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ご当地グルメ

 

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「ショー!こっちこっち!」


 鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫って幼い声が俺の鼓膜を揺らした。


 この子を元いた場所へ戻してやる決心を固めた俺だったが、ここから集落までは子供の足では些か距離があるため、明日の朝出発することに決めた。つまり、一晩はあの窪みでやり過ごすという判断だ。




「これ、食べられるんだよっ!」


 雑草に足を取られながらも、彼女がしゃがみ込んでいる木の根元を覗き込むと、赤褐色で傘が大きい茸が幾つか生えていた。


「ほ、ほんとか?食べちゃまずそうな色してるけどな……」


「生はダメだよ、火を通さなきゃ。火を通さずに食べると死んじゃう」


 そらきた。やっぱり死んじゃうんじゃないか。


「火って、起こせるのか?」


「うん、道具は集めなきゃいけないけどね」


 こんな年端もいかない少女が食用に向く茸かどうかを選り分け、あまつさえその調理技術まで習得していることに驚きを隠せない。


 それからも彼女は先導して森の中を進み、ある時は木に登って果実をもぎ取ったり、またある時は野草を摘んで俺に持たせたりした。


「ショー、動かないで」前を歩くゲアラハは囁くように俺に告げた。


 隊長の指示に従い、俺が待機していると、彼女は一塁ベースへ滑り込む高校球児のように両手を伸ばして頭から前方へ飛び込んだ。


「ゲアラハ!?何をやってるんだ!?」


 彼女はゆっくりと立ち上がり、満面の笑みで俺に右手を見せてきた。


「えへへ、見て~~!これも食べられるんだ~っ」


 無邪気に歯を見せる彼女の右手には、顎を上下に開いたまま、()()()を必死にくねらせて抗う蛇の姿があった。ゲアラハは親指と人差し指と中指で正確に蛇の首元を圧迫している。


「お、おう。すごいな、君は」


 それから隊長は大きめの石を探してこいと指示を出し、俺がそれを持ってくると、今度は足で蛇を踏みつけて固定し、容赦なく石で頭を叩き潰していた。


 その()()()を俺に手渡し、ゲアラハは更に森の奥へとずんずん進んで行った。


「よし、ついたっ」


 天蓋を覆っていた木々の葉はそこで途切れていて、ある程度視界は開け、正面にはびっしりと苔の絨毯が敷かれていた。


「気をつけて、あんまり奥に行くと沈んで戻れなくなっちゃうから」と彼女は警鐘を鳴らす。


 なるほど、どうやらここは沼地らしい。


「そこの苔も海水で洗って干すと食べられるんだよ~。ぱりぱりして美味しいよ」


 海苔みたいなイメージだろうか。


「苔を取りに来たのか?」


「ううん、それは時間がかかるから今日はしない。ついてきて」


 彼女は沼のぬかるんだ部分をぐるりと迂回するように歩いて、周囲を取り囲む岩壁の所まで移動した。岩壁の側面は縞模様になっていて、それが地層であることは明白だった。


「なんだこれ────何かの道具か?」


 その岩壁の足元には鋭利に研がれた石に木製の棒が括り付けられており、()()()()にそっくりな道具が置かれていた。


「そう、ここでつかってるの。それでこの壁を突っついて、少しだけ土を貰うの。力が要るからショーがやって」そう言ってゲアラハはその道具を俺に手渡してきた。


「土を?どのあたりの土を取ればいい?」


「ここ!この茶色いとこ!」


 ゲアラハが指差した中ほどの地層に向けて俺はその磨製石器をざくりと突き立てた。すると意外なほどそれは柔らかく、ほろりと大きな塊が手前に崩れてきた。


「おー!さすが」とゲアラハは褒めてくれた。


 いやいや、君の方がよっぽどすごいよ。


「こんなもの何に使うんだ?」


「それはお楽しみー!ここに入れて」


 ゲアラハが衣服を捲りあげて、腹の辺りにたわみを作ってくれたので、そこへ俺は土をすくい上げて入れてやった。





 俺とゲアラハは、日が暮れるまでに二度この森と海岸とを往復し、夜を明かすのに必要なものを運んでいった。


 枝が弾ける心地よい音をBGMに暖を取る。スカイ島の気温はやや肌寒い。窪みの出入口には海岸沿いに打ち上げられていた流木を交差させて立て掛け、その隙間に浜辺に自生しているヤシ科の植物の葉を幾重にも挟み込んで浜風を凌いだ。


