モラトリアム
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
「ほほ、まんまとやりおおせたか。大したものじゃが、これから貴様らがゆく場所はどこにも無いぞ」オーヴァンはしかめっ面で言った。
「ショウ様、この方は?」
「番号持ちの序列一位の爺さんだ。離反した俺達のことを追い回して来たから、今はこの島に軟禁している」
「軟禁!?それはまた荒っぽいことを……というかここは島なのですか?」
「転移してきたからわからぬかも知れぬが、ここは離島だ。私はキャメロン、元番号持ちだった者だ」とキャメロンは挨拶をした。
「キャメロン様──────私を王都へ連れ帰って下さった方ですね!」ブレアは顔の前で両掌を合わせた。
「む。何故それを?」キャメロンは不思議そうな顔をした。
「私が運ばれた病院の看護師の方が話してらしたのを盗み聞きしました。まさかこんなに可愛らしい方だったなんて」とブレア。
キャメロンの方も満更でもない表情をしていた。こう言えば良かったのか。
「ブレア、奴らに何をされたか覚えているか?」
「申し訳ないのですが殆ど覚えていることはないんです……一度、寝台のようなものに寝かされている状態で目を覚ました時がありましたが、すぐに薬物を投与されて意識が保てなくなりました」
「非道いことを……ロイグか?それともボウモアのやつか?」
「いえ、どちらでもありませんでした。でも男性の声でした。白髪混じりの総髪で、口髭を生やしていました」
「確かにそれは奴らの特徴とは異なるな……そいつと何か話したか?」
「いえ、すぐに意識を失ってしまったので話までは……ただ『目覚めるにはまだ早い。君は彼と目的を共有するための鍵になってもらうよ、おやすみ』と」
「目的の共有……」
怪人は時魔法を何かに利用しようとしている。となれば、彼というのは俺のことだろうか。そう仮定したとしても、ブレアを怪人化することによって俺が怪人に手を貸す光景は一向に見えてこない。
「お姉ちゃんはどうして王都から出ていったの?」とアソール。
「それは………やっぱり自暴自棄になっていたんでしょうね。あの病院で目を覚ました時、身体の変化は始まったばかりで、見かけは普通の人間と変わりなかったかもしれませんが、もうすでに私が見ている景色は怪人のそれだったのです」
「魔法力の可視化か」とキャメロン。
「そうです。皆さんには分かりにくいかもしれませんが、いつも私達の周りには微小な魔法力の粒子が漂っているんです。それと、魔法力の種類を“色”で見分けることが出来るんです」とブレアは語った。
「魔法力の存在を観ることが出来て、それらに個別の色があるということは─────魔法使用時に観測出来る放射光を常に見ているような感覚か?」とキャメロンは訊ねた。
「その通りです、キャメロン様。個人の魔法力の色は放射光と一致しているみたいです」
そういえばロイグと言葉を交わした時、あいつは俺の色について何か言っていたことを思い出した。あの男にも俺に内在する魔法力が見えていたのだろうか。
「─────そうして自分がもうどうしようもなく人間ではなくなってしまったことを知った私は……今考えると愚かだったと思いますが、皆さんと一緒に居ては迷惑がかかると思って病室を飛び出しました」
自分自身の不細工な告白を思い出し、羞恥心によって身が焼けるように熱くなってきた。
「それからは、シーズの魔法力を吸い取って、空腹をしのぎながら私は南へ向かいました」
「里へ帰ろうと思ったわけではないんじゃろ?」とカリラ。
「ええ。魔法力が目に見えるようになって、しばらく経った頃に、ある法則性を見つけたんです」
「法則性?」キャメロンが雄武返しに言った。
「私にはシーズの気配をかなり広範囲に察知することが可能です。シーズが保有する魔法力も個体ごとに色が違うんですが、たまたま同じ個体を何度も見かけて、行方を追ってみると円を描くように徘徊していることがわかったんです」
