専業主夫、希望します!~小ネタ帳
~~とあるワインバーにて
「それで、あの、その、ですね……」
「なんですか?」
「その……有子さん」
「……!」
「……だめ、かな……?」
「だめ、じゃない。けど」
「……真っ赤」
「……柾さんこそ」
「!」
「真っ赤ですよ」
「……」
「……」
勝手にやってろバカップル。居合わせた客の心が一つになった瞬間だった。
~~ある日の姉弟の会話
「で、どうなの。有子ちゃんとは」
「有子さんに家事スキルを磨くように頼まれた」
「おお。名前で呼ぶようになったのね。ようやく!」
「……」
「はいはい、分かったからもう。そんなに赤くならないの。で、家事スキル磨く、その心は?」
「どこへなりともお供します」
「桃太郎?!」
「有子さんがどこの任地へ行ってもついて行く所存」
「まあ、あちこち行くみたいだものね、あの仕事。あんたが世の中に目を向けるようになったのは、有子ちゃんのおかげね。あのままぽやーと生きていくのかって心配だったけど、いい人に会えたわねえ。縁を結んであげたんだから、感謝しなさいよ」
「へーい」
姉の冴子に一生頭が上がらなくなったことを悟った柾だった。
~~ある日の姉弟の会話2
「柾、実家から出たって聞いたけど、専業主夫になるって話はどうなってるの?」
「うん。毎日有子さんにお弁当を届けてるよ。夕ご飯も一緒に食べてもらっているし、掃除も洗濯も、買い物だって自分でやってる。結構いろいろできるようになったと思う」
「なるほどね。それで鎌田の弟がお目付役でそっちのマンションに行っているのね」
「有子さんをマンションに呼ぶなら、鎌田を連れて行かないと絶対に駄目だって、母さんが言うからね。でも、それじゃ家のことが回らなくなるってことになって、鎌田が弟なら修行半ばだけど、それなりに仕事もできるようになっているからどうですか、って」
「まあそれはそうね。ま、あちらのご両親もそれなら安心でしょうし。それで、専業主夫の件はお父さんには話したの?」
「父さんは、僕の好きなようにしていいって」
「そこまで話が進んでいるのね。じゃあ、結納は? お式はいつ?」
「結納? 式?」
「結婚式よ。柾が専業主夫になるってことは、有子ちゃんと結婚するんでしょ」
「け、結婚!?」
「柾、あなた、専業主夫宣言までしているのに、まさか、プロポーズもまだしてないとか言わないわよね?」
「プ、プロポーズ!?」
「……明日、うちに顔を出すって、お母さんに伝えておいてね」
浮世離れしてふわふわした弟をほうっておけず、両親ときっちり話し合うことを決めた冴子だった。
~~坂上家の家族会議
「柾、有子さんとのことだが」
「はい。何でしょう父さん」
「あのね、有子さんもお年頃だし、将来のことをきちんとしたほうがいいと思うのよ」
「母さん、もちろんです。僕は、前から言っているとおり、有子さんの生活を支える専業主夫になります」
「ああ、それはいいから。あのね、柾、お父さんとお母さんは、有子ちゃんと結婚するつもりはあるのかどうかを、聞いているのよ」
「昨日、姉さんに言われて僕も考えました。もちろん、有子さんと結婚します」
「ずいぶんあっさり言うわね」
「いや、柾がその気になったのは喜ばしい」
「そうよ、ようやくよ、このぐうたら息子」
「でも、有子ちゃんの気持ちはどうなの? 柾が一人で盛り上がっているだけではないの?」
「姉さん、有子さんが、専業主夫がいる生活にあこがれて、僕はそれに立候補したんだよ。有子さんはそれを認めているし、僕に家事スキルを磨いてほしいとまで言っている。それに、僕が有子さんの赴任先について行くことにも反対していないから、当然、結婚を前提にしているでしょう」
「妙に理屈でくるわね。いろいろツッコミどころがある気がするけど。本人にちゃんと確認した方がいいわよ」
「大丈夫です」
「それにしても、柾が結婚か」
「お祝いしましょ、お祝い。大友さんに今日はごちそうにするよう頼んでくるわ。そうそう、冴子、悟さんにも一緒にお祝いしていただきましょう」
「そうね、連絡してみるわ」
両親までもがふわふわと舞い上がり、長男の結婚という一大イベントなのに、いろいろ危なっかしい様相を呈してきたので、夫を動員していろいろ釘をさしてもらおうと思う冴子である。
~~その日の有沢家、両親と有子の会話
「あら、有子、どうしたの。こんなに早く帰ってくるなんて」
「まともな企業ならもうとっくに帰っているけどな」
「融さん、そんなこと言わないの。今日は有子がこんなに早く帰れたんだからいいじゃない」
「今、国会中なのに待機していなくて大丈夫なのか」
「それが、残業どころじゃなくなったっていうか……」
「え、なに?」
「わたし、結婚することになったみたい」
「何言ってるの、結婚する予定だったでしょ」
「は?」
「柾くんと、そのつもりだったんだろうが」
「え」
「有子が、柾くんに専業主夫になってもらいたいと言ったと聞いたからな」
「冴子さんからお話をいただいて、もうあちらのご両親ともいろいろご相談させていただいてるのよ」
「はあ?」
「あら、その指輪、きれいね。もしかして、柾さんからの?」
「うん。婚約指輪だって」
「やっぱり有子に似合うわね」
「え?」
「柾さんから相談をいただいたときにこれを推しておいてよかったわあ」
「……」
「柾くんは結婚指輪も準備していただろう。そっちはどうだった?」
「まさか、結婚指輪は、お父さんが?」
「柾くんが写真をたくさん持ってきて、その中から有子に似合いそうなやつを選んだんだ」
とっくの昔に外堀がしっかりがっちり埋められていたことを知った有子だった。
おまけ
~~柾の友人に名前はないのか
「じゃあ俺この特製バーガーにする」
「俺はこっちのオーナーおすすめ」
「俺もそれにする」
「じゃあ、俺は特大バーガーにチャレンジする」
「えーと、ともいちが特製、ともにとともさんがオーナーで、ともしが特大ね」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ん? 注文、何かまちがってた?」
「そうじゃなくて、なあ、坂上、なんで、俺たちのこと、ともいち、とか、ともに、って呼ぶわけ?」
「そうそう、ずっと気になってたんだよね」
「俺も俺も」
「確かにな」
「ああ。それね。僕に声をかけてきた順番。最初名前がわからなかったからその順番で呼んでた」
「あー。やっぱりなー。同じゼミにいてもおまえ、全然他人に興味なかったもんな」
「名前、知らなかったのか」
「まさか名簿も見てなかったとか?」
「そんな理由? ということは、おれが最後に声をかけたってこと? ともし、って、
友4ってことで合ってる?」
「うん。最初は、ああこいつは友人1だなあ、って呼んでたんだけど、4まで増えたか
ら、めんどくさくなって。で、ともいち、ともに、ともさん、ともし、って呼ぶようになった」
「あー。聞いた俺が悪かった。注文してきてくれる?」
「はいよ~」
あいつは今でも俺たちの名前を覚えていないんだろうな、と席に残った四人の心の声がハモった。
ファンタジーでもない、異世界転生でもない、地味な話をお読みいただきありがとうございます!
会話形式の小ネタなので、ひとまとめにしました。読みにくかったらごめんなさい。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。