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このもふもふに制裁を(後)

次は境内の床だけど…一気にやってしまおう。




箒を使って軽く境内を掃いて粉塵を払う。




壁際や祭壇周りの物陰などは特に念入りに掃き掃除する。




さっさっさっ、と、箒を使って埃を払うと細かな粒子が舞っているのが目に見えるが、そこはもう気にしている場合ではない。




雑にはならないように何とか掃き掃除を終えると次は、バケツの水を一度綺麗な物に取り換えて、最初は白かったが所々黒く汚れた雑巾を固く絞って部屋の端から端へと往復する。




壁に到着したらまた引き返し、雑巾の幅と同じだけズレてまた壁まで走る。




何度も何度も繰り返しているうちに俺はロボット型掃除機か!と一人ツッコミを入れて孤独と疲労に何とか耐えていた。




が、空しいだけだったのでやめた。




幸いそこまで広くは無かったので二十往復程する頃には拭き終えていたが、久々に雑巾がけ何てことをしたものだから、思った以上に疲労していた。




雑巾がけなんて、小学生の頃以来だから…もう何年前だよ…。




流石にアラサーになってまでこんな事をするとは思ってなかったので、本殿内部は一通り掃除したのを目視確認して、一度外に出ることにした。




一度ポンプの所に行って思いっ切り水を出して頭に被る。冷たくて気持ちが良かった。




そして、首にかけていたタオルを洗い、軽く絞って頭にのせる。




ひんやりとした感覚と湿ったタオルの感触、若干汗の臭いも混じっていたが、まあこんだけ動いたので仕方がないだろう。




そこは我慢して階段へと戻り、そこに腰掛ける。




「さっすが…に疲れたぁ…」




ぐったりと体を預け、だらけた姿勢で階段にへたり込む。




仰向けになり、左足を伸ばした状態で右足を立てたまま目をつむる。




手探りでそこに立てかけておいたリュックサックをまさぐり、枕にすると、そのまま中に入れておいたペットボトルを取り出すし、キャップを捻り煽る様に中身を口に流し込む。




ごっきゅ、ごっきゅと流し込んだお茶は温かったが、雑巾がけで火照った体に染み渡る。




そして一息「ふぅ…」と、息を吐いて暫く休むことにした。




いや、こんな事なら報酬にほいほい釣られず「行かない」と断っておけばよかった。




丁度金欠だったのもあるが、まさかこんなにしんどいとは…。




あの時のことを考えると益々腹が立ってくる。いやまあ、自分から言い出したことなのでどうしようもないのだが。




タオルを少しずらして、ポケットからスマホを取り出し時刻を確認すると、現在時刻は二時半を回ろうとしていた。




そろそろ助っ人も来る頃だろうが、昼飯を食べていなかったことを思い出した。




仰向けのままリュックの中に手を突っ込み、保冷剤を入れたクーラーバッグを引っ張り出す。




結構な大容量の物で大き目の四角い弁当箱が三つくらいは余裕で入るサイズのものだ。




長丁場になるだろうと、多少多めに用意したものである。




事前にばあちゃんに持って行くように頼まれていたので、スーパーで多めに購入しておいた稲荷寿司二十個入りが四パック。




一人で食べるには流石に多いが、これだけ疲れていると下手したら平らげてしまいそうである。




ガサゴソとリュックをまさぐり目当てのものを引っ張り出すと、気合を入れて上体を起こす。




すると丁度着信が入った。




ディスプレイには当の助っ人本人。




スマホはポケットに入れっぱなしだったので、若干汗で湿っており微妙にディスプレイが曇っていたが、何とか上着の裾でごしごし擦って湿気を拭き取る。




するとそこには笹原、とだけ表示されていた。




クーラーバッグを開けて中から稲荷寿司の容器を取り出し、それを本殿階段の一番上の段に置いて立ち上がる。




そして登ってきた階段の方へ向き直り賽銭箱に背を向けるように山の麓へ続く道に視線を移し、そちらの方へと歩いていく。




指を着信の文字までスライドさせると、件の相手の声が聞こえてきた。




「ちょ、ちょっとぉ…!なんなのよこれ!あんたのばあちゃん、毎年これ登ってるわけ…?もう、一時間半も登ってるけどまだ着かないの!?」




ドスの聞いたかすれ声。




スピーカーの向こうから細かく「はぁ…はぁ…」と呼吸を荒げるその人物は俺が登ったのと同じ山道を現在登山中。




「し、しかもなんなのよ!これ!?変な虫とかいるし…草はぼーぼーだし…あたしのお肌に傷がついたらどうしてくれのよぉ!?もう、今日は焼き肉おごってもらうんだからね!」




