周遊者
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一夜明け、俺はまた椅子がひとつあるばかりの小さな部屋へ押し込められた。
「─────なるほど、あなたの供述に嘘は無いようですね」オーバル型のメガネフレームがキラリと光った。
「今度はびびり散らかさないんだな」と俺は毒づいた。
「喧しいですよ、カラノモリさん。誰だって急に時魔法の術者と対面すればああなります。しかし、最近では私達や政治畑の連中のあなたに対する評価も少しずつ変化しているようですよ」とホーマンは語った。
「少しは認めて貰えたってことか?」
「そうなりますね。盗賊団の引渡し、それからシーズの遺体回収とその原因の究明、実際のところあなたはよくやっていると思います」とホーマンは評した。
ギリーから帰ったあと、俺はキャメロンに出先であったことを報告すると、政府への重要な伝達事項として周知させるべく、証言の信憑性担保のための心問調査を受けさせられた。
言及がないところを見ると、やはり今回もクレイグの住処でのことは心問魔法といえど俺の記憶から読み取れないらしい。
「ホーマンさん、あんたはどう思う?」
「どう、とは?」
「政府はブレアのことをどういうふうに扱うかってことだよ」
「うーん、そうですねえ……あなたの記憶から見ても彼女は相当に善良な人間です。怪人化してしまったのは被害者になってしまっただけですし、今回の件でも結果的にあなたを助けています。私個人の見解としては保護して差し上げたいと思いますが……」
「が?」
「何分、政府には頭が固い連中も多いので、どう転ぶかはわかりませんね」
「はは、心問官のくせに感情移入しすぎじゃないか?あんた」
「これを見れば誰だって私のように思います。心問はこれで終了ですので、もうお帰りいただいて構いませんよ」
「わかった。それと、ありがとう」
そう言って俺は心問室を後にした。
心問調査が済んで、十字聖堂の自室へ戻るとキャメロンが待ち受けていた。それもベッドの上で寝息を立てている。
「おい、俺のプライバシーは無いのかよ」
「ム。終わったようだな」
「ム、じゃないよコソ泥め。今度はなんだ?」
「この間、シーズの死骸のいくつかを貴様に復元させたことがあっただろう。お陰でわかったことがある、研究所まで一緒に来い」と相変わらずの命令口調でキャメロンは言った。
休む間もなく今度は研究所へと俺は転移した。
そこで待ち受けていたのは、先日キャメロンを探し回っていた太った男だった。
「やあやあカラノモリ様、先日はどうも」
「ああ、あんたか」
「彼の名はデイブ、この研究所の所長だ」とキャメロンは目の前の男のことを紹介してくれた。
「所長!?そんなに偉い人だったのか……」
とても言えないが、覚えやすい名前で助かる。
「いやーカラノモリ様のお陰で、シーズの生態研究が飛躍的に前進しましたよ!え~、何からお話しましょうかねえ」
「"周遊者"のことについて話したらどうだ」とキャメロンは提案した。
「そうですね、ではそこから話しましょうか。これはシーズの中に特異な個体が見つかったという話です。私どもはこの特異個体を"周遊者"と名付けました」
「普通のシーズとどう違うんだ?」
「はい、周遊者は普通のシーズとは違って常に一定の法則性を持って移動する習性があります」
「それは例えば─────南を目指すとかか?」
ブレアの事が俺の頭をよぎった。
「ほう!なかなかスルドイですな。ですが、そんなに単純ではありません、確かにここハイランド地方で見つかった周遊者は最終的に南下することになるのですが、厳密に言えばこれは円運動の一部なのです」とデイブは説明した。
「円運動……ぐるぐる回るってことか?」
「そうです、ただしその場でぐるぐる回るのではなくて、この大陸スケールで周遊を行う習性があるのですよ。こちらを見てください」デイブはトラッド全体が収まっている地図を机の引き出しから取り出した。
地図には大陸の沿岸に沿って大きく時計回りをする円が描かれていた。
「これは周遊者の周遊軌道を表したものです。ハイランドでは西から東へ、ローランドでは東から西へ、つまりいずれもこの大陸の外周を通って周遊している個体のようなのです」
「だがこの周遊軌道には不審な点がある」とキャメロンは口を挟んだ。
「キャメロン様の言う通りです。ハイランド地方とローランド地方の境にはグレンゴイン峡谷という長くて深い谷によって相互に阻まれています。以前に南北戦争の戦地になった場所です。今では相互貿易が可能なように大きな橋が掛けられていますが、橋は内陸部にしかないのです」
「外周を周遊する周遊者達は峡谷に阻まれてそれ以上進めないはずだが、その場に滞留しているような様子もない。ならば彼らは何処へ行ってしまうのだ?」とキャメロン。
「確かにその理屈でいくと峡谷あたりにその周遊者がだぶついていることになるな。そうじゃないのなら内陸部へ戻っているんじゃないのか?」
「いいえ、その線は薄いです。試しに何度か内陸部へ周遊者を配置して行方を追ったこともありましたが、いずれも渓谷から真っ直ぐ遠ざかり、外周に達するとそこから円運動をはじめるだけです。つまり内陸部に戻るというのは、彼らの習性とは全く逆なのです」とデイブ。
「そうなのか。どうやってこんなことを調べたんだ?」
「周遊者と認定された個体を索敵魔法でマーキングし、キャメロン様の力を借りて任意の場所へ放逐、その後の位置関係を記録しました」
「なるほど、手が込んでるな……」俺は素直に感心した。
「グレンゴイン峡谷付近にシーズ絡みの何かがあるのは間違いない」とキャメロンは断言した。
「それからもうひとつ、昨日カラノモリ様が持ち帰って下さった個体のおかげで判明したことがあります」とデイブは次の研究成果について言及した。
「昨日、ってことは鳥に寄生したあの気色悪い虫のことか」
「はい、シーズは海洋学者バランタイン博士によって戦時中に産み出された人口魔法生物ですが、その発生や生育については研究所で爆発事故が起き、本人も死亡してしまったことによって闇の中に葬られてしまいました。しかし、あの個体のおかげでシーズの正体が明らかになったかもしれないのです」
その海洋学者の名前を聞いた時、驚きはしなかった。なんとなくそんな気はしていたからだ。
バランタイン──────それは奇しくもハイランド西海岸の灯台で書物を読み漁った時に目にした名。いつだったか、シーズの起こりはハイランドの海洋学者による研究だとフィディック団長が話してくれた。俺がこれまで見てきたものを判断材料に、これらを結びつけて考えるのはそう難しいことではない。
「聞かせてくれ」と逡巡を終えた俺はデイブに言った。