変態のレッテルと母心(前)
幼女の身体を愛撫している変態。
それが客観的に見た俺の印象だろう。
オカマとギャルの二人の目には犯罪者を見るような、侮蔑の感情が込められている。
「違う!そうじゃないから!ってか、信じられんかもしれないが、この子神様らしいから!ほら、コン説明してくれ!」
死に物狂いで反論しなければ、俺は変態のレッテルと、警察のお世話になる事間違いなしだろう。
逆に必死に説明したせいで余計に怪しく見えたかもしれないが、実際はそんなことを気にしている余裕はない。
何せ人生がかかってるのだから。
コンに説明を求めつつ、何とか引きはがす事に成功すると、そのまま二人が立っている境内の入口の方へとコンの背中を押しながら近づいていく。
「四季ちゃん…流石にそれは、厳しいわ…」
オカマこと笹原樹たつきは腕を組んで人差し指を立てて首を傾げ、こちらを睨んでいる。
近くで改めて見てみるとめちゃくちゃデカいなこいつ…。
身長百八十センチはあるその巨体と、厚ぼったい唇。
キリっとした切れ長の整った眉毛と、シャープな一重瞼まぶたの瞳。
頬骨は無骨ながらも整った顔立ちをしており、汗で少し崩れてはいるがメイクによって顔の彫りをより強調した印象を受ける。
さらっとした髪質のハイライトデザインのベージュカラーで、薄い栗色の髪の毛を外ハネにした今風のショートヘアー。
前髪は七三分けにしているが、自然なウェーブがかかっており、ふんわりと軽い印象を受ける。
筋骨隆々で大胸筋が大きく隆起しており、着ているピンク色のワイシャツがパツンパツンに張り付いている。
シャツに合わせたパンツは黒地のスキニーパンツだが、所々にデザインとして金の糸で花柄の刺繍が入っている。
ぴっちりとしたパンツもその逞しい丸太の様な大腿筋を浮かび上がらせており、本来なら丈長のはずのそれも、実質七分丈の様になっていた。
先ほど転んだのか、黒地のパンツには所々土が付いて汚れており、一部は破れてその逞しいおみ足が覗いており、ダメージジーンズの様になっていた。
そんな大男がこちらを威嚇しながら睨みつけているのと同時に、もう一方はマイペースに前髪をくるくると指に巻き付けて、スマホを見ながらこちらを観察している様子だ。
マイペースに観察を続けるダルそうなギャルこと、森山花奈。
身長は大体百四十センチ前後。
隣の大男と並ぶと余計に小さく見える。
ミルクティーベージュの髪色のミディアムヘアー、インナーカラーにはネイビーブルーのラインが入っており、頭の両サイドに髪の毛を纏めたお団子を二つ貼り付けている。
前髪は眉毛の上で切り揃えられたぱっつんスタイルで、顔のサイドラインを覆い隠す様に頭頂部から二、三本顎の下くらいまで長めの毛束が伸びていて、その部分の色だけ発色の良い朱色が入っている。
小顔で少し丸っこい顎のラインと、鼻筋は幼さを残している。
瞳にはカラコンが入っていて、まつ毛はピンと長く伸びていた。
上はダボっとした大き目の黒いメッシュ付きパーカーで、前側のジッパーを開いており、その中から身体のラインを覆い隠すようなフリル地の白いブラウスが見え隠れする。
下はスキニーデニムを履いており、足の曲線がしなやかに浮き上がっている。
同じタイトのはずが、樹のものとは打って変わって、あちらが強調するような印象を与えるとすれば、こちらは華奢な印象を抱く。
女性らしく細くピンと伸びた脚先にはキャラメル色のショートブーツ。
足元の無骨さが全体の服装と相まって、よりラインの細さをアピールしていて不思議と違和感を感じなかった。
「ていうかーその娘めっちゃ可愛いじゃーん写真とろーぱしゃ!」
ダルそうにスマホを構えると、 ぴろりん♪と軽快な音が鳴って写真を撮られる。
しかし、写真の出来に納得できなかったのか、表情を曇らせスマホを仕舞った。
「なんかー…ボケてて変な感じーぃ!」
我関せず、という感じで相変わらずマイペースな奴だ。
「その…コン?ちょっとこいつらに説明してやってくれない?」
業を煮やしてコンの方に助け船を求めるも、コンはパッと立ち上がり、踵を返す。
「母様!」
そう言って本殿の奥の方に向かって走っていく。
「ちょっと、あなたどこ行くの…?」
樹がそう言って声をかけると、皆の視線がそちらに向かう。
本殿の奥のミニ社の方、先程まで自分が掃除していた所のすぐ脇に置いてあった燭台には何故か青白い色の火が灯っており、風も無いのにゆらゆらと揺らめいている。
先程まで聞こえていたはずの虫の声や風の音が不自然にピタリと止まった。
コンはまっすぐにミニ社の裏の方へと走って行くと呑気に「母様~」と、ニコニコ笑っている。
「ちょっと、どういう事よ?」
異変に気付いたのはオカマ。
「なんか~空気が変な感じ~」
