[幕間]食い逃げホットパンツ
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
「うう~、お腹減ったあ……てかここどこ」
────今日はホントにサイアクな日すぎる。
ショウさん達との集合場所に着いたら、ウッキーですら敵わないめっちゃ強い男に襲われて、命からがら逃げ延びたと思ったら今度は盗賊にウッキーが攫われて。
暗くなるようなことがあっても、表情までそんな感じになっちゃったら、余計に何もかも上手くいかなくなっちゃう気がするから、なるべく明るく前向きに振る舞うようにしてるケド、これはあたしでも流石にヘコむ。
「ヤバイ、日が暮れちゃう……」
暗くなってから移動すると余計に自分の居る場所が分からなくなっちゃうから、途中で見つけた大きな岩に寄りかかって野宿することにする。
眠る前に明日の朝になったらどうするか決めておかなきゃ。
いっぱい選択肢はあるケド、あたしは不器用だから優先順位を決めて、一番大事な一個のことに集中しよう。うん、なんか今のショウさんが言いそう。
まず、攫われちゃったウッキーは絶対助けたい。あと、理由は分からないケド盗賊がお姉ちゃんを探してたのも見逃せない。
────あれ、選択肢いっぱいはないか。てかそれって同じことじゃん。
まずはショウさん達と合流しなきゃ。集合場所に現れた磁力魔法を使う男はめちゃくちゃ強かったけど、ショウさんとドロっちなら倒せはしなくてもきっと上手く逃げるはず。
こんなことなら打ち合わせした時の地図もっとよく見とけばよかったよ。
「あっ、ヤッバイ!ガチで天才的な閃きが降りてきたかもっ!」
地図の内容はよく覚えてないケド、なんとなく陸地の形は覚えてる。確かこのあたりは東の方に行くと川か海があって、そこから岸に沿って北の方に向えば最後はフォールドカークに戻れるはず。
「えーと、北は……ここから東に向かって水が見えたら左ってことだよね。途中で街があったらご飯も食べる!!」
それで東の方角は明日の朝になったらお日様が教えてくれるから、今あたしがすべきことは─────
「ねること!!おやすみ!!」
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
「────あっ、海!」
あたしは朝早く目を覚まし、地平線から顔を出した太陽に向かって真っ直ぐ翔び立った。
思った通り三十分くらいしたら目の前に海が見えてきて、ホッとした。昨日の夜のうちに闇雲に移動しなくてよかった。
飛んでるうちに思い出したことがある。確か岸に沿って北に行くとフォールドカークに着く前にナントカって街があった気がする、名前は忘れちゃった。
でもその街は漁業が盛んで、魚が美味しいってドロっちが言ってたことだけは覚えてる。
それからあたしは岸を見失わないように少し低めを飛んで北西に向かった。岸を追いかけて行くと、ついに水面と隣合った街を発見、これでご飯にありつける。
「うわーっ、凄い磯の匂い」
降りてくる時に見えたケド、街の奥の方には船が何隻も並んでてびっくり。
色々と見て回りたい気持ちもあるけど今はご飯が先。ていうかご飯食べた後も観光してる余裕は無いんだった。
そんな時、あたしはでっかい看板に出くわした。
「魚のマーク!」即入店を決意。
席についてメニューを開いたら見慣れない言葉がいっぱい。
「お姉さーん!」ウエイトレスの女の人に向かってあたしは手を挙げた。
「はい、ご注文でしょうか?」
「そうなんですケド、メニュー見てもどんな料理かわからなくて……おすすめとかありますか?」
「あー、それでしたらこちらの海鮮煮込みはどうでしょう?平たい鍋で貝や白身魚などの海の幸をオイルで煮込んだものになります」
「へー、めっちゃ美味しそう!それにします」とあたしは即答した。
「ではお作り致しますので少々お待ちください」
竜人の里にも魚を食べる習慣はあるケド、海まで遠いからか漁業をする人が殆ど居ない。だから魚は何年かに一度くらいしか食べられないご馳走。
胸を踊らせながらしばらく席で待っていると、ウエイトレスのお姉さんが大皿を運んできた。
「うわ、すごっ!」
見たこともない楕円形の貝、輪切りになった烏賊、真ん中には肉付きがいい白身魚がまるまる一匹、それにきらきらした黄金色のスープ、こんなに豪華な料理は見たことない。
「いただきますっ」
それからあたしは夢中になって海鮮煮込みを食べた。ほくほくの白身魚の身にスープが絡んで最高に美味しい。でもお腹がペコペコだったからか、どんどん料理を口の中に運んじゃって、もっと味わって食べれば良かったと少しだけ後悔。
「ごちそうさまー!」
とここまでは幸せだった、だけど本当の後悔はこのあとやってきた。
やば。あたし、財布持ってないじゃん─────
外でご飯たべる時はウッキーに払ってもらってたのが裏目に出た。いつもの感じで食べることにしか気がいってなかった。
まずいよ、このままじゃあたし犯罪者になっちゃう。てか食い逃げって犯罪の中で一番可愛くなくない?