俺とキャメロンは互いの顔を見合わせた。デイブ達の研究により、トラッド外周を周回する周遊者という特別な個体が居ることはわかっていたが、通常のシーズであっても内陸部で円を描いて徘徊しているということがブレアによって明かされたからだ。
「もうひとつ、分かったことがあります。先程、私には魔法力の微細な粒子が見えると言いましたが、それはずっと同じ場所に留まっているわけではなかったんです」
「流れがあるって言うのか?」
「その通りです。グレンゴインの中心を回転軸に、反時計回りに流れていることに気がついたんです」
「反時計回り……周遊者が周遊する向きとは逆向きだな」キャメロンは顎に手を当てて考える素振りをとった。
「あの、ここは離島だとおっしゃいましたよね?」
「ああ、そうだが」
「ずっと気になっていたのですが、この場所には魔法力の粒子が漂っていないんです」
「──────その粒子が漂っていないことと、この島では魔法力が回復しないこと、絶対に無関係じゃないよな?」
「我々に観測出来ない以上、はっきりとは言えぬが、この島の不可思議を穴埋めするのに、他の理由を用意出来んのも確かだ」キャメロンは腕を組んだ。
「……ならば何故トラッドではその魔法力の粒とやらが漂っておるのだ?」静観を決め込んでいたオーヴァンが口を挟んだ。
「さあな。グレン様とやらの御加護じゃないか」適当に俺は答えた。
「ほっほ。あながち出鱈目とも言いきれんな」
「オーヴァン、俺たちはこれから、この国であんたの上司よりも地位が高い人間の所へ直談判へ行く。もし交渉が成立したら、俺たちを対象にしている掃討令は解除されるはずだ、そうしたらあんたはどうする?」
「どうもせんさ。掃討令が打ち消されたのなら、儂が貴様らを始末する必然性は無い。それに、真に『どうする?』と問いたいのはこちらの方じゃろうが」
「もちろん、その時は解放を約束する。加えてもうひとつこちらから要求────というかお願いがある」
オーヴァンは斜を向いて鼻を鳴らした。
「既に政府も知るところとなっただろうが、グレン・ボルカの洞穴の深部には怪人の住処があると見て間違いない。だが、例の白璧が邪魔をして先に進めなくなっている。怪人はそれに影響されることなく出入りしているみたいだが、方法は不明だ。今のところ正面からあれを突破出来るのはあんたの障壁魔法だけなんだ」
「模倣魔法とやらで儂の魔法を写しとったのなら、それで事足りるじゃろうが」
「俺が展開できる障壁はたったの一枚しかないんだ、とてもじゃないが無理だ。この魔法の練度を上げれば模倣した魔法の水準も上がるのかどうかもわからないが、そんなことを悠長にやっている時間はない」
「まっこと半端な魔法よの……いずれにせよ、無理やりにでも儂にやらせればよいであろうが」
「交渉が決裂した場合はな」
オーヴァンは鼻から一筋よ溜息を漏らし、すっと立ち上がって御社を出ていった。
「あの──────」ブレアは再び口を開いた。
一堂の視線が注ぐ中、彼女は意を決したように一度唇を引き締め、続きを紡ぎ始めた。
「私、本当はここへ戻るつもりはありませんでした。もし、私が助けを求めてしまったら、大切な人達の平穏な日常を奪ってしまう、捨てさせてしまうと思ったんです……だから敢えて遠ざけるようなことを言ってしまいました。でも、結果は同じことだった……ショウ様達がトラッドを離反したと噂で聞いた時─────私、無意識のうちに喜んでしまっていたんです。こんな私を追いかけてきてくれた事が嬉しくて。それに気がついたとき、自分が許せなくて、心まで醜くなってしまったって……」
「ブレアの心は醜くなんてないよ。誰にでもできることじゃない。それに、後悔している奴なんていないさ」
全員の顔色を見渡すと、一様に照れくさそうな顔をしていた。
「─────ま、死刑囚よりは幾らか望みがあるから心配すンな」と珍しくサルがフォローを入れた。
「はいっ、皆さんありがとうございます。それと……ただいま!」ブレアは一筋の涙を流しながら、笑みを作った。
眉は八の字を描き、困ったように微笑む彼女が俺たちの元へ戻ってきた瞬間だった。