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決意の乾杯

 

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 一夜明け、俺達が従事していた『不審なシーズの死骸回収任務』を生み出した原因が政府関係者の内々に知れ渡ったみたいだった。これで俺が王都を離れて自由に活動する大義名分もなくなってしまったということになる。


 俺は自由に生きると、自分自身のためだけに生きると誓ったはずだった。ところがどうだ、俺には大切なもののために命を賭ける自由すら与えられていない。


 自分自身が滑稽で堪らないのに、俺は未だに答えを出せずにいる──────



「驚いたぞ、急に現れるもんだから。送ってもらったのか?」アラドは低いテーブルの向こう側から俺に言った。


「ああ、夕刻には強制的に連れ戻されるよ。お前と一杯やれなくて残念だ」


「ショウ泊まってって!!」少女は胡座の内側に座り込んで、俺の身体にしがみついた。


「いてっ、いてててて、アルム角が痛い!」


「アルム、ショウを困らせるな」とアラドは娘を窘める。


「ごめんな」俺は涙ぐんだ目でこちらを見上げる女の子の髪に優しく触れた。


 額の小さな角によって感じる凹凸を愛しさを込めて撫で下ろす。


「遊びに来たわけじゃないんだろう、話せよ」


「お見通しか」


 アラドが台所の入口で聞き耳を立てているカイルに目配せをすると、彼女は俺の元へ来て、猫でも扱うみたいにアルムを俺の懐から引き剥がした。


「あーーっ!あーーっ!」空中で脚をじたばたさせて抵抗するアルム。


「アルム、今度いっぱい遊ぼう」


「ぜったいーー!ぜったいだからねーー!」とアルムは連れていかれながらも叫んでいた。その声はどんどん遠ざかって、やがて引き戸の閉まる音がしたあと聞こえなくなった。




「これからする話は、聞くのに覚悟がいる話だ」と俺は切り出した。


 それに対してアラドは静かに頷いた。


「再び行方不明になったブレアのことなんだが……俺は彼女に会った、生きていたよ」


「本当か!?」アラドの表情に驚きと安堵の色が見える。


 今からこの暖かな灯火を吹き消すようなことをしなくてはならないことが俺の胸を締め付けた。


「ああ。けれどもうここに、俺達のところへ戻ってくることは無いかもしれない」


「何故だっ……?い、今あの子はどうしている!?」


「それは俺にも分からない。ブレアは怪人になってしまった。多分、あの納骨堂(カタコンベ)で見つけた時からそうだった。角を失ったのに生きていられたのもそのおかげだよ」


 怖いくらいに長い静寂が訪れる。


「…………あいつらがやったのか」アラドの瞳には既に怒りの火が灯っていた。


「そう考えるしかないな」


 それから俺はハイランド南部で体験したことを詳らかにした。


「なぜお前はそんなに淡々と話していられるんだ!俺は……俺は……」


「俺は怪人になったブレアと会ってから少し時間が経ってる、それだけだよ。あの子は俺に、俺達とは歩めないとはっきり言ったんだ。姿をくらましたのは彼女自身の意思で、これから俺だってどうしたらいいかわからない……」


「ブレアがそんなことを……」


「しかもだ、ブレアが怪人化したことを知った政府は、彼女を保護対象から掃討対象に切り替えやがったんだ」


 これは今朝キャメロンから正式に内示があったこと。覚悟はしていたとは言え、未だに俺は受け止めきれずにいる。


 再び訪れる沈黙。俺とアラドは一様に額に手を当て、ちゃぶ台の天板をぼーっと見つめて、正解のない問いを必死で解こうとあらがっていた。しかし、ほどなくして沈黙を破ったのは俺でもアラドでもなく、台所からの声だった。


