二段階右折
「私に腹案がある」とこの五人における参謀の役割を担っているであろう女は言った。
俺にしてみればこれを聞くのは二度目だった。
「その前に確認しておきたいことがある。貴様らはこの小娘───」
「アソールだよっ」
「……アソールの姉を捜索し、保護することを第一目標にしていると考えていいのだな?」
俺は他の三名の面構えを確認して「ああ」と返事をし、「そして彼女はグレンゴインに向かったと考えてる」と付け加えた。
「ム、おかしなことを言うな。白き壁の餌食になったとでも言うのか?ならばわざわざ捜索する必要もあるまいな。つまり深部は影響を受けていないと?」と言ってキャメロンは顔をしかめた。
「俺はそう考えてる。あの障壁が自然現象だとは到底思えない。だとするならそれを御する者が要るはずだ。カナが言っていた時魔法の暴走のこともある、俺はグレンゴインに行って確かめなければならない。それで、腹案というのはなんなんだ?」
「私はまず第一に情報を集めるべきだと思う。貴様が話した女の時魔法の暴走が大災害の原因なのだとしたら尚更迂闊にグレンゴインへ近づかせるわけにはいかん」キャメロンの可愛らしいくりくりした目がこちらを睨みつけていた。
「そんな悠長なことを言っていたら、ブレアは……ブレアの身に何かあってからじゃ遅いだろ!!」
「大莫迦者がっ!だからこそ慎重にならねばならんのだろうが!もし軽々にグレンゴインへ近づいて、またぞろ時魔法が暴走したらどうする。貴様の見立てでは彼女はグレンゴインの深部にいるのだろう?暴走した時魔法に真っ先に巻き込まれるとは思わんのか!!」
「ぐ……」
「小僧、残念じゃがキャメロンの言うことの方が的を射ておる」カリラはそう言って俺の肩を軽く叩いた。
「悪かった。キャメロン、話を続けてくれ」
「わかればよい。情報を集めると言ったが、それは貴様の待ち人についてと、グレンゴインという土地についての両面で収集を行う必要がある」
「ああ」
「ハイランドとローランド両方のグレンゴイン近辺の地域で判断材料を探す」
「そりャいいが、どうやッてハイランドへ行くンだ?」
「中継地点を使う」
「どういうこッた?」
「トラッド大陸から西へ二十海里ほど離れた場所に『スカイ島』という離島がある、そこへ行く」
「離島?なんでこんな時に島へなんか行く必要がある?」
「ローランドとハイランドはグレンゴインに出現した白き壁によって完全に分断されて転移すらかなわない状態だと私は言ったな?」
「ああ、言った」
「ならば迂回すればよいとは思わんか?」
「迂回?───────あっ!」キャメロンの意図を解した俺は口をぽっかりと開けた。
ローランドからハイランドに転移する場合、その軌跡は必ず東西に走るグレンゴインと交わることになるが、その転移ルートは断ち切られて使えない。ならばトラッド大陸から海を隔てて離れた離島からの転移であれば白き壁に正面から交わらずに、迂回して転移することが可能だと彼女は提案しているのだ。さながら原動付き自転車が交差点中央に立ち入らずに右折を行うが如くだ。
「なんかよくわかんないけど、一回島に転移して、その後また転移するってコト?」
「小む………アソール、その理解であっている。スカイ島を中継地点として転移回数を増やし、転移角を屈折させて迂回するルートをとる。しかし残念ながら私はスカイ島へ行ったことがないのだ……」キャメロンはわざとらしく困ったような表情でアソールをみつめた。
「ん~~なるほどっ、あたしが島までみんなを背中に乗っけて行けばいいわけね!」
「ふ、察しが良くて助かるぞ」
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《わ。すごい!本当に見えてきた!》アソールの感嘆の声が頭の中に響いた。
陸地での飛行とは違い、身体に受ける潮風は湿っぽくて肌がべたべたしてくるのがわかった。眼下を見下ろすと、天使の片翼のような形をした島が視界に入ってきた。
《『スカイ』とは古い言葉で『翼』を意味する》とキャメロンが解説してくれた。
これが逃亡中でなくバカンスであれば、どれだけ胸躍る日になることか。
《じゃああれがスカイ島か、思ったよりも大きいな。人は住んでいるのか?》
《いいや、恐らく無人島のはずだ。降りる前に注意事項を伝えておく。この島で魔法を使う時は気をつけろ》とキャメロン。
《どうしてだ?》と俺は訊きかえした。
《この島は別名『魔封じの島』とも呼ばれる。その理由は魔法力が自然回復しないからだ。故に気味悪がって誰も近づこうとしない》
《ほォ、そンな場所があるとはなァ。つまりこの島とトラッドを行き来する手段に魔法を使うなら、こっちへ来てから燃料切れになッちまうとどこへも行けなくなるっつうわけか》とサルは口を挟んだ。
キャメロンはゆっくりと頷いた。
高度が下がり、スカイ島の翼の先端部分は岩礁になっているのがわかった。ちょうど翼の骨にあたる部分が細長い砂浜になっているのをアソールは見つけると、そこへ向かって飛龍はさらに降下していった。
「ふうっ、とうちゃーく!」ひと仕事終えて竜人の姿に戻ったアソールは声を上げた。
「さて、これでこの島を転移地点として使えるわけだな。さっそく二手に分かれて情報収集といくか?」俺はキャメロンの方を向き直った。
するとキャメロンは不思議そうな顔をした。
「─────ひょっとして、貴様も情報収集に付いて回る気ではあるまいな?」
「そうだが?」
「『そうだが?』ではない。はぁ……それでは意味が無いことがわからんか。これからグレンゴイン峡谷付近の土地へ情報収集に行くのだぞ?谷に近づけばいつ暴走するかも分からない貴様を連れて行けるわけがない」キャメロンはきっぱりと言い切った。
「ぁ。そうか……」
「貴様はここで留守番していろ。そのために今日一日使って雨風を凌げる拠点をつくる。この面子ならば造作もないだろう」キャメロンは首を回して俺以外の三名の顔を窺った。
それから島の森林部へ出向き、念動魔力で木を引き抜き、飛龍がそれを運び、彫金魔法がそれらを立体的に繋ぎ合わせていく作業が始まった。
俺の方はというと、拠点に運ばれてきた木材をサルの彫金魔法で拵えた鋸を懸命に上下に動かして、決められた寸法に切断する作業に従事した。体力的な限界が来れば身体を少し前の状態に巻き戻すというソロ人海戦術を用いて。
半日ほどかかって出来上がったログハウスは急拵えにしては上等なもので、二,三人は横になれる程度のスペースを持っていた。