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ぬかるみ

 

 それからもぬかるんだ土をただ見つめながら歩くばかりの俺達には、今朝までのような明るさは全くなかった。


 ドロナックのことはカリラ以外が全員が知っていて、彼が青空のようにからりとした性格をしていること、そして優しい若者であることもまた知っていた。

 そんな男がこちらに敵意を示したことは酷い嘆息をもたらしたであろう。それこそ、この雨空のように暗くて湿っぽい気分にならざるを得なかった。何よりも、問題を先送りにしただけで、目的地には彼ら調査小隊が待ち構えていると思うと、足取りは重くなるばかりだった。


「チッ、辛気臭くッてかなわねェなァ。メソメソしてんじャねェ、これが俺達の選んだ道だろ。甘かッたんじャねェか?覚悟が」珍しくサルは饒舌だった。


 誰も言葉を発しなかった。サルの言動に対する反論を誰も用意出来なかったことは自明だ。


 しばらくして、俺は口を開いた。


「─────行きたくないか?」


 またしても誰も口を開かなかった。気がつけば雨は止んでいて、サルが鼻を鳴らす音だけが聞こえてきた。


「この先、またドロナックが立ちはだかるなら、俺はその度にあいつを退ける。俺はもう見失わない。何が一番大切で、何を護るべきか、何を()()にするべきか─────もう見失わない」そうはっきりと俺はみなに告げた。


「ドロっちとは……もう、一緒に笑えないのかな?」アソールは仔犬が親を呼ぶ声の様に切ない声色で言った。


「そうかもしれない。あいつが俺達を殺す気で向かってくるなら、あいつの生命を奪うことも─────」


「いやだよッ!!なんでそんなこと言うの!?ショウさんおかしいよ、どうしてそんなこと顔色も変えずに言えるの!?」


「いや、ただ俺は本当のことを────」


「もうやめてっ!!何も言わないでよ……っ」


 アソールは俺にそう言ってどこかへ走って行ってしまった。


「小僧、正論で叩き潰すのが正しいやり方とは限らんぞ」カリラは鋭い眼差しでこちらを見た。


「わかってるよ。サル、悪いんだがアソールを追いかけてやってはくれないか?俺では……」


 サルはやれやれとでも言いたげに両手を広げると、アソールが走って行った方向へ、軽い身のこなしで追跡していった。本当に頭が下がる。


「────取捨選択と言葉にするのは易しい。だが、白黒つけるのが、あの歳頃の娘には難しすぎるのも確か。貴様、実年齢は四十代なのだろう?それにしては配慮のない言動だったと思わんか?」目を伏してキャメロンは言った。


「そうかもな……」俺は我に返って俯瞰した。


「もうそろそろ本格的に日が暮れる。ショウ、航行日程を一日伸ばして、今日はもう休むべきだ」とキャメロンは提案した。


「ああ、そうしよう」


「私は彼女達を迎えに行ってくる。カリラ氏と二人で野営向きの場所を探しておけ」そう言い残し、キャメロンは目の前から姿を消した。


「ふう、やれやれじゃな。お主は少しナーバスになりすぎじゃ」とカリラ。


「なんだか最近、自分の心が冷えていく感覚がするんだ」


 判断力や思考力は向上し、逆に感受性や共感性は欠如してきているように思う。このままいけば、俺は血が通っていないロボットにでもなってしまうのではないかとすら思ってしまう。他の一切を些事としてしまうほどに、生命の0と1を自由意志によって決定づける行為は俺が思っている以上に人格に影響を与えているらしかった。


「何もかも背負いすぎじゃ。儂らとお主とは一蓮托生の身。小僧だけが罪を背負い込むこともあるまい。背負うなら儂らも一緒に、じゃ」とカリラは言った。


「ありがとう」


 結局この日は街道を少し外れた場所にある林で野営をすることになった。カリラが念動魔力(サイコキネシス)で足元の土をくり抜いて、集めた枝にアソールは火をつけた。最初、雨で湿った枝は白い煙を出して燻るばかりで、中々焚き火の炎にはならなかった。


 昨日と同じように焚き火を囲んではいるが、依然としてアソールは俺と目を合わせてはくれなかった。しかし、怒っているというのではなく、分かりやすく落ち込んでいるような様子だった。ここは歳上の自分が歩み寄り、きちんとした対応をすべきだ。




「アソール、さっきは悪かった。言いすぎた」突拍子もなく俺は謝罪した。


 彼女はこちらに一瞥くれてまた視線を何処か他所へやった。


「俺だって贅沢を言以上うなら、ドロナックとまた笑い合えるような関係でありたいと思うし、生命のやり取りなんてしたくないんだ、それだけはわかって欲しい」本心だった。


 静寂の中に枝が弾ける音だけがあった。


「────アソール」依然として何も言わない彼女にサルは返事を促した。


「……ああもう、わかってるよぉ!あたしも、ちょと………感情的になっちゃっただけだもん」そのあと蚊の鳴くような声で彼女は“ごめん”と言った。


 立ち上がったサルは、俺の耳元で「貸しだぞ」と囁きながら、金属製のマグカップを手渡していった。湯気が鼻を撫でると、カリラが持ってきた紅茶の華やかな香りが鼻腔に広がった。


「アソール、明日には例の洞窟に着く。向こうにはまたドロナック達が待ち受けてるかもしれない、それでも行くか?それとも、やめておくか?もし後者なら、みんなで引き返そう」


 いつしか俺は、文句も言わずに自分の意向に着いてきてくれるこいつらを当然のものと思い込みすぎていたように思う。カリラが言った通り俺たちは一蓮托生だ。誰の意思も尊重されるべきなのだ。


「─────行くよ。だってせっかく掴んだ情報だもん。ドロっちとはやり合いたくないけど、そんなこと言ってられない。政府が調査に乗り出すくらいだから、何かあるって気がするし!」


 サルの奴は一体どんな言葉で彼女に前を向かせたのか、まったく検討もつかない。


「そうか、それじゃ明日も頼むよ」俺はそう言って熱い紅茶をずずっと一口啜った。


 アソールの言う通り、俺も洞窟には何かがあると睨んでいた。もしシーズ生態研究所がこの調査隊派遣の発端を握っているというのだから、さらにその信憑性は高まる。


 シーズの特異点であるところの“周遊者(ラウンダー)”は、トラッドの外周を時計回りに周遊する習性を持つとデイブは語っていた。


 つまりハイランドにおける周遊者(ラウンダー)はグレン・ボルカの麓を終点としている可能性が高い。シーズ生態研究所がその洞窟を発見することが出来たのも、そういった都合からだと想像されるのだ。


「キャメロン、前にシーズ生態研究所の調査に協力した時、グレンゴイン近辺でシーズがだぶついていることは無かったって言ってたが、その時にグレン・ボルカの洞穴は見つけられなかったのか?」


「今回の洞穴の位置を聞く限り、完全に南北領土の境界線付近にまで達する場所ではないからな。目と鼻の先までは確認できていたようだが、気づけなかった」とキャメロンは述べた。


「そうか、外周を南下する周遊者(ラウンダー)はグレン・ボルカの峰やグレンゴインへ達するまでに、その手前にある洞穴へ誘われていたのかもしれないな」


「私もそう考えている。シーズの生態に欠かせない何かがあるかもしれない、とな」



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