「─────はあ、どうしてこんなことで悩むんですか?」


「カ、カイル?盗み聞きするなんてどういうつもりだ?」と言ってアラドは台所の方を向いた。


「あの子はショウさんにつかまえて欲しいに決まってます。ほんとに男の人って…………」カイルは呆れた様子で言い放った。


 実のところ俺はカイルとあまり会話を交わしたことが無い。何度もここを訪れているが、やはり彼女にとって俺は客人という扱いで、談笑のひとつもしたことはなかった。それでもいつも愛想よく接してくれていたし、そんな彼女が男同士の話に割って入ったことが意外だった。


「どうしてそう思うんだ?じゃあ何で俺から逃げる……?」


「あの子があなたをどんな気持ちで助けたかわかりますか?あの子は賢くて優しい子です。ブレアが私たちと袂を分かつしかないと判断するくらいです、何か理由があるんでしょう。世界を敵に回して、きっと今も私たちのためにひとりで苦しんでるはずです」


「俺達のために?」


「理由まではわかりません、女の勘です。それにさっきの話を聞いていて思ったことがあります」


 俺とアラドは静かに彼女が続きを話すのを待つ。


「男の人っていつもそう。『どうすべきか』ばっかり考えてる。さっきの話にはショウさん自身の意思がまるでない。ただ起きたことを並べているだけじゃない、いくじなし」


「お、おい、何もそこまで言うことは無いんじゃ……」とアラドは助け舟を出してくれたが、カイルは「あなたは黙っててもらえる?」と言って凍りつくような眼差しでアラドを閉口させた。



 尻の穴に氷柱を突っ込まれた気分だった。


 みっともない話だ。俺とは違って、ブレアはもうとっくに取捨選択を含む決断をしていたはずなんだ、それもたったひとりで。


 カイルの言う通りかもしれない。俺はずっと自分がどうすべきかだけを考えていた。しかし、それはより多くの人間を納得させるための方法論であって、俺が本当にしたいことは全く別の意味を持つ。何もかも丸く収まる方法なんてない。何かを得るためには、何かを失うことの方が多いってことを直視していない俺は大馬鹿者だ。


「─────あの、ごめんなさい」顔を上げると、カイルが『やってしまった』とでも言いたげな表情でこちらを見ていた。


「いや、カイルさん、あんたの言うことに間違いはないよ、俺が浅かった…………アラド、頼みがある」俺は改めて正面の友人の顔を見た。


 それから俺は心の内にある想いと、これから自分自身がどんな行動をとるかをアラドとカイルに全てを打ち明けた。


「馬鹿げてる、正気か?」アラドは真っ直ぐ俺の目を見据えた。


 カイルは俺の話を聞いて表情を強ばらせ、口を覆っていた。


「これでも正気だよ。カイルさん、一杯だけ龍酒を振舞ってくれないか?()()()みたいに」


「え、ええ、いいですけど……」不思議そうな顔でカイルはこちらを見た。


「何のつもりだ」


「何って、お前と酒を飲むのもこれで最後になるかもしれないんだ、一杯くらいいいだろ」


「お、俺は協力するなんて一言も言ってないぞ!」とアラドは声を荒らげた。


「だから頼んでるんじゃないか。俺はお前との友情を信じる、俺を解き放ってくれ」


 嗚呼、こいつみたいな飲み友達が居たら前世の人生も上等なものだっただろうな。日陰を歩き続けた最初の人生を振り返ってそんなふうに思った。


「─────カイル、持ってきてやれ」


「あなた!?まさか応じるんじゃないでしょうね!?」


「黙っていろ。悪いが、男同士の話に口を出すことはいくらお前と言えど許さん。これは俺とショウの話だ」決意を含んだアラドの声がどっしりと低く響く。


 カイルは諦めたみたいに双眸を塞いで鼻をひとつ鳴らすと、黙って踵を返し、台所へ消えていった。


「恩に着る」俺は友に向けて短く謝意を示した。


 ほどなくして龍酒がカイルの手によって運び込まれ、陶器が机を叩く音がひとつ鳴ると、それに続いて同じ音が家の中へ響いた。

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