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"一位"

 

 驚いて口を覆うカナの目の前で、俺はローブの裾から左手を出した。


 手首から先が欠損した左腕を───────


 その先端を見下ろし、俺は断面を優しく残った方の手で握りこんだ。


 この左腕は自由への代償であり、痛みを伴う決意の証。


「どうして治さなかったの?」時魔法使いとして当然の質問をカナはこちらへ投げかけた。


「いいや、これは自分でやった。追放魔法の刻印から逃れるためにな」


 今日キャメロンは時限付きで俺に里を訪れる時間を与えてくれていた。日没とともに強制的に俺を王都へ連れ戻すという約束を交わして。これからブレアが受ける措置と俺自身の処遇が正式にお触れとして発されるまでのわずかな猶予期間(モラトリアム)


「上位魔法刻印……まさか刻印ごと切り離したの!?」


「ああ、そうだよ。そうしないと俺は王都へ連れ戻されてしまうからな」


 太陽が地平へ身を潜めてから、もう随分と経つのを鑑みると、どうやら俺の見込みは正しかったとみえる。


 アトデで初めてキャメロンに会い、彼女の私牢へと追放されるまでに付与されたはずの刻印術がいつ履行されたのか、俺には何となく心当たりがあった。


 確証はないが、挙動を見る限り追放刻印は人間を刻印柱(ピラァ)に見立てることが出来る術と考えていい。ならば、自身の魔力を特有の模様として対象に刻み込む必要があるはず。


 転移系統の魔法は他人と共に転移する場合、身体同士が触れ合っている必要がある。これは魔法的に相互を接続し、影響を与えるためには直接触れる必要があることを意味しているのではないか。ボウモアの魔力紐みたいにイレギュラーな存在はあるんだろうが。


 当初、俺はキャメロンの幼く愛らしい姿を見て、つい彼女の頭を撫でてしまったが、その時に彼女は憤慨して俺の手を払い除けた。牢獄へぶち込まれるまでにキャメロンが俺に触れたのはこの一度だけだった。つまり俺は自分の左手に彼女の追放刻印が付与されているのだと推理した。


 我ながら相当に危うい賭けだったが、連れ戻されていない現状を見る限り、どうやらそれは的中していたらしい。


 キャメロンには本当に悪いことをしたと思う。今頃、彼女の下には俺の手首から先だけが転送されているのだから。でもこれがキャメロンに最も迷惑をかけない方法だと思っている俺は最低の男かもしれない。


 今頃王都の政治家連中は大混乱に陥っているはずで、俺の行先はわからずとも竜人の里からそう遠くまではいけないことは自明、追っ手がかかるのも時間の問題なのだ。


 せっかく無理を通してアラドにこんなところまで送ってもらったのだから、与えられた時間を有効に使うべきだ。



「時間が無いんでね、俺はそろそろ行く」


「─────ずいぶん懐かしい話をしていたね、カナ」


 漆黒の闇の中、黄金の瞳が二つ俺の行く手に怪しく光る。巻いたと思っていたロイグが正確にこちらの居場所を追尾してきていた。しつこい奴だ。


「君にそんなふうに呼ばれる筋合いはないね」カナは興味無さそうに言った。


「逃げるなんてつれないじゃないか。さあ、ボクと一緒に行こうよ、ショウ。ボクもボウモアもこの時をずっと待っていたんだ。きっとお父様も喜んでくれる。キミこそ"螺旋"の中心に相応しい」


「螺旋……?」俺は咄嗟にカナの顔色を伺う。


 彼女は少し首を傾げて、俺に向かってゆっくりと首を横に振る。何も知らないようだ。


「それは後でゆっくり話すよ。さあ、こっちだよっ」ロイグは真っ黒な掌をこちらに差し出した。


「乗っちゃ駄目」カナの黒目がちな瞳が鋭い眼差しでこちらを睨んでいた。






 ─────それが起こったのは、俺が再びロイグに視線を戻した瞬間だった。


 目の前でぼとぼとと音を立ててロイグの身体は細切れになり、叩き壊された知育ブロックみたいに地面へ散らばった。


「なっ───────」


 ロイグが佇んでいた場所に薄くて半透明の板が格子状になって空中に固定されていて、それらはべっとりと血に塗れている。


「なんじゃ、なんじゃ、怪人とやらも存外に脆いのう」ロイグの向こう側からこちらに歩いて来た男は言った。


 その男は痩せ細って腰の曲がった老人。頭髪は一本もなく、顔は年輪を表すように皺だらけだ。ぼろ布のような古びたローブには金色の十字エンブレムが光っていた。


「─────のう小僧、この世で最も斬れ味のよい剣はなんだと思うね?」老人はしわくちゃの顔でこちらに訊ねてきた。


「なっ、なんなのこのお爺さんは……」カナは状況がよく飲み込めていないようだった。


 もちろん俺もそれは同じこと。しかし、この男が怪人の手の者でないことは、ロイグを殺してしまったことからも既に明らかだ。けれども、俺にとって味方で無いことも十字の紋章がありありと告げている。


「ドロナックの剣……とかか?」何者かに俺は答えた。


「あんな()()()()()()()青二才が全ての中で一番なわけがないじゃろう。あやつはまだまだ甘すぎる。『斬る』とはとどのつまり"隔たり"なんじゃよ」老人は後ろで組んでいた手を解き、右掌をこちらにかざした。


 俺の右側で何か重たいものがどさりと地面に落ちた音が聞こえた。


「キャアアアアアアッ!!」次いでカナの悲鳴がびりびりと俺の鼓膜を震わせる。


 ふと右下へ目をやると、例の半透明の板が俺の前腕辺りに差し込まれていて、地面にはこんなにも離れた位置から俯瞰して眺められるはずが無い、見覚えのある腕が転がごろんと転がっていた。


 生命の一大事に、まだ俺の身体は気づいていない。そのわずかな()()()()の先に必ず待ち受けている苦痛。



 来る、来る、来る。


 痛みが───────やってくる。





「ウア゛ア゛ア゛ァァアアッ!!」


 とめどなく吹き出る鮮血はボタボタと地を汚し、俺は左手で咄嗟に切断された右前腕を掴もうとしたが、それは叶わなかった。


「答えはな、この儂じゃよ、小僧。肉と肉の間に隔たりを作ること、これすなわち『斬る』ということじゃ」


「ぐウウウッ……!」


 その場でのたうち回りたいほどの鋭い痛みを意志の力で押さえ込み、俺は詠唱した。瞬く間に右前腕と赤黒い血液は全て元の場所へと巻き戻っていく。


「ほう、これが時魔法か。生で見るのは初めてじゃのう」


「あッ……あんた番号持ち(ホルダー)だな?俺を殺しに来たか!?」


「一つ目の質問には『是』、二つ目には『非』と答えておこうかの。国選魔導士、あれはあくまでただの序列。儂があの()()()()()()より一つ上程度と読み解かれては沽券に関わるわい。儂に与えられた称号は"障壁"─────今お主の行く手を阻む壁でもある」


 ドロナックの国選魔導士における序列は"二"、つまり目の前に居るのはトラッドで最高の魔導士ということになる。


 いずれ追っ手がかかるとは思っていたがあまりにも早すぎる。里に居た時から見張られていた、そう考えるべきだろう。迂闊だったと言わざるを得ない。キャメロンが俺を誰かに監視させるようなことをするはずがない、恐らく俺の求めに応じる為に上層部から下された条件だったのだろう。


 そして、その転ばぬ先の杖は見事に功を奏していた。



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