"S"の住処
それからデイブは思いもよらないシーズの正体について述べ始める。
「シーズの本体は細菌です」
「………………は?細菌?」あまりに想定していなかった言葉に、俺は鸚鵡返しにするしかなかった。
「そうです。研究所から逃げ出したシーズは多くてもせいぜい十数種類でしょう。しかしながら自然界には現状多種多様なシーズが存在します。これでは辻褄が合わない。何か自然発生の仕組みがあるはずなのです」とデイブは続けた。
この話を聞いて閃くものがあった。ブレアを探しに訪れたローモンド湖で、信仰の対象になっていた巨大魚のシーズを思い出したからだ。
撃退したあの巨大魚を蘇生させる際、余計に時を巻き戻したことによって、シーズの特徴である金色の瞳が失われたのを見た。当時は気にもとめなかったが、つまりあれは後天的にシーズになった証なのかもしれない。
「そこまでわかっていてどうして解明できなかったんだ?」
「多種多様のシーズが生まれていることから、研究者の間では、なんらかの共通する条件があるとは言われていましたが、決定的なものは見つけられていませんでした。苦労して生け捕りにして研究をしようにも、魔法力を与え続けなければ直ぐに死んでしまうのでね……カラノモリ様の時魔法を使えば、そのあたりの面倒な条件を全て排除することが可能だったので助かりましたよ!」と嬉しそうにデイブは話した。
「そうか。確かに研究者にとっては貴重な検体を使って何度でもやり直しが利くってのは案外理想みたいなものか」
王都へ戻る度に手を貸していた甲斐が有るというものだ。
「まったくその通りですよ!今回の個体でやっと信憑性の高い発生源、というか住処が見つかりましてね」
「そのシーズの元になる細菌が根付いている場所ってことか?」
「ええ、その通りです。シーズの発生源は、殆ど全ての生き物が持つ器官である腸にあります」
「腸?それなら人間にも─────」
「いえ、それは無いでしょう。シーズが自然界に蔓延ってから一人の症例もないというのは、あまりにも不自然です。人間がシーズ化することは無いと言ってもいいと思います。恐らくですが、その細菌が作り出される際に、人間に危険が及ばないように設計されたはずです」
「おかしいな、一度だけだが俺は人型のシーズに遭ったことがあるぞ?」
アイラの村で俺が一番最初に遭遇し手にかけた、デイダラボッチのように巨大な人型のシーズ。あれ以降人型のシーズはお目にかっていない。
「心問調査報告書の冒頭に記載があった巨人型のシーズですね。それに関してはどんな段階を経て生まれたのか私どもにもわかりませんね……」デイブは表情を曇らせた。
「それに近い話なんだが、さっき二回目の心問を受けてきたからもうすぐ明るみになることだと思うが……ブレアが、その…………怪人に…………なってしまったと思うんだ」
「なっ、なんですって!?」「なんだと!?」
デイブとキャメロンは目を丸くしていた。無理もない。後天的に人が人ならざる者へ変質してしまうなど誰だって信じたくもない。
認めたくない事実を自ら口にするのに、こんなにエネルギーが必要だとは思わなかった。
「昨日ここへ持ち帰ったシーズはブレアが倒したんだ。魔法力を吸引する所を目の前で見た、間違いない。それに身体の方もここを出た時とは違っていたよ」
「ショウ…………」キャメロンは珍しく俺を名前で呼び、背中にそっと手を添えて神妙な面持ちでこちらを見上げた。
「ありがとう、キャメロン。俺は大丈夫だ」
─────無意味な嘘をついてしまったと思った。
大丈夫なものか。一体俺はどうしたらいい。どうしたら丸く収まる。歳を重ねるとそんな方向にばかり考えるから厭になる。
「人間を後天的に怪人に……となるとカラノモリ様が遭遇した巨人型のシーズは彼らが怪人化の技術を完成させるまでに使った検体かもしれませんね」とデイブ。
「かもな」
「恐ろしい話だが、現時点で怪人化について議論しても埒が明かん、心問調査報告書と政府の方針発表を待ってから考えるとしよう」と混線気味の会話にキャメロンは終止符を打った。
「そうですね……えーと、では昨日持ち帰ったシーズの話に戻りますよ。昨日の個体は、先程説明した原因細菌が摂食感染によって野鳥の腸に住み着き、巨鳥型シーズを作り出したのだと思われます。しかし、なんらかの原因によって巨鳥型シーズが弱り、その細菌達は最も近い場所にいた生物、すなわち鳥の腸に巣食っていた寄生虫に宿主を移したと思われます」とデイブは説明した。
「この推論が正しければ、シーズは食物連鎖によって被捕食者から捕食者へと受け継がれ、その度に魔法力を溜め込んで大きく成長するということになる」とキャメロンは補足した。
「それが昨日の個体では、逆に捕食者から被捕食者へと細菌が移動しました。腸を住処とする寄生虫でなければ起こりえないレアなケースだったと言えます。私どもはこのシーズを作り出す細菌を"S株"と呼ぶことにしました」とデイブは続けた。
その後もデイブは実験や研究によって得られたことを流暢に話してくれた。
S株に感染した生物はやがて食事を必要としなくなり、他の生物が死ぬと霧散する魔法力を吸引し、それを糧として生きていくことでシーズと呼ばれる生物になる。
シーズが他のシーズまたは通常の生物に捕食されることにより、腸内でS株の植え替えが起こり、より強靭なシーズが誕生し、魔法力はどんどん濃縮され、強く大きくなっていく。
生殖については一個体のシーズが生涯に一度だけ、同じ種のシーズを生み出すことが実験からわかった。
これは俺とドロナックを襲った野犬のシーズのうち一匹が出産をしたことで判明したらしい。同時に沢山の子犬が生まれたが、その中で先天的にシーズだったのは一匹だけだったそうだ。
「─────驚いた。まさかそんな仕組みで繁殖していたとは……」
「未だ推論でしかありませんがね……S株は我々研究者から見ても完璧に人為的にデザインされた細菌のように思えます。特にシーズ一個体につき新たなシーズを一個体しか産み出さないという点が素晴らしい」
「どうしてだ?一匹から沢山の子供が産まれた方が効率がいいだろうに」と俺はよく考えもしないで指摘した。
「シーズはもともと人間に寄り添う労働力として開発されたと聞きます。繁殖能力が強いと、持て余した誰かがシーズを自然界へ解き放つかもしれない。それにコピーミスによって突然変異を起こす可能性も考慮されているんだと思います。そうでなければ今頃この国の生き物は全てシーズに食い尽くされているでしょうね」とデイブは前のめりになって語った。
「なるほど、安全装置のひとつというわけか」
人間が飼えなくなった動物を『逃がしてやる』などと身勝手な言葉を添えて自然界に放ってしまう話は前世で嫌という程聞いた。間違いなく起こりうる事だ。
「ふん……研究所が爆発しないような安全装置を用意するほうが先だと思うがな」とキャメロンは皮肉いっぱいに言った。