影鬼
「おいっ、小僧!こやつが儂と団長が戦ったのと同種のものなら、材料にされた人間の魔法力を宿しとるということじゃぞ!」カリラは警鐘を鳴らす。
「そう考えておくのが得策だな……カリラさん、悪いけど防御は任せてもいいか?俺はどうもあの飛び道具と相性が悪い」
「承知した。弾き返すとまではいかんが、威力を殺すくらいは出来るじゃろう」とカリラ。
「サル、お前は後ろの三人を守ってやれ」
「へいよ」
「待って!あたしも前で戦えるよ!」
「いや、ダメだ。ここじゃ狭すぎて龍化は出来ないだろ。アソールはできるだけ後ろから火炎魔法による援護を頼みたい」
「小僧、第二射がくるぞっ!」
再び撃ち出される指弾───────それらは空中に漂う透明な網に絡め取られたかのように慣性を失う。だがしかし、第二射を凌いだことに安堵したその一瞬が命取りだった。
白痴魔人は射出直後に跳躍し、間髪入れずに近接攻撃へと移ろうとしていた。
「すまん、間に合わんっ!」先頭に立つ俺に、真後ろからカリラが警告した。
一見、万能にも思える念動魔力だが、連続で使用するためには幾許かの溜めを必要とすることを、この時初めて俺は理解したのだった。
近接戦闘ということは、恐らくドロナック由来の光剣を利用するはず。一度障壁魔法によってそれを受け止め、時魔法によって時間を停止、確実に息の根を止める──────
こちらへ一足飛びに迫ってくる巨凶を前にして、俺はそんな風に作戦を立てた、これ以上なく安全な殺害計画を。
しかし、それが実行に移されることはなかった。
不意に後方から八つの眩い光が迸った。ドロナックの光を用いた魔法に対して警戒していた俺達は、それを後方からの攻撃だと勘違いした。光の正体は第一射で俺達に命中せずに後方の壁にめり込んでいた弾丸で、それはただ単に強い光を放っているだけだったのだ。
正面から迫る脅威に対処するため、再び前を向こうとした時、既に身体は後方を振り返った姿勢のまま、金縛りにでもあったみたいに一ミリたりとも動かなくなってしまっていた。
「これは影踏魔法────これじゃ、もう……」信じられないという顔でピティは言った。
先程まで銃口の役割を果たしていた指先が槍のように伸び、白痴魔人の攻撃は俺達の身体のすぐそばに突き刺さっていた。俺の後方に居た連中は軒並み俺と同じで身体を動かせずにいるみたいだったが、何故かピティだけはこの金縛りの影響を受けていなかった。
「フフフ……捕縛成功。あら?一人漏らしちゃったかしら。まあそれでも同じことね。それにしても影を使うなんて、とってもユニークな魔法ね、これ」ボウモアがほくそ笑むのがわかった。
どうやら俺達はもうとっくに詰んでしまっていることに遅まきながらやっと気がついた。
先頭に立っている俺からは後方に居る全員の様子が伺えるのだが、カリラは念動魔力によってこの窮地から脱しようとはしていなかったし、キャメロンも転移によってこの正体不明の縛りから逃れようとはしていない。サルもまた、彫金魔法を使って自分の身体をどこかへ運ぼうとはしていないのだ。ダメ押しにピティの絶望的な表情。
俺が咄嗟に精製した障壁魔法が消えてしまっていることを鑑みるに、我々は魔法すら使うことが出来ない状況におかれていることは明白だった。
ならば魔法の枠組みにははまらない時魔法ではどうだと思い、時を止めてみたが、それも同じことだった。確かに使うことは出来るのだが、止まった時の中で行動することが出来なかったのだからまるっきり意味が無い。
依然として眩い輝きを放つ八つの点と、真っ直ぐ前方に伸びた影を見ながら、思考を加速させてやっと俺はこの魔法について一定の解を得た。
「影踏み鬼は、影を踏まれた子が次の鬼になるのは知ってるでしょ?一人ずつ縊り殺して、この子の糧にしてあげる。これだけ優秀な魔法使いを吸収させれば、きっと誰も敵わない最強の戦士が産まれるわ、フフフ」ボウモアが踵を鳴らす音は次第にこちらへ近づいて来ていた。
俺達が今縛り付けられている魔法はどうやら俺達自身の影に関係している魔法のようだった。性質から察するに、先日俺が無力化した三名のうちの一人で、ドロナックとの連携を期待されて選抜された調査隊のメンバーのものである可能性が高い。
ボウモアが操った白痴魔人は、初撃に十発の発光体を打ち出し、壁に撃ち込まれた発光体によって真後ろから我々を照らし出すことで全員の影を前方に伸ばし、地面に映ったその影を指先で突き刺すことによって動きを封じた。
つまり影踏魔法とは、対象者の影に特殊な魔法力を帯びたもので触れることにより身動きと魔法使用を封じる魔法─────ドロナックの光剣ばかり警戒していた俺にとってこの魔法は完全に寝耳に水だった。
指弾の第二射は発光体ではなく、前方に我々の注意を引きつけておくためのブラフ。すぐさま近接戦闘へ移るような素振りを見せたのも、前方の防御に思考のリソースを割かせるため。
ピティだけはこの空洞へ入ってきたばかりで、入口付近に居たため、後方には壁がない。だから彼女だけは影が前方には伸びず、射程の外だったために金縛りに遭わずに済んだのだろう。
「ショウ、貴方はアタシと一緒に来てもらうわ。貴方は計画の要、失うわけにはいかないの」
非戦闘員であるピティにこの局面を打開することは期待できないだろうし、ならばいっその事ここから逃げ出してくれることを願うばかりだ。
いずれにせよ、都合がいいことにボウモアは俺を殺さずどこかへ連れて帰ろうとしている。ここから移動する際に、この魔法を解かなければならないはず。その隙にどうにかしてボウモアとこの化け物を倒すしか無い。
「あらあら、貴方、久しぶりじゃない。お姉さんは元気?」ボウモアは身動き取れないアソールの元へつかつかと歩いてきて言った。
「流石姉妹ね、よく似てるわ。アタシ達がせっかくお仲間に入れてあげたって言うのに、あの子ったら弟を怒らせるし、本…………当に目障りなの、あの雌猫は!!新人類の紅一点は、女王はアタシだけなのよ!!それをお父様ったら…………ッ」
突然感情を昂らせたボウモアだったが、数回深呼吸をして、軽く咳払いをした後、「貴方から殺してあげる」と言ってアソールの首筋を鋭い爪で撫で上げた。
聞こえてきたのは、またもや踵を鳴らす音だった。今度はボウモアのものではなく、空洞の入口の方からゆっくりとこちらへ近づいてくる音。
ほどなくして、その音の主はこの空洞へ入ってくるなりボウモアに向かって「私の妹を離して下さい」と毅然とした態度で言い放った。