一度言葉を区切って




「ったく、何が簡単なピクニックよぉ!ちょっと、聞いてるの!?四季ちゃん!?」




間延びしたようなドスの効いたかすれ声。




電話の主はオカマなのである。




予定を聞くと仕事は休みだったとのことで、ピクニックがてら掃除を手伝ってもらうべく呼び出した助っ人。




やたらとガタイが良いものだから、初めて会う人なんかはちょっとびっくりしたりするが、急に呼び出してもなんだかんだ来てくれる、優しい人なのである。




「ああ、ごめんごめん。一時間半登ってるならもうすぐ山頂だから、こっち来たら休憩しなよ。もうちょっとだから、がんばれ!」




「いいこと!?絶対一番高いコースのやつ頼んじゃうんだからね!?分かった!?」




尚も「はぁ…はぁ…」と呼気を荒げながら、草を掻き分けて上る音がスピーカー越しに聞こえてくる。




分かるぞ、そこが一番きついんだ。




すると電話越しにもう一つ声が聞こえてくる。




「ったく…たりー…なんであーしまで山登りしてんのーてか、オカマ超ウケルー!汗ビショビショじゃん!メイク剥げてるしー!スマイルー!パシャ!」




そう言うとスピーカーの向こうから、ぴろりん♪とファインダーの音が聞こえてくる。


終始ダルそうに話してるのはもう一人の助っ人。




「つか、もうめっちゃ階段長くない?つか、負ぶって?ねえ、負ぶっておーかーまー!」




「あんた、ちょっと無理に決まってるじゃない、こんな、しんどいのに、あんたなんか負ぶったら、あたし死んじゃうわ!はぁ…はぁ…つか、あたしは頭脳労働派なの…!」




スピーカーの向こうではなにやら賑やかな様子だが、聞こえてくるのは大体悪態と不毛な会話だけだった。




「つか、おーかーまー?あんた名前なんだっけ?あと汗臭いんだけど、ちょっと離れてくれない?」




だるそうに喋るギャルこと森山花奈もりやまはな




「うっさいわね!誰が汗臭いよ!つかあたしの名前忘れちゃったの?あんだけ仲良く喋ってたじゃないの!酷い、酷いわ!花奈ちゃん!あなたたまに辛辣なこと言うわね!笹原樹ささはらたつきショッピングモールで試食販売のアルバイトをしてる笹原樹よ!って、なんで今更自己紹介してるのよ!花奈ちゃん、暑さでボケちゃったみたいよ四季ちゃん!?聞いてるの!?」




辛辣なギャルにも律儀にツッコミ返してくれる、こいつは何だかんだ言って優しいやつなのである。




そしてこちらに愚痴ってくるオカマ。




ふむ、なんと返したらいいものか。




焼き肉の話を華麗にスルーしながらどうしたものかと、返答に困っているとスピーカーの向こうから急に叫び声が聞こえてきた。




「な、なんであたしが、こんな苦労して、山登ってんの…わぷっ!」




ずざっ!ばたん!




「ねえ、大丈夫?つかウケルー、パシャ!」




と聞こえてきたかと思うと。




「あああああ、おニューのズボンがあああああぁぁぁあぁああ…」




「つか、ウケルー!ダメージジーンズじゃんお得じゃーん!」




「そういう問題じゃないわよ!ったく…あああ…高かったのにぃ…」




盛大にコケたらしい。まあ人に泣き言ばっか言ってるから注意が散漫になるのだ。


というか山にそんな服装で来るのが悪い。




完全に自業自得だ。




「だ、大丈夫か…?」




一応心配してる事を伝えると、オカマはこっちに向かって叫び返してきた。




「もうやだあああああ!あたし帰るわああ!ピクニックだって言うから来たのにこんな目に遭うなんて、あんまりだわ!」




どうやら怒っている様子だが、ここまで来たので一応それをなだめる事にしようとするとまた声が聞こえてきた。




「つか、ここまで来たのにまた戻るとか余計めんどーじゃん。だったらさっさと用事終わらせてから奢ってもらった方が得だしー…まじだるー…」




冷静にツッコミを入れてくる森本花奈。くそっ、華麗にスルーしてたのに掘り起こしやがる。




「ま、まあ…花奈の言う通りだと思う。ここまで来て戻るのもダルさ的にはあまり変わらないって。もうあと少しで頂上だから頑張ってくれ…焼き肉は…うん、掃除が終わったらちゃんと奢るからさ…?」




そう言うと笹原の態度が一変し、急に凛々しくなった気がした。




スピーカーの向こうではやたら野太い声で「オッシャアアアアア焼き肉ゲットオオオオオオ!」と、叫んでいたのでどうやら転んだ時の傷は浅いようだ。




「はー…まじだるー…」




「じゃあ、頂上で待ってるからもう少し頑張れ!着いたらちょっと遅いけど昼ごはんにしよう」




ほっ、と胸をなでおろしそれだけ伝えると笹原も短く「おっけー、了~解!」とだけ返してきて通話を終了する。




我ながら濃い助っ人を呼んでしまった。まあ唐突に呼び出したから仕方致し方なし。




なんでこんなのと知り合いか?と聞かれると色々とややこしいのだけど、オカマはまあ高校の時の同級生だ。




クラスは違っていたが選択科目や合同授業の時に良く助けてもらっていた。




俺は当時頭の出来はそんなに良くなかったので、宿題に悪戦苦闘している時、たまたま声を掛けてくれたのが笹原。




それから何度か顔を合わせるたびに軽く雑談する程度の仲になって、何だかんだウマが合った。




頭脳労働派というの実際その通りで、こいつは当時から成績は割と上位の方の優等生だった。




野球部で丸刈りでバットとグローブ担いで運動場で白球を追いかけてるイメージだったのだが、一年程前にたまたま事務所の近くのスーパーに立ち寄ると、そこで試食販売の仕事をしていた。




