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戦火の紺セーラー

 

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 ロイグに遭遇した地点を離れ、グレン・ボルカの麓から数キロメートル離れた場所まで俺と女は素早く移動した。


 やがて、新緑に覆われた薄暗い森の中でセーラー服の女の子は歩みを止める。月明かりだけが木の葉の隙間から柔らかく降り注いでいた。


「────力の使い方、下手だね」女は唐突に言った。


「その点については俺も今しがた実感したところだよ、()()


 さっきこの女が使った時魔法の時間停止は、俺が出来るような不細工な巻き戻しの連続なんかじゃない。完全に周囲の時を停止させ、その中で自分だけが自由に活動できる力。同質だとしても、俺が扱うものよりも数段レベルが上なのだ。


 それに、ここまで簡単に逃げ果せたのも彼女が俺にもたらした発想のおかげと言うしかない。


 さっき俺自身がやってのけたみたいに、止められた時の中で自分だけが活動する為には、自分自身の周囲の時だけを加速させ、停止した時を中和する必要があった。この作用を止まっていない時の中で行えば、すなわち自分だけが超高速で移動することが可能になるというわけだ。『リフレイン』の効果時間中には、俺はこの『停止』と『部分的な加速』を無意識下で行なっていたはずで、単に使いこなすだけの発想力がなかった。


「先代はやめてよね。私はカナ、君は?」


「翔太郎だ、こっちではショウって名乗ってる」


 なんてことはない、そこらで聞いたような名前を用いての同郷同士による自己紹介もどこか懐かしい。


「じゃあショウ、単刀直入に言うよ。君はグレンゴインへ近づくべきじゃないよ」三つ編みの女はこちらへ振り返って語尾を強めた。


「どうしてだ、グレンゴインには一体何がある?」


「わからない……わからないけれど、行ってはいけない。またあんな悲惨なことが起こるかもしれないから」


「もしかして大災害のことを言っているのか?……………そうだ、もし先代の調停者に会えたら訊こうと思っていたんだ。何故あんなことをした?お陰で二代目の俺はどこへ行っても大罪人だ」と俺は恨み節を効かせた。


「私だってしたくてしたんじゃない、当時の記憶がないの……何か強い力に意識が引き摺られる感覚がして、それっきり。気がついたら何日も経っていて、大災害で起こったことを知ったのも新聞の紙面だった───────」


 それから彼女はトラッドを揺るがした大災害の時に体験したことをつらつらと話し始める。



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 前世で死んでしまった私は、不思議な空間に呼び寄せられた。そこには仙人を彷彿とさせる長い髭を蓄えた白髪の老人が住んでいて、選択を迫られた。


 転生すると、そこは二つの国が大陸の領土を争って戦争をしている世界だった。


 ハイランド南部の小さな村に産み落とされた私はそこで地獄を見ることになる。


 戦争のためにハイランドの民は馬車馬のように働かされていた。男は鉱物資源確保のために無理やり政府に鉱山へ連れて行かれるか、戦地へ差し向けられ、残った女たちは少ない人手で糧となる農作物を作っていた。魔法が使える者は男女関係なく徴用され、最前線へ連れていかれる。


 残された女子供は農作物の生産量が少なくなってしまったことにより、みな飢餓に苦しんでいた。村にはそこらじゅうに餓死した者の死体が転がっていて、蝿がたかり、蛆が沸き、疫病が流行の兆しを見せていた。


 村民の一人だった女性が、口減らしのために幼い息子を手にかけるところを目撃してしまった私は、吐瀉物を撒き散らしながら村を飛び出した。


 この村に留まっては駄目だと思った。


 命からがら近隣の街へたどり着いた私は愕然とすることになる。そこには数日前に飛び出した村と大して変わらない現状が私を待ち受けていたから。


 調停者は、この地獄を終わらせることが役目なのだと理解した。そして私は南北戦争の最前線であるグレンゴイン峡谷へ赴く決意をする。


 グレンゴインへたどり着くまでに私は何度も非人道的なことをした。腹を満たすためなら盗みもしたし、他人を騙したりもした。私の精神は良心の呵責によって疲弊し続けたけれど、大義名分の為にはやむを得ない犠牲だと自分自身に言い聞かせた。そうでなければ私が壊れてしまうから。


 遂に私は土地神の名を冠する峡谷へと足を運んだ。最前線が近くなるにつれてなんだか気分が悪くなって、頭が割れそうに痛むのを我慢して谷間へたどり着くと、そこで見たものは血で血を洗う業火の宴。


 現在では大衆のために役立っている様々な魔法が戦闘に転用され、一瞬で人が肉塊に変わり、死んだ者はみな谷底へ落ちていく。まるで桜の花が風に煽られて散っていくみたいに、とめどなく無数に。


 吐き気が止まらなかった。この土地に住む者は緩やかに死ぬか、今すぐ死ぬかしか選べないんだとすら思った。


 おぞましい人間の行いを前に、私の胃液が底をついた頃、谷底から眩い光が放たれたのを見た。


 グレンゴインでの私の記憶はそこまで。



 次に目を覚ました時、私は病床に居た。そこで見た人々は負傷や疫病によって苦悶の表情を浮かべていたかというと、その時はそうでもなかった。出版社によって発行された号外を見せてもらうと、そこには『時間を操る未知なる魔法が残した甚大な被害』と『南北停戦協定妥結』の見出しが踊っていた。


 すぐに自分の仕業だと気がついた。多くの人間の人生を滅茶苦茶にしてしまったことへの自責、図らずも調停者としての大義名分を果たした安堵、それらが同時に押し寄せて、頭がおかしくなりそうだった。


 これ以降、名実ともに大犯罪者になった私は人里を避け、何十年も転々とこのトラッドを渡り歩くことになる。




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 カナは一部始終を語り終えるとゆっくり両目を開いた。



「─────大災害の原因は時魔法の暴走ってことか?」


「多分、そう。理由は分からないし、あれ以降私はグレンゴインには近づいていないけれど、少しでも可能性があるなら近付くべきじゃない」とカナは再び語尾を強める。


「おかしいじゃないか。ついさっきまであんた自身がグレンゴインに近づこうとしていたくせに」


「それは違う、君を止めるためだよ。予兆があったの……二回も。あの時と同じような意識が引き摺られるような感覚が。それに同じ調停者だからかもしれないけれど、私には何となく君の居場所がわかる。君こそ私が何処にいるかわかったりしなかったの?」


「いいや、全く?」


「そう……」


「そんなことより、予兆とやらの方が気になる。それがあったのはいつ頃だ?」


「正確には覚えてないけれど、二回目はつい数日前。だけど一回目はいつだか覚えてる、印象深い出来事があった日だったから」


「いつだ?」


「君もよく覚えてるはずだよ。キャンベルを大量のシーズが襲った事件の日だからね」


 キャンベルで起きたことと、つい最近起こったことの類似点─────


「そうか……!俺がボウモアと接触した時だ!」


 それはボウモアが操る魔力紐とクレイグと俺を繋げる紐付きが混線したことによるものだと俺は推論した。


 カナも未だに時魔法を使えているということはクレイグとの紐付きは切れてはいないはず。もしかするとそれが影響して俺と同じように意識がクレイグの元へ引き摺られそうになったのかもしれない。


「ボウモア………随分昔に聞いた名前」忘れそうになった記憶を呼び戻すように彼女は視線を斜め上に向けた。



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