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変態のレッテルと母心(後)

久那妓さんはそう言って立ち上がると、二、三歩後ずさりそこで静止する。




「…解!」




短く何かを口にしたかと思えば、刹那青白い閃光が放たれる。




「ちょ、まぶしっ!」




「わっ、なにっ!」




眩い閃光を直視してしまった俺達はチカチカと明滅する視界を取り戻そうと、両目を擦り視界を確保する。




二、三度擦れば幾分かましになり、ぼやけてはいるが視界がクリアになってくる。




「母様~」




と、尚も呑気なコンの声を聞き、視線を戻すとそこには天井まで届きそうな程の巨大な白い狐が先ほど久那妓さんが佇んでいた場所にちょこんと行儀よく収まっていた。




「え?どゆこと?」




花奈がそう言うと続けて樹も驚いた様子で言う。




「…驚いたわね…まさか本当にこんなことが起こるなんてね…四季ちゃんの冗談だと思っていたけど、これは…久那妓さん、よね?」




と、樹が尋ねると巨大な狐は一言「きゅお~ん!」と鳴くと、また眩い光に包まれる。




やがて光が収まり、視界が戻ってくると「母様~母様~母様~っ!」と、言いながらコンが駆け寄って行き、コンの傍には久那妓さんが先ほどと同じように立っていた。




「驚かせてしまい申し訳ございません。一応これが私の本当の姿です。人とは違う存在であり、神の様なモノである事はご理解いただけたでしょうか…?」




呆気に取られてしまい、俺を含め他の二人も目を白黒させて、今のが現実なのかどうか疑っているところだ。




「全員で夢でもみてるんじゃなければ、間違いなく今のは本物だったな…?」




俺がそう言うと、花奈は久那妓さんの方へ歩いていくとジロジロと頭の先からつま先まで眺め、久那妓さんの周りをくるくると回って観察していた。




「ってか、今のでっかい狐~どう見ても、久那妓っちだったよねぇ~?」




言葉を区切り久那妓さんは続ける。




「その、そんなにじっくり見られると恥ずかしいのですが…、ですが無理もありませんね…」




そう言うと、久那妓さんはぐいぐいと前のめり気味に押し寄せるコンを抱き寄せ「これ、コンご飯粒が付いてますよ…動かないで!」と、娘の頬からご飯粒を取り、それを口に運ぶ。




「んふふ~!」




と無邪気なコンを「全くこの子は…」と、再び撫でながらこちらに視線を向ける。




「その、信じて頂けたでしょうか…?」




と、若干不安そうにこちらの様子を伺う久那妓さん。




その様子を見て、率先して口を開いたのは樹だった。




「…正直、あれを見てもまだ半信半疑といったところだけど…」




樹はそう言うと視線を巡らせ、皆の表情を伺っている。




「さっきコンちゃんの耳とか尻尾とかを観察してみたけど、明らかに皮膚から直接生えていたし、偽物じゃないのは確かよねぇ。久那妓さんの今のやつも四季ちゃんが用意したドッキリだとは思わない程リアルだったし…でも、そうなると変なのよぉ…」




腕を組み、しなを作り考え込む様に目をつむるって続ける。




「その、神様だったとしてそれが、どうして私たちの前に姿を見せたわけ?今までずっと見えなかったわけでしょう?なのに私たちの前には現れた…これってどういうことなのかしら?」




確かにそうだ。先ほどから俺もその部分が気になっていた。




コンに急に神だ何だと言われても、顕現した目的がはっきりしておらずモヤモヤしていたのだ。




樹が問いかけると久那妓さんが答える。




「その事についてお話する前にまず私達親子の現状をお話しさせて下さい。お恥ずかしながら…昨今の現代化による影響で信仰心や信者は減り、私達の様な古い存在は忘れられつつあります。そのせいで土地神としての力が衰えてしまっているのです…」




確かに殆ど手つかずの山の頂にわざわざ足を運んで拝みに来る様な物好きはそうそういるものじゃない。




現に俺もばあちゃんの代わりでなければ、好き好んで登山をする気は無かったし。




久那妓さんは表情を曇らせ少し俯く。




だが、一瞬だけ曇ったその表情も娘には見せまいと、気丈に振舞うかのように慈愛に満ちた母親の顔をコンに向ける。




「次世代の土地神であるこの子も、信仰無き今となっては希薄な存在になりかねません。私達は人々の信仰によってこの地に留まり、その恩恵を授けることができるのですが…今となってはもはやその力もあと僅かしかありません。正直、このままだと消滅するしかないでしょう…」




「母様?」




コンは久那妓さんの顔を不思議そうに見上げると、ニコっと笑うと、尻尾をブンブンと振ってその胸に顔を埋める。




久那妓さんは「これこれ…!」と困惑した表情を浮かべるが、すぐに真面目な顔に戻り続ける。




「ですが、まだ現状維持できる程度には猶予があるので、信仰に関しては急を要する訳ではないのです…その、今年は三人来て下さったので多少力を回復することが出来ました…」