ヤバイヤバイヤバイどうしよう。ポケットに小銭くらいないかと思って探したケド、紙くずしか出てこないし。
落ち着け、落ち着けあたし。
「すみません」
「はい、どうされましたか?」
「あ、あ……イスティーを……ひとつ」
「かしこまりました、すぐにお持ちいたします 」
ちょっと何してんのあたし、そりゃ緊張して喉は乾いたケドさ、無一文で優雅にお茶なんて飲んでる場合じゃないっての。エリートじゃん。食い逃げエリート常習犯の落ち着き方だよこれ。言えるわけない、言えないよ、お金もって無いなんてさ~。
あたしが頭を抱えていると、ウエイトレスのお姉さんはすぐによく冷えた紅茶を持ってきてくれた。
カラカラになった口と喉に流れ込むアイスティー。速攻で飲み干されるアイスティー。本当は美味しいんだけど全然味がしないアイスティー。
「──────あの、お嬢さん」それは女の人の声だった。
視線を下げて自分のテーブルをじっと見ていたあたしは声のする方へ顔を向ける。
「もしかしてお困りですか?」
それは隣のテーブルのお客さんだった。小さな男の子を連れた少し恰幅の良い女の人。
「え、あの、はい」藁にもすがる思いだった。
「さっきから様子が変だったから、もしかしてお財布でもおとしたんじゃないかって思ってね」とその女の人は的中させた。
「そっ、そうなんです!食べた後に気づいちゃって……」
「あらあら、やっぱり」
「あの……今初めて会った人にこんなことお願いするのも変なんですケド、必ずお返しするのでお金を貸していただけませんか……?」勇気を出してあたしは言った。
「いいわよ、元々そのつもりで話しかけたんだから。貸すなんて言わず、これくらいご馳走してあげる」と女の人は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
あたしはテーブルに額を擦り付ける勢いで何度も頭を下げた。
「あら?あなたその額の─────」
「あぁ、あたし竜人なんです。珍しいですよね」
「そうね、竜人の方と話すのはこれが初めてだわ。案外私たちと変わらないのね。この間ローランドで起きたシーズの襲撃から街を守ったのも竜人の姉妹だって話だけれど、もしかしてお知り合いかしら?」
「あ。それあたし達かも」
「あらまあ!こんなことってあるかしら!」女の人は驚いて口を覆っていた。
それからあたしがこの街へ来た経緯を話したら、恰幅の良い女の人はにこにこしながら話を聞いてくれた。
この人の名前は『エレン』と言うそうで、二日前からこのエディンビアに滞在してるみたい。そして物凄く大切な情報を話してくれた。
「お姉ちゃんが居なくなったなんて、心が痛む話ね……実はね、あなたに話しかけたのは、二日前あなたによく似た顔の女の子に助けられたからなの」
「あたしによく似た女の子……」
「それこそさっきあなたを見た時、その子と姉妹なんじゃないかと思ったんだけれど、私達を助けてくれた子は額に角が無かったから残念だけど他人の空似ね」
「えっ。その人、長髪で蒼みがかった髪色をしていませんでしたかっ!?」とあたしは前のめりになった。
「ええ、どうしてそれを……もしかして本当に─────」
「お姉ちゃんだっ!お姉ちゃんがこの街に来てたんだっ」
それからエレンさんはお姉ちゃんと会った時のことを話してくれた。
エレンさんが息子さんと路地を歩いていたら、六,七人の男の人に囲まれて、荷物を全部脅し取られてしまったらしい。
そこにお姉ちゃんが現れて『もし私が荷物を取り返したら、着るものを一着買って欲しい』と頼んできたんだって。それからお姉ちゃんはその盗賊を追いかけて、暫くすると路地に戻ってきて荷物を取り戻してくれたんだそう。
「つ、つながった!」あたしはあまりの閃きに立ち上がった。
ウッキーを攫った盗賊達がお姉ちゃんの風貌を知ってたのは、お姉ちゃんに直接会ったからだ。
それじゃあもしかしてあたし達が盗賊に襲われた理由は、あたし達がこの辺りで同じ特徴の女の人を探してるのを人伝てに知って、仕返しに利用されたから?