次いでギャル。
「おい、コン頼むって、説明してくれよ!」
俺がそう言うと、奥の方から声が聞こえてきた。
「娘が粗相を致しまして、大変申し訳ございません。それについては私の方から説明させて頂きます」
凛と鳴り響く鈴の様な透き通った声。
コンに引っ張られる様にミニ社の裏の方からその人は歩み出てきた。
まず目に着くのはその美貌だろうか。
色白の肌に朱色の隈取の様なラインがうっすらと引かれていて、キリっと切れ長の瞳には吸い込まれそうな印象を受ける。
顔の作り自体はコンによく似ており、そのまま成長して大人になればこんな感じだろうか?といった印象を受ける。
コンの巫女服に似たデザインの着物を着ていてるが、胸の部分は女性らしく膨らんでおり、今にも零れ落ちそうである。
髪の色素は黄金色に輝くコンに対してこちらはどちらかといえば白に近い金髪といったところだろうか。
頭頂部にはコンと同じくピンと尖った耳ケモミミが付いており、ぴこぴこと揺れ動いていて、背中の方にはコンの物よりも大きく存在感のあるふさふさの尻尾が、ゆらり、ゆらりと静かに揺れていた。
「んな!?」
これには相当驚いた。
先程までは確かに誰も居なかったし、何もなかった。
これは間違いない。
この美人さんがわざわざミニ社の裏に身を潜めてかくれんぼでもしていない限り、そんなはずはあり得なかった。
というか、コンの時点でおかしいのは間違いないのだがとにかく次から次へと不思議なことが起こり過ぎてもはや麻痺してしまった。
「申し遅れました、私は久那妓くなぎ。この地を守護する…土地神の様なモノです。先ほどはコンが粗相をしてしまい、申し訳ございません。お連れ様も、どうかご容赦下さいませ」
久那妓と名乗るその女性は無邪気にじゃれつくコンを「これこれ…」と片手でいなし、こちらに向き直ると一礼してから歩み寄ってきた。
「母様~!」
尚も無邪気にじゃれあうコンに、久那妓さんは「全く、仕方のない子ね…」と、自愛に満ちた表情を向けて、コンを抱き寄せると、よしよしと頭を撫でている。
コンの方も身を委ね、ぐりぐりと顔を押し付けされるがままになっていた。
そんな状況下で久那妓さんはコホンと咳払いをすると、改めてこちらに視線を向け一礼すると口を開いた。
「突然の事で理解し難いとは思います。ですが、どうかそのようなモノであると納得していただけると幸いです」
彼女はそう言うと、また深く頭を下げる。
「急に神様とか言われても~困る~…。ってか、あたしら掃除しにきたんだけど腹減ってるから~とりあえず、ご飯食べていい?おなかぺこぺこだし~…」
こちらは相変わらずのマイペースさで、花奈は持ってきたリュックサックを下ろし、境内の上にレジャーシートを敷いているところだった。
「あ、たっちゃ~ん、神社の中ってレジャーシートいいんだっけぇ?」
気だるげに問いかけると、樹の方も困惑した様子で続けた。
「ふぅ…。何が何やらさっぱりだけど、そうね。とりあえず、お弁当持ってきたから一緒に食べましょう?それからでいいから、詳しく説明して頂戴。それと花奈ちゃん、そういうのはあたしじゃなくて、そっちの美人さんに聞きなさい」
何とかこの場を収めようと、樹もリュックを下ろし境内へと上がる。
すると久那妓さんは「構いません。そちらに行っても?」と問いかけてきた。
神様と食卓を囲むとか、一体どういう状況なんだとますます混乱することになったが「いいにおいがするのぅ…」というコンの一言を切っ掛けに空気は一変し、ランチタイムは自然な形で開始することができた。
とは言っても、俺もさっき稲荷寿司を食べたばかりであるのだが、まだお腹は空いていたのでご相伴に預かることにした。
久那妓さんとコン、俺と樹と花奈はビニール製のレジャーシートの上に座り込み、後発組の二人が持ってきた弁当箱の中身を見て目を丸くする。
稲荷寿司も十分美味しかったが、見た目で間違いなく手間がかかっているのが分かった。
一段目には唐揚げやウィンナーやミートボールや焼き肉等といったお弁当の定番が。
二段目には色とりどりの野菜やお肉を使ったものや、生クリームを挟んだデザート系のサンドイッチが。
三段目には稲荷寿司が入っていて、ノーマルな稲荷、黄色い沢庵とレンコンのちらし寿司の入った物、刻んだ山葵菜を混ぜ込んだ物、かりかり梅とゆかりご飯の混じった物等バラエティーに富んでいた。
目を輝かせて尻尾をブンブンと左右に震わせ「これ、食べてもよいのか!?」と期待に満ちた表情を浮かべ訪ねるコン。
樹と花奈は顔を見合わせ、フッと息を吐くと、肩を上下させて脱力する。
「ええ、良いわよ。ほら、こっちへいらっしゃい。お姉さんが取ってあげるから、沢山食べなさい!」
