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悪魔の取り分

 

「待て、俺はあんたに捕まってもいい!だからこの二人だけは見逃してやってくれ!」


「ほっほ、愉快、愉快。罪人というのはいつもそうして身勝手なことばかり言う」


 未だにこうして白々しい芝居をうちながら、どうにかこの場を打破する術がないか探していたが、ひとつだけ思い当たったところがあった。しかしそれは酷く気乗りしないというか、およそ道徳とはかけ離れた残酷な方法だった。


「そこをなんとか頼む」


「虫のいいことを言うな。それにのう、最早捕らえる必要はないのじゃ。指令はとっくに捕縛から掃討へ切り替わっておる」


 カリラは障壁の内側で何度も必死に『逃げろ』と訴えている。全く高潔な精神を持った女の人だ。あれを失うことに比べれば、俺自身が堕落の道を辿ることになっても後悔はない、そう思える。


「キャメロン、こっちに来い!」そう言って俺はフェルディの左胸に突き刺さったままになっていた剣を引き抜いた。


「まさか貴様、見捨てる気ではないだろうな?」俺の傍らに転移してきたキャメロンは言った。


 こいつにしてもそうだ。何か我々三人がこの場面を切り抜けられるアイデアを持っているわけではないのに、カリラを見捨てて逃げるという選択肢は初めからすっぱり捨ててしまっているみたいだった。


「いいや、全員生き残るか、全員死ぬかだ────」


「どうやらやる気になったようじゃな」殺意のこもったオーヴァンの瞳がこちらを射すくめる。


「リワインド!」


 先程自分自身の手によって死に至らしめたフェルディに、俺は巻き戻しを履行する。


「貴様っ、何をやって─────」


「滅茶苦茶なことをしていると俺も思うよ、でもこれしかないんだよキャメロン。俺を外道だと罵ってくれてもいい。こんなことをしていたら俺は悪魔にでもなってしまうかもな。それでも、罰を受けるのは今じゃない」


 先程カリラに施したのと同じようにフェルディは死者から生者へと巻き戻っていった。


「アクセラ!」


 そして剣がこさえた左胸の傷が完全に無くなった瞬間、彼は急速に老いていった─────


「きっ、貴様あっ」年老いたフェルディは弱々しい声で俺を糾弾する。


 重力に負けて重く垂れ下がった瞼の奥の瞳は恨めしそうにこちらを覗いていた。


 まるで水中にでも居るかのように動きが緩慢になった彼の後方へ回り込み、剣を首元に突きつけて、俺は耳元でこう囁いた。「まだその歳でも魔法は使えるな?お前が助けろ」


 フェルディの能力なら魔法由来のものを全て無効化し、弾くことが出来る。つまりこの男だけがあの隔絶された立方体の内側に侵入し、何食わぬ顔で戻ることが出来るはずなのだ。


「見ての通り状況はわかるな?カリラをあの箱の中から助け出して連れてこい。そうしたら元の年齢へ戻してやる。もちろんあんたの命だって見逃す。けれども、またぞろ俺達を付け狙うって言うんなら、次に会った時は別だがな」怯える老人に俺は淡々と告げた。


 殺した男を蘇らせ、若さを奪い取って脅し、利己的に利用する。これは『邪悪』と形容していい行いだ。生きるため、懐が狭い俺が抱えることに決めたわずかな光を守り抜くためだったら、俺はそう蔑まれてもいい。


 ここ数日のうちで俺はずっと避け続けていた、他人の生き死にをどうにかする力の使い方を何度もしてしまった。倫理観はもうズタズタに引き裂かれて、跡形もない。


 殺人鬼が殺人を繰り返すのは何故か─────それ自体に快楽を見出しているケースもあるが、大多数は違うように思う。


 自分に何かどうしようも無い不都合が降りかかった時、殺人とそれを隠蔽することに成功した経験から、人を殺すことで問題を解決させるというのが選択肢に入ってしまうからではないだろうか。それと同じだ。俺はもう、どうしようもなく『蘇らせることで解決させることが選択肢に入ってしまっている』のだ。


 自由に生きることの難しさをまた噛み締める。自由というのは、自分に出来ないことすら出来るようになるというのではない。自分に可能なことを障害なくやってのけられることである。然るに、獅子が空腹時であれば容赦なくガゼルの肉を食い散らかすようにだ。


 別にやけくそになったって訳じゃない。純度が高まったんだ。これが世間一般にいう“悪党の道”だとしても俺はもう迷わない。とことん利己的に、自分にとって大切な人間だけを俺は贔屓する。