てっきり集合場所に現れた男と、ウッキーを攫った盗賊は仲間かと思ってたけど、口ぶりを聞く限り違うのかも。それじゃああの男は何者なんだろう。
「エレンさん、本当にありがとうございます!あたし、行きます!」あたしは深々とお辞儀をした。
「もう行くのね。アソールちゃん、気をつけて行きなさい」
「はいっ!」
この胸の辺りがじんわりと暖かくなる感じ、お母さんのことを少し思い出した。
足取りが、身体が軽い。お腹がいっぱいになったからってのもあるケド、何よりもお姉ちゃんが近くに居る。生きてる。そうわかっただけで身体に活力が湧いてくる。
あたしは今すぐ飛び出したい気持ちを抑えて、まずはエディンビアで情報を集めることにした。
最初はこのままフォールドカークまで向かって、あわよくばショウさん達と合流するつもりだったケド、ショウさん達もあたし達が集合場所に姿を見せなかったら、別の場所を探しに行ってるかもしれない。
だからフォールドカークまで戻ってもショウさん達の加勢は期待できない、あたし一人でもウッキーを助け出す。そのためにはまず盗賊団が住処にしている場所を突き止めなきゃ。
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
エディンビアから海岸を辿って北西に飛行していくと、海だった水面は川に変わってくる。川辺りをもっと西へ進むと、どんどん川は細くなって来たあたりで目的地は見えてきた。
「────あったっ!あのお城がブラック・ネスク!」
ウッキーを攫ったのは『コールバーン』と名乗る盗賊団らしく、この辺りでは有名で、住処だって噂されてるブラック・ネスクには近寄らない方がいいとみんな口を揃えて言ってた。
盗賊達もウッキーも多分ここにいる。
一昨日襲われたのは街中だったから、龍化出来なかったけど、ここなら全力で力を使える。今度はあたしがウッキーを守ってあげる番。
「出てこいっ!!」
上空から城に向かって二発立て続けに火球を打ち込むと、城のてっぺんからもくもくと黒い煙が上がる。
あたしが考えた作戦はこう。
まず、何者かに住処を攻撃された事に気がついた盗賊団は城の外に出てあたしを見つける。そこで闘いになったら、その隙を突いてウッキーなら脱走出来るかも。一番いいのはあたしに恐れをなして、盗賊がウッキーをおいてここから逃げてくれることだケド。
遂に一階の窓から誰かが飛び出してくるのが見えたから、迎撃のために口いっぱいに火炎を溜め込んだ。
だけどそれが地面へ向かって吐き出されることはなかった。攻撃のために蓄えた火炎を、あたしは全く正反対の意志を持って空高く吐きつける。
────やっと見つけた、見間違うはずない。
これは竜人が仲間に送る合図。
ある時はおはよう、ある時はさよなら、ある時はこっちだよ、そしてある時は────
「ウッキィイイイイ!会いたかったああっ!」あたしは龍化を解除して、空中からウッキーの胸に飛び込んだ。
着地の衝撃で砂塵が舞う。
「痛ッ……てェな……アソール、テメー生きてやがったか」砂埃の中で見たウッキーの顔はなんだか嬉しそうだった。
「うん!!」
あたしも嬉しいよ、また会えて。
「テメーどうやって─────」
「それはあと!逃げるよっ!」あたしは尻もちをついたウッキーの手を握った。
「待て、その必要はねェ」ウッキーは首だけで後ろを振り返った。
「おーーい、アソールちゃーん!」そこには大きく手を振るドロっちとショウさんの姿があった。
あっ。二人とも無事だったんだ。
そっか、ここに三人がいるってことはきっと盗賊団はやっつけたんだ。
急に脚に力が入らなくなって、あたしはその場に座り込んだ。何でか分からないケド涙が出てきた。
「────たった一人で殴り込みとァ、いい度胸してンじャねェか」立ち上がったウッキーは掌をそっとあたしの頭の上に乗せた。
ごわごわした手から頭皮にあったかい体温が伝わって来たら、何だか安心して余計に涙が出た。
それからあたしは、ちょっとだけウッキーのズボンにしがみついて泣いた。本当は心細かったんだって自分でもやっとわかった。
離れろってうるさいから鼻水もいっぱいつけてやった。