そう言って人数分の皿と箸を配って回る樹に、花奈はリュックから飲み物を取り出しコップに注いでいた。
「ジュースとお茶どっちにする~?とりあえず入れちゃうからテキトーに取ってねー?」
テキパキと動き回る二人に感心しつつも、誰がお姉さんだ!と、心の中でツッコミを入れ樹に手渡されたお皿とお箸を持ってどれから食べようか?と悩んでいると、久那妓さんも手渡された皿と箸を眺めて、尻尾をぱたぱたと控えめに揺らしているのを見て和んだ。
細かいことを気にしていないコンは、お弁当の中身に興味津々な様子で「これはなんじゃ?」と一つ一つ指差すと「これは唐揚げ。鶏肉に衣をつけて油で揚げたものよ。こっちはサンドイッチ。パンに野菜やお肉を挟んだものよ。甘いのもあるわよ!」と、律儀に一つずつ答えていて、樹の面倒見の良さが発揮されていた。
一個ずつ丁寧に説明してくれる樹の言葉にいちいち反応するコンを見て自分の口元が緩むのが分かる。
「四季っち…やっぱ、ロリコン…」
と、花奈がこぼしながらこちらをジト目で睨みつけてくる…視線が痛い。
「いや、あれを見たら誰だってそうなるだろ!」
コンが可愛いのが悪い。
そう、可愛いは罪なのだ。
「まあ、それはそうねー…この子、コンちゃんっていうの?んもぅ、めちゃくちゃ可愛いわ~…ほら、こっちもお食べなさい!これ、ローストビーフっていうとっても柔らかいお肉をステーキソースとヨーグルトソースで和えた自信作よ~!」
そう言ってコンの目の前にサンドイッチを取り分ける樹。
コンも樹から素直にそれを受け取ると”はぐっ!”と勢い良くパク付く。
「ふぁああああ…ぁああはぁああぁあ……っ!」
頬に手を当てて、咀嚼しては目を輝かせてるコン。
「こ、これも美味いのぅ~!おおっ、こっちも舌の上でとろけて…はぁああ…もっと食べてもよいか!?」
「ええ、沢山あるからどんどん食べて?」
それを眺める樹は、目を細めとても優しい顔つきをしていた。
花奈は花奈で久那妓さんの方にも飲み物を配ったり、サンドイッチや稲荷寿司を渡している。
「その…私まで頂いてよろしいのでしょうか?」
困惑気味に伺う久那妓さんだが、料理を受け取った時に尻尾がぱたぱたと左右に揺れていて、期待を隠しきれていなかった。
ケモミミ親子可愛い。
「大丈夫~。ってか、食べきれるかどうか分かんないくらい多めに作ってきたからぁ~、丁度いいかも~?掃除してたらどうせ腹減るし~、つまみながら~って考えてたから問題なっしん~?」
何故疑問形なんだ。
という花奈の言葉を聞いて、おずおずと久那妓さんも割り箸を使い料理に手を付け始めた。
「これは…大変美味しゅうございます…」
まずはシンプルな稲荷寿司から口にした辺り、親子だなぁ~と思いながらも、久那妓さんは少しずつ他の料理にも手を出していく。
「こちらは…ほぅ、蓮の根を刻んだ物と…沢庵?こりこりとしていて…食感がいいですね」
あっという間に一つ食べ終えるとすぐに次へ。
「これは…紫蘇?若梅の食感とほのかな酸味が鼻に抜けます…癖になるお味ですね」
一個食べる毎に耳がピコピコ動き、尻尾はゆっくりと左右に揺れる。
「ってか、久那妓っちもコンちゃんも美味しそうに食べるからぁ~作った甲斐があるぅ~」
久那妓っち…て、おいおい。
「いえ、とても美味しくて…すみません、年甲斐もなくはしゃいでしまって…」
口元に手を当てて頬を赤らめる久那妓さん。
今更恥ずかしがっても仕方があるまいて。
「しかし、本当に美味しいよ、これ。わざわざ作ってくれてありがとな!」
実際に頂いたものは本当に良く出来ていて、非常に美味しかった。
「へっへ~ん、たっちゃんと一緒に前日から仕込んでおいたのだぁ~。ブイ!」
花奈は両手でピースしてウィンクしていた。
「そうなのよぉ~…花奈ちゃん、また腕上げたわねぇ~このハンバーグも冷めても柔らかくて美味しいわぁ~…って、それどころじゃないでしょ。まずは説明してもらわなきゃじゃないの!」
「あ、忘れてた~!だるぅ~ってことで、四季っち説明よろ~?」
急に冷静になる樹。
それを見て一瞬だけ便乗していた花奈だが、マイペースにミートボールやハンバーグを口に放り込んでいる。
俺は俺で少しずつつまんでいたのだが、説明をと言われても正直良くわからん。
そう思い視線を久那妓さんの方へ向けると、何個目になるか分からない稲荷寿司を頬張り、急いで咀嚼すると「こほん!」と咳払いをしてこちらに向き直った。
「…あまりにも美味しくて…お恥ずかしい所をお見せしてすみません。とりあえず信じて頂けるかどうかは分かりませんが、こちらをご覧になって頂けますでしょうか…?」
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