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“群生相”の産物

 


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 熊のように馬鹿でかい図体をしていて、背中には翼膜を持つ蝙蝠の羽と、羽毛からなる鳥の翼が一対ずつ生えており、毛皮に覆われた四足獣。かと思えば、脚部はまるで靴下でも履いているみたいにつるりとした鱗で覆われていて、指の数は四本、首は長く、鳥みたいに歩く度に前後に怪しく動いていた。


「─────見たか?今の」


「なンだあの生き物は……」


 ハイランド東端、グレン・ボルカの麓に洞穴を見つけた我々は、すぐに突入せず、しばらく外から様子を見ることにしていた。


「内陸部にも二種以上の生物の特徴を持つシーズは確認されているが、あれほどの合成体(キメラ)にはお目にかかったことがないぞ」とキャメロンは言った。


合成体(キメラ)?」


「私もデイブと仕事をするまでは知らなかったのだが、シーズは他者から糧となる魔法力を吸引するだろう?その魔法力にも何か因子のようなものがあるらしく、同じ種類の因子を吸収し続け、それが閾値に達した時、変態が起こるらしいのだ」とキャメロンは説明した。


()()()()か……」


 例えば水銀みたいに、何か人間の身体に良くないものが海洋に放たれたとする。それを海藻やプランクトンが吸収し、小魚や小型の甲殻類が吸収し、生態系における被捕食者が吸収した有害な物質は、それらを捕食する大型の魚類などに濃縮されることになる。そして最後には人間の口に入ってしまう可能性があるというわけで、この一連の過程を生物濃縮という。それに似たことがシーズには起こっているのだろう。


「えーっ!それって鳥ばっかり食べたら、自分も鳥になっちゃうみたいなこと?」とアソール。


「簡単に言えばそういうことだな」とキャメロンは頷いた。


「随分とまたグルメなやつがおったんじゃの」


「─────いいや、多分違うよカリラさん」


「ああ、あの個体が様々な種を選り好みして捕食したのではなく、恐らく複数体の合成体(キメラ)を捕食した結果だろうな」


「共食いとな!?」


「これもつい最近判明したことだが、奴らは飢餓状態になると、同族も捕食対象にするようだ」


「うえ~~~っ!自分の仲間なのに!」アソールは不味いものでも口に入ったみたいに舌を出した。


 キャメロンの説明は概ね正しいとも言えるが、厳密に言えば間違っていると思った。


 こいつらは“(いなご)”と同じだ。


 俺が肝臓を患い余命を宣告された年、隣国は“蝗害(こうがい)”という聞き慣れない自然災害に見舞われ、ニュースでも度々報道されていたためによく覚えている。これはいわゆる“(いなご)の大量発生”のことである。


 蝗は普通、緑色の体表をしていて単独で生活する“孤独相”と呼ばれる生態なのだが、生活する面積にある一定の()()()()を超えると、身体が茶色に変化し、群れるようになり、作物を食い荒らしては次の土地へ移動を繰り返す“群生相”という生態に変化する。雑食になり、時には群れの中の同胞に食らいつく個体もいるらしい。


 それと同じで、周遊者(ラウンダー)がトラッドの外周へと誘導され、周遊を開始すると、外縁部は自然と周遊者(ラウンダー)で満たされ、面積あたりの個体密度が上昇することになるはずだ。すると、東端であるここへたどり着くまでにシーズ同士による様々な淘汰があり、先程の合成体(キメラ)のような、因子が濃縮された個体になるのではないだろうか。


「まるでトラッド国土そのものを壺に見立てた蠱毒のようだな」


「洞穴の中にはあンなのがウヨウヨしてるかと思うと、あそこへ入ッていくのは正気の沙汰じャねェな」


 ぽっかり口を開けた洞穴の少し離れた所へ停留している馬車と、足元の草をはんでいる馬の方へ目をやりながらサルは言った。


徒歩(かち)の儂らよりも随分前にここへ着いた様じゃが、未だに調査中ということかの?」


「まあ、そういう事なんだろう。さっきの大型シーズもドロナックならなんなく斬り伏せ─────」


 その時、我々五名の間に緊張が走った。洞穴から人影が飛び出してきたのだ。


「ピティ……?」


「何やらただ事では無さそうだぞ」キャメロンは言った。


 胸元に例の()()()を抱えて居る彼女は、小さな歩幅で懸命に街道を引き返し始めたかと思えば、急に立ち止まり、指針の向きを確認すると、身を潜めていたこちらを見た。


「やばい、見つかったぞ」


「どうする?この場所の座標はわかっている、一旦別の場所へ転移するか?」とキャメロンは俺の顔を窺った。


「いいや、何か変だ。またぞろ俺たちをどうこうしようって言うんなら非戦闘員のピティだけがこちらに向かってくるのはおかしい」


 異変を確信したのは、茂みに潜むこちらへ向かってくる小さな女の子の表情がはっきりと視認できてからだった。


「ショウさん……っ!……はぁ、はぁ………っ」


 ピティは膝に手をつきながら息も絶え絶えに俺の名を呼んだ。


「ドロナックさんがっ」その目は涙によって潤んでいた。


「中で何かあったって風だな」


「こ、こんなことを言うのは虫がよすぎると思うんですが、その……」


「『助けてください』か?」


「はい……洞穴内部でシーズの急襲に遭って、他のメンバーはみんな……お願いします」小さな女の子はこちらへ頭を下げた。


「昨日俺たちを仕留め損ねた連中が、穴ぐらの中で命の危機らしい。どうする?アソール。行くか?」


「もち!!」アソールは胸の前で左掌を右拳で殴りつけた。


「だそうだ」


「ありがとうございます、ありがとうございます」ピティはさらに深々と何度も頭を下げた。


「そうと決まれば急ぐぞ」


 俺たち五名はピティの導きで洞穴内部へ早足で向かう。洞穴へ入って少し歩くと、もうそこから先は深淵の闇が広がっていた。


「アソール、照らせるか?」


「がってんだよぉ!」


 アソールは得意の火炎魔法で掌にオレンジ色の光球を作り出した。すると洞窟内部の輪郭がぼんやりと顕になった。そして、足元に散らばる夥しい数の()()()()()も。


「ひいいっ!ほ、骨っ!?」


「人間のものでは無いな」キャメロンは落ち着き払って言った。


「ここは……シーズの墓なのか?」


 俺が辺りの光景に足を止めていると、ピティは「まだ奥です」と我々を急かした。


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