「おい。やるのか、やらないのか。言っておくがはっきりしているのは俺を殺したり、裏切ったりしたらお前は一生その老いた姿のままになるんだぞ。一生と言っても、そのままじゃもう幾許もないかもしれないけれども」


「本当だな?……………本当に元に戻すと約束するんだな?」


 あれだけ強かだった男の面影はもうどこにもない。それほどに老いたまま生き、そして霞の向こうから顔を出した死へと一歩ずつ歩む恐ろしさは強大だということ。俺が一度は知った感覚であり、失ってしまったものだ。


「もちろんだ、それだけは誓って約束しよう。もし、死んでしまっても、戻してやる」


「ふん、もうすでに死んでいるようなものだ…………」そう言ってフェルディは覚束無い足取りで障壁魔法が作り出した立方体の方へ歩み始めた。


 オーヴァンの方はというと、俺がフェルディを脅している間、ずっと口を半開きにしてこちらを見ているばかりだった。


「させぬわっ!」


 年老いたフェルディにオーヴァンは容赦なく一枚の障壁を差し向けた。


 しかしフェルディが魔法を無効化する力に触れ、障壁魔法は粉々に砕け散ってしまい、彼の肉と肉の間に隔たりを作ることは出来なかった。


「ちっ、悪魔め!なんてことを考えおるッ」


 オーヴァンは魔法による攻撃でフェルディの歩みを阻止することは即座に諦め、徒手空拳による制圧に打って出た。


 ─────だがそれは失敗に終わる。


 運動能力を加速させ、フェルディとオーヴァンの間に俺は割って入ったことにより、オーヴァンは障壁の一枚をつかって防御しなければならなかったからだ。


「斬れ味のいい剣でも携帯しておいた方が良かったんじゃないのか?」


「おのれ、貴様から黙らせて────」


 障壁魔法が俺に差し向けられる瞬間、追放魔法が発動─────俺はオーヴァンの魔法の射程外に居るキャメロンのもとへ瞬時にして逃れる。


「ありがとう、キャメロン。この調子で行くぞ」


「待て、貴様まで隔離されてしまったらどうする!」


「いいや、それはない。ほら、魔法力を回復しておくから、回避と脱出の方は任せたぞ」


 この時、俺はカリラを捕らえている障壁の枚数が減っていることに気がついていた。正六面体から三角錐へと変化した形状を見るに、オーヴァンが一度に顕現出来る障壁の枚数は六~七枚と予想される。


 これは以前、カリラが『オーヴァンが一度に隔離出来る空間はひとつまで』と教えてくれたことがヒントになった。この制約は二つ目の空間を隔てる為に必要な障壁を、同時に展開出来ないからだと俺は解釈した。


 正六面体であれば六枚、そして形状変化した三角錐であれば四枚の障壁を使用する。つまり、隔離空間を作り出す為には最低でも四枚の障壁を顕現させる必要があるのだ。


 二つ目以上空間を隔離出来ないということは、三角錐を二つ以上作ることが出来ないということ。つまり、同時に使用可能な障壁の数は八枚未満であることを意味する。


「どうした、防戦一方か?」


 身体加速による猛攻をオーヴァンは今、一枚の障壁で防御し続け、完全に守勢に回っている。


 ここでみっつ、嬉しい誤算があった。


 ひとつ、フェルディに触れた障壁の挙動だ。俺はてっきりフェルディの身体は障壁を通り抜けるものとばかり思っていた。しかし実際は、障壁の組成そのものを崩し、砕け散らせてしまうらしい。これはオーヴァンですら知り得なかったことに違いない。


 ふたつめ、今オーヴァンが防御に使用している障壁は一枚だけ。七枚の障壁を操れるというのなら、余ったもう一枚を攻勢に回して反撃しているはず。つまりオーヴァンの最大障壁展開数は『六枚』だ。


 みっつ、カリラを捕らえるために使用している障壁が四枚、俺の攻撃を防御するのに使っているのが一枚、先程フェルディの身体に触れて砕け散ったのが一枚。何故この砕け散った一枚を再顕現させて使わないのか─────答えは明白だ、理由までは定かでは無いが、使えなくなってしまったからに違いない。


 そんなわけで今オーヴァンは都合()()の障壁で、カリラを捕らえつつ、この場を制圧しなければならない状況にあると見ていい。


 しかし、それもここまでだった。潮時は訪れる───四枚の障壁が一度に砕け散る瞬間が。

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