暴露
「げげっ!ホントにいるっ!」髪を結わえた女が言った。
ローランドでの戦闘がひと段落着いたあと、キャメロンとカリラは北で情報収集をおこなっているサルとアソールを迎えに行き、今帰還したのだ。
「どうだ?何か有力な情報はありそうだったか?」と俺は四名に改めて問いかける。
「こちらは何も」とカリラ。
「うーん、有力な情報かはわからないケド、なんかヤバそうな場所なら見つけたよ」とアソール。
「ヤバそうな場所?」
「うん、グレンゴインの東に火山があるじゃない?ハイランド側の麓にでっかい洞窟があって、シーズがうようよしてるんだって」
「ほう」感心の色味を含んだ声をオーヴァンがあげた。
「オーヴァン、あんた何か知ってるのか?」
「いいや、知らぬよ。その洞窟とやらは、つい最近王都のシーズ生態研究所が発見したものでな。近く調査が行われることになっておる」
シーズ生態研究所─────体型と名前が一致している男、デイブが所長を務める、俺が王都で仕事をしていた時分に、研究に協力をした機関だ。
「なにぶんシーズの数が夥しい故、儂抜きでは調査も難航を極めるだろうがの」よそ見をしながらオーヴァンは言った。
「キャメロン、グレン・ボルグの麓までは転移出来るか?」
「一度というわけにはいかんな。そもそも麓がある東端の座標を把握していたとしても、ここからの転移軌道は白き壁に交わっている。転移可能な場所は大陸の中ほどまでだ」
「よし、そこからはアソールの手を、もとい翼を借りよう」
「本当に峡谷へ近づいてもなンともねェのかよ、大将」
「直近の結果を見るに、大丈夫─────なはずだ」
「王都の調査団と鉢合わせるかもしれんのに、ゆくつもりか」とオーヴァン。
「心配してくれるのか?」皮肉っぽく俺は言った。
「莫迦を言え、貴様らが帰ってこなんだら儂はどうなってしまうのかと身を案じて居るだけじゃ」
「その時はここの連中と仲良くやったらいい。案外話のわかる奴らだぞ?言葉が通じればの話だが」この時の俺はきっと酷く意地悪な顔をしていたに違いない。
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ハイランド地方から東の海へ向かって注ぐネスク川の下流、海へと注ぐ汽水域に沿って漁業で発展したエディンビアという街がある。目的地はそれより沿岸沿いに南下していった場所にあるグレン・ボルカ。
しかし、ハイランド東端への直接転移は白き壁によって阻まれているため、キャメロンはハイランド南部に位置するモファットという温泉街の近くへ、転移によって俺たちを運んだ。
ここから目的地となるグレン・ボルカの麓まではアソールの飛行能力をもってしてもたっぷり二十時間弱はかかる見通しだ。アソールの身体的負担は時魔法によって和らげてやることが出来るが、夜だけは容赦なくやってくる。その意味で飛行出来る時間は一日のうちで限定されていた。
俺たちはこれを余裕を持って二日間に分けて航行するスケジュールを立てた。今は一日目の航行を終え、五人は標高が低い山間部の尾根で野営をすることにしたところだ。
焚き火の中の乾いた枝が、パチパチと小気味よい音を立てて弾ける。それを聴きながら俺たちは輪になって暖をとった。たった一日ではあるが、スカイ島での擬似サバイバルを経験した俺は、その時と今の環境の違いに驚くばかりだ。
この焚き火は着火材もなしにアソールが手をかざすだけで十分な勢力の炎となったし、くべられている鍋と、遠火であぶられている川魚に打たれた串はサルが彫金魔法で作り出したものだ。そして川魚の方は、カリラが念動魔力で水ごと川から岸へ引き揚げるというとんでもない漁法で獲得したものである。
「ここに酒があれば最高なんだがな─────」俺はつい本音を漏らした。
「何を呑気な……」キャメロンは呆れ顔をしてみせた。
「時に小僧、気になることがあるんじゃが」とカリラ。
「なんだい、カリラさん」
「小僧は先日の戦闘で模倣魔法とやらに目覚めたろう?」
「ああ、そうだね。あれから色々と試して見たから少しは使い勝手がわかってきたよ」
「魔法というのは一人につき一種類、これを逸脱している者を儂は見たことがない。どうしてショウだけが二種類の魔法を使うことが出来るんじゃ?」
「ぇ……あー」俺は答えに窮した。
