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『白き壁』

 

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 ローランドのどこかに、闇の中ひとつの明かりも灯さずに佇む小さな木製の小屋があった。床は石でも木でもなく、しっとりと湿った土だった。壁に立て掛けられた農耕具を一箇所に集めて退かし、俺たちは手近にあった藁を土の上に敷いて腰を下ろした。


「─────やれやれ、いたちごっことはこのことだな」


「索敵魔法に捕捉されている以上、安住の地はないと思え」とキャメロン。


 索敵魔法─────ブレアを捜索する為に協力してくれた少し引っ込み思案なピティという少女を思い出した。可愛らしい彼女が政府の命令で、俺たちを追跡する任についているのか、あるいは別の人間によるものかということはこの際どうでもいい。


 問題は俺たちを索敵魔法が追跡するのは非常に簡単だという事だ。キャメロンの住居に立ち入れば毛髪などを採取することは容易だし、そもそも王都には俺自身の五体の一部を置いてきてしまっている。


「もー、お風呂入りたーい!」アソールは額の汗を腕で拭いながら言った。


「この山の上流は水が澄んでいそうじゃし、明日の昼にでも水浴びをしたらどうじゃ?洗濯もせねばの」とカリラは提案した。


「ここへは今日転移したばかりだ、まだ追手がかかるまで数日はかかるから心配はないだろうな。それじゃ、久しぶりに一緒に浸かろうか、カリラさん」


「なっ!?莫迦者、そんなことを許すわけがなかろう」キャメロンは軽蔑の眼差しを俺に向けた。


「ばばあの頃には目もくれなかったくせに、煩悩に正直なやつじゃの……」カリラは呆れてみせた。


「冗談、冗談」


 国がはっきりと反逆者と定めた我々五人が一見悠長ともとれるような現状(いま)をおくっている理由は三つあった。


 ひとつめは索敵魔法に行方を捕捉されているとしても、実際に追手が俺たちの居場所を突き止めて乗り込んで来るまでには相当な時間を要するからだ。


 キャメロンが言うには索敵魔法の使い手を二人以上トラッドの端部へ派遣して、それらの索敵魔法の指針が示す直線が交わる地図上の座標を潜伏地として割り出す方法を政府はとるらしい。これは非常に有効な方法で、ピンポイントに我々の居場所を突き止めることが出来るだろう。


 ただしその位置情報が司令部へ伝わり、実際に追手の連中に司令が与えられるまでにはいくらかのタイムラグがある。それを生み出しているのは、索敵魔法の術者が居る観測地点と王都の物理的な距離である。電気も電波もないこのトラッドでは、最速の通信手段は()()()()を除けば“鳥”だろう。いわゆる伝書鳩というわけだ。この情報伝達速度が遅いため、追手が実際に潜伏地へ辿り着くまで時間がかかるというのがまずひとつ。


 ふたつめは単純に我々が行う逃走術の方が追跡する者よりも圧倒的に優秀だからに他ならない。こちらにはキャメロンの追放魔法による瞬間移動があるし、もし追跡者が迫ってきても、カリラの念動魔力(サイコキネシス)で瞬時に物理的距離を確保したり、いざとなれば龍化したアソールの背に乗って空をゆくことも出来るため、こちらの逃走経路には真の意味で余裕があるのだ。


 さて、最後のみっつめだが、これがどうにも厄介だった。


「────追手から逃げるのァ結構だが、逃げてるだけじャ何も解決しねェぞ」


「あぁ…わかってるよ」


 俺は苛立っていた。


 トラッドにおける真の最速情報伝達手段、それは転移魔法官を伝令に使うことだ。今や政府直轄管理となった転移魔法官を索敵魔法術士に引率させ、観測地点に刻印柱(ピラァ)を設置すれば、政府はたった今我々が潜伏する場所を捉え、また別の転移魔法官を用いて最寄りの刻印柱(ピラァ)まで兵を送ることが可能なはずだ。ところが、追手がかかるまでの時間を見る限り、まだそれには至っていない。


 “一位”の追撃を逃れ、グレンゴインから転移して一時的にシャーロットの家に匿われた我々五人は、政府の追跡からなるべく時間を稼ぐために王都から物理的距離が大きいローランドの僻地へと、その夜のうちに転移していた。


「─────本当に、あれは一体なんなのだ……」キャメロンは小窓から外を覗き込んだ。


 つい先程から我々が勝手に間借りさせて頂いているこの農具倉庫は、山間部の中腹あたりにあり、視界を遮るものなどはほとんどないからか、()()がよく見えた。


 ずっと北の方角に見える淡く白い明かり。それはまるで花嫁が身につけるケープのように半透明に透き通って見え、トラッドが抱えるグレンゴインという大きな傷から、まるで鮮血のごとく天に向けて吹き出して、障壁を成して俺たちの往来を拒んでいた。


「グレンゴインの谷底で何か起きてる、それは間違いない。ブレアの身が心配だ、うっかりあの白い壁をくぐってはいないだろうか……」


「大丈夫じゃろう、妹の方ならともかくとして、未知に正面から向かっていくような子ではあるまい」とカリラ。


「そうだといいんだが……とにかくどうにかしてグレンゴインの最深部にたどり着く方法を探そう」



 俺たちがこの壁の存在に気がついたのはこっちへ避難した翌日、身なりを隠して近くの町へ食料品の買い出しに出た時のことだった。そこらじゅうでこの怪奇現象を報じる号外が配られていた。その誌面に書かれていたのは、今日グレンゴインを渡ろうと試みた者のうち何割かがその場で絶命してしまったということだった。


 それから一日の間を置いて障壁が人間を絶命に至らしめる条件が明らかになった。被害に遭った者はみな“一定の魔法力を保持する者”だったのだ。つまり魔法が使えぬ人間や動物はハイランドとローランドを行き来することが可能で、そうでないものは通行料に生命を差し出さねばならないということだった。


 政府が俺たち五人を拿捕するのに転移魔法官を用いない理由もここにあるらしかった。初めに気がついたのはキャメロンだ。


 彼女が言うには『転移』とは完全な瞬間移動でなく、対象地点と自分自身を結ぶ、目に見えぬ魔法力の糸のようなものを通して行われるらしい。つまり南北を結ぶ転移魔法の道筋は白い障壁によってざっくり断ち切られてしまっているというのだ。その証拠にキャメロン本人もハイランドへの転移は、座標に対する紐付きが絶たれて不可能になってしまっていた。


 号外を発行した新聞社はこの南北の往来を阻む光の帯を、トラッドの歴史に埋もれていった古い言語を用いてこう表現した。


 “白き壁(バッラ・ギアル)”と──────

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