玉座の問答
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場末の宿場─────それも、一本道を外れればごろつきが彷徨くような、薄暗い路地にそれは建っていた。円形に栄えている王都の円周部に位置する治安の悪い地域の宿。ドロナックに付与した追放刻印によって俺達が転移したのはそんな場所だった。
「随分怪しげな雰囲気だな。なんでこんな場所なんだ?」
「俺はこの辺りの産まれなんスよ。ここに中央のお偉方はまず足を踏み入れないッスからね。どうせ転移で侵入するんで、王宮との物理的距離は遠い方が発見されるリスクが低いと思ってここにしたッス」
「まあ、それもそうか」
ドロナックの立てた作戦はこうだった。
正面から国王に謁見を所望するのは全くの愚策とし、一か八か王宮に忍び込んで、国王が単身の時を狙って直接話をつけるという無礼極まりない作戦だ。最早作戦と言っていいかも怪しい代物である。
全員で動くと人目に付くため、王都の地理に詳しいドロナックと、身軽なサルの二人組で王宮の内部へ侵入し、頃合を見て全員で転移する算段だ。
二人は予定通り完全な日暮れと共に闇に紛れて宿を出て行った。
白き壁によって転送経路が断ち切られて居なければ、キャメロンの追放魔法によって王都のどこにでも転移できたことは間違いなく、王宮への侵入もさぞ容易かっただろうが、今はこれが精一杯だ。ドロナックの協力があり、無条件でスタート地点を王都内と出来るだけでも儲けものか。
一時間ごとに交代して宿の屋根の上から見張りを続けて三人目、ちょうどアソールの番になった頃に、北西の空がキラリと光った。
「きたーっ!ショウさん来たよっ!」アソールが部屋に飛び込んできた。
「あぁ、俺も窓から見てたよ」
北西の空、聳え立つ王宮の天蓋の上で明滅を繰り返す青白い光は、ドロナックからの転移可能のサインだ。ここからの移動時間もそれなりにかかったろうに、相当首尾よくやったのだろう。
予定通りキャメロンが転移を履行──────最初に俺達五人の目に飛び込んできたのは意外な光景だった。
足元には王家の紋章が映える真っ赤な絨毯、そして顔を上げると、凛とした様子で腰を掛けている男の姿があった。
「おいおい、どうなってるんだ……ここは─────」
当初、ドロナックは場内の空き部屋にでも侵入し、夜がふけるまで潜伏し、夜間国王の寝室へ忍び込むという手筈を用意していた。ところがどうだ。両脇に衛兵を侍らせ、正装に身を包んだ国王と思しき初老の男、煌びやかな装飾があしらわれた玉座、朱色の美しい絨毯、この場所はどう考えても“玉座の間”なのだ。
「おいサル、お前ら相当首尾よく捕まりやがったな……」
「チッ、あの馬鹿が悪目立ちする剣で城壁をよじ登り出したせいだ」とその場で背を丸める男は言い訳をした。
「────ショウ・カラノモリ、余に話があるらしいな」立派な白い口髭を蓄えた男は玉座に座ったまま威厳たっぷりに俺の名を呼んだ。
咄嗟に傅きそうになったが、自分の立場を思い出してすぐに思い直した。
「そうです、お願いがあってここにお邪魔しました」
左右に控える衛兵が槍を俺に向かって差し向け「無礼者め、頭が高いわ」と怒鳴り散らした。
「よい、下がれ衛兵。余が招いた客だ、無礼は許さん」
すると衛兵は矛を納め、元の位置へ直った。
「ある程度は先の二人から聞いた。仲間が怪人の手に落ちて同族に変えられてしまったとな。その者に掃討令が出ていることは余も知っている」
「それが問題なのです。こちらはトラッドに対して何も危害を加えるつもりはありません。しかし火の粉が降り掛かるのなら払わずにもいられませんので……」
「ふむ……もしや、そこの身体を隠している者が例の怪人化してしまった者か?」
「おっしゃるとおりです」
ブレアは恥ずかしそうに羽織っているローブをはらりと落とし、身体を顕にした。隠す部分などもうどこにも無いのに、必死に両手を使って身体を隠そうとする彼女の恥じらいは、俺には些か扇情的に映った。
「おおっ。なんと─────聞くには及んでいたが、本当にそのような……」国王はブレアの姿を見て口を覆った。
「この子は怪人にさらわれてしまっただけの被害者です。身体に細工をされ、もう元の姿には戻れません。そればかりか、政府が出した掃討令のせいで寄る辺もなくなってしまった。こんな無慈悲を俺は許せません」
「ほう、ならばなんとする」
「差し出がましいことですが、ここへは“勅命権”を行使していただく為に参りました」
「ほほう、勅命権ときたか。掃討令を打ち消し、日の下を歩めるようにせよと、余に要求するか」
「要求などとはとんでもない。あくまでもお願いに来ただけです。申し入れを断られれば、素直に引き下がります。その代わりこれから先、俺の仲間に手を出すような輩が現れた時には、それが国であろうと怪人であろうと容赦はしない、それだけです」と俺は語尾を強める。
「国であろうと怪人であろうと……か。並々ならぬ覚悟なのはわかった」
「国王様、発言よろしいでしょうか」キャメロンが一歩前に出て言った。
「ほう、そなたは確かシャーロットのところの……なんだ、申してみい」
「キャメロンと申します。まずは我々の言葉を聞いてくださる厚遇に感謝致します。我々が置かれている状況をご説明させてください。我々はそもそもブレア氏を政府に掃討させないため、保護するために政府を離れた者達です。つまり現状、主たる目的は達成されています」
「ならば何故、余に直談判などする」
「不躾ながら、まだ交渉の余地が残っていると思っているからです。トラッド政府からすれば、怪人が利用しようとしている時魔法の術士などは手元に置いておくか、抹殺すべきだと考えるはずです」
「全権は中央議会にある。合理的に判断するならそうなるだろうな」と国王。
「ところが、この男はもうブレア氏と共にでなければどこにも身を置くつもりは無いでしょうし、かと言って素直に抹殺されるつもりも無いでしょう」
「それで一代一機の勅命を余に使わせようというのか」
「恐れながらそうでございます。こちらには番号持ち級が数名、そして時魔法に加え、先の調査隊を救出するために助太刀したブレア氏などは、たった一人で怪人を圧倒するほどの戦力です。勅命によって掃討令を打ち消して頂ければ、これだけ武力を管理下に置くことが出来るのです」
「なんと、たった一人で怪人をかっ!むう……それだけの戦力が本当に政府の直轄下へ加わる────いや、そうではないか。それだけの戦力が陣営から引き抜かれてしまっている現状を回復することが出来る、というような意味向きであるか」
「恐れながらその通りでございます。そこで私にひとつ───」
キャメロンが話を続けようとした時、一人の年老いた男が玉座の間に駆け込んで来た。
「これはこれはダルモア卿、お久しぶりです」俺は軽く会釈をした。
「きっ、貴様、私を謀っておきながらよくもぬけぬけと!!」憤慨したダルモアは俺の襟元に掴みかかった。
「いいえ、ダルモア卿────貴方との契約はまだ効力を失ってはいません。貴方の為に喜んでウイスキーを作って差し上げたいのですが、二・三問題が……」俺の口から滑るように言葉が這い出た。
軽く咳払いをして「ダルモア卿、ここをどこだと心得る。不躾な蛮行が許される場では無いぞ」と国王は厳しく言った。