久々だった事もあるし、昔と大分見た目は変わっていたが、あの野太い声と厳ついガタイだけは昔から変わってなくて、その時にいつから目覚めたか?と問いかけたのだが、本人曰く「天啓よ!」と、ある日突然変態へとジョブチェンジしていた。




全く、人生いったい何があるか分かったもんじゃない。




花奈の方は猫探し仕事の時に知り合った。




最初は笹原と二人で探していたが、成果が出ず、行き詰った状態になった時に迷い猫を抱えて歩いていたのが花奈であった。




彼女曰く「だりーけど、フラフラだったから死なれてもだりーし、ちょっとだけ世話してやるかーって感じー…だりーけど」とのことで、第一印象はいい加減なやつだったが、それでも猫を保護するなんて面倒を抱えてくれるくらいにはいいやつなのかもしれない。




と、いった印象だった。




笹原の方とも同意見の様で猫について少し話してると、いとも簡単に何故かすぐに打ち解けてしまいそれ以来の付き合いだ。




まだ知り合ってそんなに長い付き合いではないが、時々事務所に来て飯を作って貰ったり、うちの仕事の手伝いをして貰っている。




勿論バイト代を支払ってだが。




彼女は保育士の仕事をしているらしいが、本人曰く「保育士まじで金ねーから、だるいけど、あんたんとこの仕事でバイト代稼がせてもらうわー…まじだるー」とのことだ。




まあ主に事務所の掃除やら、迷い猫散策などの人海戦術要因だったりするのだが、見た目や言動のルーズさが目に付くがそれに反してやることはきっちりとこなしているし、意外と几帳面な性格である為こちらとしては非常に重宝しているのだ。




通話を終えると、本殿の方へ向き直り歩を進める。




そして俺はそこで強烈な違和感を覚えた。




「ん?」




賽銭箱の向こう側、正確には本殿の方の三段程の短い階段の一番上の段においておいたハズの容器が宙に浮いていた。




「は?」




突然の非日常に困惑しつつ、目の錯覚だったり脳の錯覚の線を疑い何度も目を擦る。




が、どうやら目の錯覚や幻覚の類ではなかった。




実際に容器はふよふよと賽銭箱の上に浮遊しており、止めてあった輪ゴムがバチン!とはじけ飛び、容器の蓋だけが地面に落ちたかと思えば、中に入っている稲荷寿司が一つ、二つと宙に浮かんだかと思えばまるで煙の様にゆらゆらと揺蕩たゆたい、その輪郭を崩し綺麗さっぱり消えてしまった。




その光景に俺は一瞬フリーズする。




完全に思考が停止していたが、すぐにブンブンと、思い切り首を左右に振って無理やりどこかへ飛んでいた意識を現実に引き戻す。




「ちょ、俺の昼飯…ッ!」




とっさに発することができたのはたったのこれだけだった。




が、それどころではない。




何故なら、こうしている今も目の前で尚も一つ、二つと稲荷寿司が霞と消えていたからだ。




意味不明な現象に困惑し、手にしたスマホを仕舞うのも忘れて駆け出していた。




本殿へ近づくにつれ、パックの中身が減っていくのを認識できた。




一つ目のパックがやがて空になるというところで何とか本殿の前へ到達した。




距離にして二十メートルくらいだろうか。




何とか疲れて軋む体に鞭打って辿り着くと、もう一つのパックがまた宙へ浮こうとしているところだった。




そこで奇妙なものを目にした。




バランスボールくらいの大きさの、薄い黄色のモフモフ。




一言でソレを言い表すとこうだろうか。




ソレは俺に気付いた様子もなく、何か不思議な力を使って、稲荷寿司の入ったパックを宙へ浮かすと、ソレの上へ乗っけて本殿の中へとぽよん、ぽよんとはねて行こうとしていた。




得体の知れないソレに困惑はしたが、俺の身体は空腹という本能に抗えず、今まさに昼食を持ち逃げ?しようとしているソレを追いかけ、獲物を横取りされまいと渾身の力を込めて手刀をお見舞いした。




「みぎゃっ…ッッ!」




渾身の一撃をお見舞いすると、その感触は絹の様な滑らかな感触が伝わってきたかと思えば、すぐにボウリングの玉の様な固い感触にぶち当たる。




思った以上に硬さがあって驚いたが、それどころではなかった。




手刀をお見舞いすると、モフモフはパックを床に落とし、その場から消えてしまった…いったい何だったんだ?




というか、今何か聞こえたような…?




すると、間髪入れずに境内の祭壇の方から大きな、だが舌っ足らずな子供の様な声が聞こえてきた。




「こにょっ、無礼者!ワシを誰だと思うておる!神だぞっ!?それを…ふぇぇ…!」




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