しまった。この四名ですらまだ時魔法は魔法力の賜物だと思い込んでいることをすっかり忘れていた。
それから俺はもう、心問調査が読み取れなかった記憶の部分を洗いざらい話した。というのも、ここまでトラッドの社会から弾き出されてしまった外れ者の運命共同体であれば、別段明かしてしまっても問題はないと考えたのだ。それにこいつらは俺にとって都合が悪いことを吹聴して回るような輩では無いことはもうわかっている。
「─────冗談みてェな話だな。ま、権能とやらを先に見せられちャ、今更信じられないッてわけでもねェがな」
「じゃあ何、ショウさんって別の世界から来たの?」とアソール。
「そうだよ、魔法の無い世界から来た。その世界もクレイグが管理している世界だったみたいだけどな」
「へぇ~~~世界ってここ以外にもあるんだ。てかショウさんめっちゃ歳上って事?」
「そうなるな」
「なんかそれはわかる気がする……」アソールはにやりと口角を上げた。
「それで、貴様はその“使命”とやらに突き動かされてここまで来たわけか?」とキャメロン。
「半分正解だが、半分不正解だ。基本的にクレイグが直接俺に対して何か影響を与えてきたことは一度もない。この間のカリラさんを介しての伝言が初めてだ。こっちへ生まれる時に、その辺の、俺の行動を制限するような無粋なことはしないとはっきりあいつは言っていたからな。だから俺は自由にやることにした」
「酒造りがそれか?」とカリラ。
「そのとおり。何事もなければあのままウイスキーを作り続け、小金持ちにでもなって、毎夜寝る前に安楽椅子にでも座ってグラスを傾ける生活をしていただろう。ところがだ、どうにも世界の方は俺をその“使命”とやらの方へ向かわせたいらしい」
「お姉ちゃんが居なくなっちゃったから?」妹は申し訳なさそうに眉を吊り下げて言った。
「そうだ。でもアソールが気に病むことじゃないさ、俺も君と同じくらい彼女を大切に想っているんだ」
「それって──────」
「好きなんだ」もう俺は言い淀んだりしなかった。
アソールは両手で開いた口を覆い、サルは『ふん』と鼻を鳴らし、カリラは双眸を閉じて笑みを作り、キャメロンは口を半開きにさせて赤面していた。
もう隠すようなことでもない。アソールの姉を、共に務めた龍鶴会合の親善大使を、あるいは親しい友人を救いたい、というのでは無いのだ。そこには思慕の情にかられ、女の尻を追っかける惨めな男が一人いるばかり。この四人には自分の人生が何者によって振り回されているのかを知る権利がある。
「もうお姉ちゃんは、人間に戻れないかもしれなくても?」
そう言ったのが彼女の妹だったことに俺は強いショックを受けた。なんということを言わせてしまったのだろうと思った。
「それでもだ。別に俺の想いを受け止めてくれなくたっていい。それでも、あの子が帰る場所は、心安らぐ場所は必要じゃないか。今だって人間と怪人の狭間に立たされて、寄る辺なく寂しい思いをしているはずなんだ。アソールだってそう思ってこれまで俺に協力してくれたんだろう?」
ふとアソールの顔を見ると、今にも零れんばかりの涙をその目に貯めていた。焚き火の光で美しい橙の宝石となったその雫は、彼女が頷くのと同時に両目から零れ、双子の彗星みたいに頬を滑った。
「それにしたって話すのが遅すぎたと反省してるけれどな」
「時魔法の出処はともかくとして、小僧がロマンスのただ中におることなどは、ここに居る皆がわかっとったよ」
「え?」俺はついカリラとキャメロンの顔を見た。
「わからぬわけがないだろう……その女の話をしている時の顔を見ていれば誰でも気がつく」キャメロンは顔を背けながら言った。
「サル、お前も気づいていたのか?」
「コットペルで宴会があッた時からヘラヘラしてたじャねェか、てめェは」
「見てたのか?お前こそサルの尻みたいに顔を赤くして壁と話をしていたくせに。……ちっ、ちがうからな、それよりは後だ!いつからかは分からないがその日じゃない!……多分」
右肩に感じた彼女の頭蓋骨の重みと、暖かみが思い出され、左胸の音が早まった。くそ、どれだけちょろいのだ、俺は。死に至る病より、死んでも治らぬ病の方が、幾分厄介であるかもしれない。
そして、やっぱりここに酒でもあればな、と俺は思った。