住地はダルモア卿の私有地とさせて頂きたい。ダルモア卿と交わした契約の履行と、ブレアが人目につかずに生活することを両立する場所は王都にそこしかないのです」
「な、何を勝手なことを!」とダルモアは声を荒げた。
「それでは契約の履行は後回しにせざるを得ませんよ、ダルモア卿」
「うぐっ……ぐっ」ダルモアは拳を握りしめて必死に怒りに耐えていた。
「ショウ・カラノモリ……この件、今すぐに回答を要するか?」
「いいえ、ゆっくり審議を重ねられてからで結構です」
国王の権力は、実質的権力を握るとされるダルモアら上位貴族達と比べ、一体何が劣っているのか。
それは連なる枝葉の数に他ならない。“雇用”という強い幹がダルモアのような支配層には幾つも連結されているのである。それすなわち臣民との間接的な繋がりであり、救済であり、欠かせないものを与えている存在なのである。こうした事情により、国王が居ながら君主制ではなく、議会によって国の意思決定をおこなっているのだろう。
俺たちの申し出は、大きな枠組みで捉えればトラッドの中へ我々という第三勢力が吸収されて、国が強化される、もとい在るべき力が元の場所へ戻るということになるが、国王個人としての景色はまた違ったものになるはずだ。
自分の意思で動かすことが出来る特殊工作員を得たことにより、我々の中でこの怪人を発生源とした一連の騒動を打破する立役者が出れば、すなわちそれは国王の手柄となる。そうなれば臣民からの信頼と求心力を得られるかもしれない。
ダルモアは支配層の筆頭─────彼の動向を近くから堂々と監視する直轄下の人員を送り込むことが出来るメリットを俺は付加した。言わばこれらは特典的なものではあるが、オマケが購買意欲に繋がることもある。
「─────七日………七日後の正午、またここへ転移せよ。回答はその時に伝える」王は眉間に皺をつくりながら言った。
深々と頭を下げてから、その場の連中を集め、キャメロンに合図を出すと、我々は玉座の間から忽然と姿を消した。
この問答のちょうど七日後、再び玉座の間を訪れた我々はその場で、第四十一代国王マッカランの勅命により、王属特務である“騎士階級”へと参入を果たした。国王はダルモアに対し、所有している敷地の一部を我々に対して居住区として貸し与えることを要求し、同時に管理者としての権限を与えた。
また、この王属特務班の統率者をキャメロンとし、俺の要求通り顧問にはシャーロットが呼びかけに応えてくれた。
例外として、ドロナックは元鞘である政府側に戻るように指示を受け、番号持ちへと復帰を果たした。彼は中央議会の意向を国王が把握するための楔として打ち据えられたのである。
このバレバレなスパイ諜報員は、実際に情報を盗み出したりすることが目的ではなく───そもそもドロナックにそんな器用なことは無理だが───、公式に国王直轄下の者を列席させることにより、中央議会に自ら秩序を保たせ、自浄作用を狙っているように思えた。