久那妓さんは俺らを見渡して続ける。




「すみません。それも問題ではあるのですが、実はそれだけではないのです…」




「と、言うと?」




樹が真面目な顔をして促す。




「実は、こちらの方が問題でして…。この社に祀っているご神体が、何者かに盗まれてしまったのです…」




久那妓さんは「ふぅ…」と息を吐いて続けた。




「この社のご神体である仙狐水晶なのですが…この地に巡る邪気や悪鬼といった邪なモノを封じ、制御する役割があるのです」




「ご神体?」




「そうです。四季さんは先ほどご覧になられたかと思いますが…そちらのご神体を安置する社の金具が折れ曲がっていましたよね?実は、何者かが無理やりこじ開けたせいなのです…」




「ほんとだ~折れてる~ぱしゃ!」




マイペース過ぎる花奈は、久那妓さんの言葉を聞いてすぐに社の前まで行くとその状態をスマホで写真に収める。




「本来なら、意識妨害と言いますか…正当な理由が無い限り、ご神体へ手を加える事は出来ない結界が張ってあるのですが、丁度私の力が弱まり、一時の眠りについた時に何者かが侵入してしまったのです…」




久那妓さんはそう告げると、一度瞳を閉じ、淡々と続けた。




「そして、その仙狐水晶なのですが…人の悪意を感知すると活性化してしまい、長年封じ込めていた悪意や穢れが逆流し、人の悪意を増長させたり、規模は分かりませんが間違いなく、天変地異や異常気象といった災いが、この土地に溢れるでしょう…」




そして目を見開き深々と頭を下げた。




「緊急事態故、私が顕現したのはこの事をお伝えする為です。恥を忍んでお願い致します。どうか、仙狐水晶を取り戻しては頂けないでしょうか…?」




と、切実な願いを率直に述べてくれた。




事情は分かった。




が、しかし。




そのように大事なものであれば、結界云々は置いておいて、そもそも警察に掛け合うべきだ。




盗まれた物がある以上それは窃盗、盗難事件なわけだし。




その事のについて質問してみる。




「まあ、事情は分かったから…引き受けるのは構わないが…」




俺がそう言うと、花奈と樹も目を合わせて「そうよねぇ?」「うんうん」と、頷きあっていた。




それを聞いて久那妓さんは、前のめりになり尻尾をブンブンと振って一歩踏み出し続ける。




「本当ですか!?それは良かった!すぐに回収して頂けると助かるのですが…」




「ただ、俺達にできることは少ないと思うぞ?警察に相談して窃盗事件として処理してもらう…というわけにはいかないのか…?犯人を捜すにしてもプロに相談した方が手っ取り早いと思うのだが…」




だが久那妓さんは視線を反らさずに毅然とした態度で続けた。




「犯人捜し…というより、仙狐水晶を回収できれば良いので手段は何でも良いのですが、警察はあまり当てにはできません…それに…」




久那妓さんは小さく首を左右に振ると続ける。




「残念ながら、そもそもこの神社は形こそ社の体を成してはいますが、実際はただの廃屋に過ぎません…なのでそこから物が無くなろうが誰も気に止めはしません。ですが、物が物ですので出来れば迅速に回収して頂きたいのです…」




「まあ確かにそうよねえ…言っちゃなんだけど、こんな山奥の神社じゃ報告だけ聞いて捜査とかもそこまで力を入れてはくれないでしょうねぇ…警察も暇じゃないだろうから…それに、四季ちゃんここ綺麗さっぱり掃除しちゃったわよね?」