 火を起こす時などは圧巻で、ゲアラハは火打石になりそうな石と、枯れて繊維質になった植物を拾ってきて、火口をつくり、いとも簡単にティピー型の焚き火を完成させていた。


「ねぇねぇ、そろそろ食べる?」ゲアラハは鼻息荒く俺に訊ねた。


 ゲアラハが捕った得体の知れない蛇は、今や真っ二つに分かたれ、開きにされて焚き火の傍の石の上に置かれていた。


 遠火であぶられて肉の部分が内包する脂で表面に美味そうな泡立ちを見せ、メイラード反応によって薄茶色に色付き始めた。鱗の方はというと、ぱりっと逆立ってきていて、松笠揚げを彷彿とさせた。


「よし、食べるか!」


「待って!まだだよっ!」


 立ち上がろうとした俺に掌をかざして静止すると、ゲアラハは尖った枝を火が通ったであろう蛇の肉に突き刺し始めた。


「なんだ、何をするつもりだ?」


「見てて」


 ゲアラハは脇に退けてあった地層で取れた土の所へ火のついた枝を何本か持って行って、ふうふうと息を吹きかけると、それは燻って、むせ返るような朦々とした煙を立ち込め始めた。


 その煙は独特の匂いを持っていた。そして、俺にとって酷く懐かしさを感じさせる香りでもあった。薬品のような香り─────もっと詳細に語るのであれば、消毒用の()()()()()()にそっくりな香り。


 すぐにぴんときた。彼女があの地層から採取したのは『泥炭(ピート)』と呼ばれるものだったのだ。泥炭(ピート)は植物の遺骸が分解されずに折り重なってできた燃料のひとつである。


 なぜこんな知識を俺が知っているかというと、ウイスキーの有名な製法に関係があるからである。


 イギリスのある地域で造られるウイスキーは、大麦麦芽を乾燥させる過程で、この泥炭(ピート)を炊き込む。その際に強烈な薬品臭が麦芽に染み付き、蒸留後に非常に癖の強いウイスキーとなる。


 “スモーキー”と評されるウイスキーは、大体この泥炭(ピート)香を感じさせる味わいのことを指すことが多く、この薬品臭さを忌避する者も当然多いが、好ましく感じる者にとっては、強烈な依存性をもたらす無類の酒となる。


 もちろん俺はいけるクチである。


 つまり彼女が蛇の開きに対してやろうとしているのは泥炭(ピート)を使った燻製────それも温燻といったところだろうか。


「よし、こんなもんかなっ!煙焼き(フェード・フィアダ)だよ」ゲアラハは枝に突き刺さった蛇の肉を俺に差し出した。


 肉を受け取り、顔を近づけると、強烈な薬品臭と動物油脂の焦げ付いた匂いが入り交じって鼻をついた。


「いただくよ」


 端の方を少しかじって咀嚼すると、想像通りまずは強烈なピートの香りが鼻に抜ける。続いて海水で洗ったことによる塩味と油脂の旨みが舌の上に広がる──────美味い。弾力のある鰻を食べているような食感だった。


「美味しい?」


「独特の匂いがするけど、凄く美味しいよ」


「よかったー!煙焼き(フェード・フィアダ)はコスタールの大好物なんだ。あのさ、ショーって()()()()って大陸の人だよね」


 不意打ちに思わず背筋が伸びた。


「─────私達は大陸の人たちのこと、もっと怖い人たちなのかと思ってたの。“悪魔の子”なんて呼ばれてたから……でもショーは優しくて、面白い人だった。私、知りたい。島の外のこと。聞かせて、ショー」


 無辜(むこ)なる者の無垢な瞳は、オレンジ色の焚き火が映り込んで吸い込まれてしまいそうなくらいに綺麗だった。


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