「あ…」




そうなのだ。先ほど俺は綺麗に丹精込めてこの境内の中を掃除ロボットよろしく、磨き上げたばかりである。




痕跡とやらを調査するにしても、警察もこうも綺麗に掃除されてしまってはお手上げだろう。




しかし、依頼するなら久那妓さんも掃除する前に出てきてくれたらよかったのに。




まあ、後の祭りであるが。




樹も腕を組み思案すると、うーんと唸っている。




「警察がダメとなると…俺らで探すしかないか…しかしなあ…手がかりというか、探す当てはないのか?」




そう尋ねると、久那妓さんは俯いて「すみません…私も眠りについていたので、犯人の姿を見ていないのです…」との事。




申し訳なさそうに話す久那妓さんは、がっくりと肩を落としピンと張った耳とふさふさの尻尾も垂れ下がっていた。




「困ったわねえ…それじゃあ、探せるものも探せないわぁ…お手上げね」




眉間に皺を寄せ、手のひらを上に向け首を左右に振る樹。




「八方ふさがりか…どうしたものか…」




俺も腕を組み思案するが、いい案は浮かばない。




暗中模索、五里霧中。




広い砂漠のどこかに一粒のダイヤモンドを落としたから探してきて?と言われている様な物だ。




つまり無理ゲーだ。




しばし沈黙。




皆が一様に黙ってしまい、どうにもこうにも手詰まりになってしまった…。




何か手がかりがあればいいのだが…。




可能な限り当時の状況を詳しく聞く必要があるな。




そう思い、久那妓さんに質問する。




「仙狐水晶が無くなったのはいつだ?」




「一昨日の晩頃だと思います。私が目覚めた時にはすでに無くなっており、気付いたらあの様な状態だったので…」




久那妓さんはミニ社を指さして言う。




「てことは、その時に山に入ったやつが犯人って事か…じゃあ、山に来る人物に心当たりは?」




「ここに来る人物は限られた信者の方くらいですね…。他の方は見たことがありません…」




お、これはかなり絞れるんじゃないか?




一昨日の深夜か…。




深夜といえど麓であれば、この辺のコンビニや住人に誰か目撃者がいるかもしれない。




そこも当たってみる必要があるだろう。




「直近で…一月以内に来た人は?」




「そうですね、直近ですと…来た順で言えば…市長さん、地主さん、寿司屋の正さん、後はハルさんくらいだったと思います…」




「なるほどね…正確な日時は思い出せる?」




そう言って、スマホのメモ帳に記録していく。




とりあえず、容疑者は絞れた。




実際に犯人かどうかは分からないし無駄足になる可能性もあるが、現状犯人の可能性があるとしたらこの四人の内の誰かである可能性が高いだろう。




何かしら聞き込みをすれば情報はあるかもしれない。




とは言え、面会しようにもどう接触していいか困ったものだ。




「申し訳ございません…日時までは分かりません。普段は力の温存の為眠りに付いていて、誰かがお参りに来た時には目覚めますので…なので、来たということは分かるのですがいつ頃来たかまでは…」




「気配で分かるものなの?」




「はい。正式にお参りに来て下さる方であれば呼び鈴を鳴らしてくれますので!それ以外の方は分かりかねます…」




「呼び鈴かよっ!それでいいのか、神様!?」




「はい、その様なものでございます」




何とも呑気な神様である。




しかし、天変地異や災いが訪れるというのだから深刻な事態であることは間違いない。




とりあえず、この四人と麓周辺で手当たり次第に聞き込みに回るしかないな。




何とも奇妙な宿題を押し付けられたものである。




まあ、神様から直々に頼まれてしまっては断るわけにはいかない。




正義感だとか、義務感だとかそういうのではなく、単純に興味本位だ。




世界広しと言えど、神様から直接お声かけ頂いて何かするなんて体験は滅多にできるものじゃない。




それ以前に、失せ物捜索と犯人捜しなんて実に探偵らしいじゃないか。




と、一気に現実離れした出来事に内心満更でもなく、わくわくしている自分がいた。




スマホをポケットに仕舞うと先ほどから黙ったままのコンと花奈がいつの間にか一緒になってレジャーシートの方へ戻っており、呑気にお茶を飲んでいた。




「これは、じゅーすというのか?甘くて美味しいのじゃ!花奈、もう一杯欲しいのじゃ!」




口を栗みたいな形にして、目をキラキラと輝かせるコン。




「お、良い飲みっぷり~!あいよ~もっと飲みなよ~」




コンは花奈が持ってきたオレンジジュースを豪快にゴクゴクと飲み干した。




急いで飲むものだから、途中で「けほっ、けほ!」と咽てはいたが、二杯目を順調に平らげて、口の周りに着いたジュースを袖でごしごしと拭うと、白い巫女服には立派なオレンジ色のシミができていた。




そんなコンを横目に花奈は気だるそうに言った。




「ってか、そろそろ掃除しないと時間やばいんじゃね?だる~…」




「あ…!」




「そういえば…」




本来の目的を思い出し、仕舞ったばかりのスマホをまた取り出して時間を確認する。




驚いた事に、時刻は三時半過ぎ。




一時間以上話し込んでいたのだ。




下山する時間も考えると、これ以上のんびりはしていられない。




仕事として引き受けた以上、中途半端な真似はできないので、俺は急いで立ち上がり、持ってきたリュックの方へ走る。




「樹、花奈、後は草刈りだけだ!急いで終わらせるぞ!」




「だり~けど、りょ~か~い…」




「そうね、こっちも早めにやらなきゃね」




三者三様に慌ただしくもてきぱきと動き出す。




樹が持ってきた草刈り機で一気に刈り取り、俺と花奈で刈った草を纏めてロープで一か所に纏めて縛っていく。




その際、久那妓さんとコンはというと、神社の周りを駆け回るコンの後ろを久那妓さんが付いて回り、草刈り機が珍しいのか、興味を示したコンが樹の後ろにべったりと張り付いて、それを「危ないから」と久那妓さんがしっかりと手を繋いで、樹から少し離れた場所で観察していた。




三人で協力し、その甲斐あってか何とか三十分程で周辺の草刈りが終了したのだった。




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