前編 王都で一番人気の演目
とある劇場。
舞台はクライマックスに差し掛かっていた。
「なんでっ! どうしてよ!? ジャクリーヌよりもアタシの方が可愛い、癒やされるって! ずっと一緒にいたいって言ったじゃない!!」
衛兵に取り押さえられている少女は、髪を振り乱して目を血走らせながら叫んでいた。
学園中の男子生徒を虜にした愛らしい美少女の影はどこにも無い。
この醜悪な姿こそ、この少女の本性だったのだ。
「黙れ! 我が婚約者ジャクリーヌを呼び捨てにするな!」
「何を偉っそうに……! ついこの前まで邪険にしてたくせにぃぃぃ!!」
「――そうだ。それはおまえの言う通りだ。だが……! 俺は正気に戻ったのだ! 愛するジャクリーヌのおかげでな!」
王太子は幼き頃からずっと支えてきてくれた婚約者を抱き寄せ、這いつくばる少女を憎々しげに睨みつける。こんな女に一時でも傾倒した自分を恥じていた。
「私も、殿下と同じくロザリーをどれだけ愛していたか思い出したのです」
「おまえみてぇな奴に入れ込んでた自分を殴りてぇよ。俺が一番好きなのはヴァネッサだ!」
「ほ~んと、やんなっちゃうよね。オレが大好きなのはグレースだけなのに」
宰相子息、騎士団長子息、魔法団長子息の三人も、それぞれの婚約者の隣に立ち、かつて愛を囁いた少女を侮蔑の表情で見下ろしている。
「魅了の魔法とは恐ろしい。あんなに愛しいと思っていたジャクリーヌへの気持ちをおまえのような低俗な女へ強制的に向けられてしまうとは……ジャクリーヌ、不甲斐ない俺を許しておくれ。二度とそなたから離れないと誓う」
王太子は頬を染めて頷く婚約者に満足すると、泣き叫ぶ少女には目もくれず断罪の場から去って行き、他の子息たちも婚約者をエスコートして後に続く。
「うわぁぁぁぁぁ!! ふざけんなふざけんなふざけんなよぉぉぉぉ!!! わたしが! わたしがぁ……わたしが一番……私がぁぁぁぁ!!!!」
置き去りにされた少女は狂ったように叫び続けた――
「面白かった~。さすが王都で一番人気の演目だね」
「これ、陛下方の学生時代の話がモデルなんだってな。魅了魔法持ちの平民なんて、怖い女もいたもんだ」
「あのまま殿下が魅了されたままだと思うとゾッとするね」
「正気に戻って、婚約者に謝罪するとこ良かった。罪悪感がすごく伝わってきた」
「そんでそれを赦すときの婚約者が聖母かと思ったわ」
「ほんとそれ」
「何はともあれ二人が無事に結ばれて良かった」
「今じゃ、建国以来一番のラブラブカップルで有名だもんな」
「それに眼福! 建国祭のパレードで拝見したけど、遠目でもめちゃくちゃ綺麗だったぞ!」
「ご尊顔だけではないだろう。お二人の手腕も素晴らしい」
「あぁそれ、この前鎖国してた小国との貿易を出来るようにしたってやつ? 何でもその国独自の貴重な生糸が取れるとか……」
「仲睦まじくて、見目麗しくて、超優秀で……三拍子揃っちゃってもーこの国安泰すぎっ」
終演後、演目の感想があちこちで飛び交う。
身内でも初対面相手でも関係なく話に花が咲き、劇が終わったというのに会場は大賑わい。
そして、最終的に「両陛下万歳!」という結論に至るのが、いかに国王と妃が国民達に慕われているかが分かる。
貴族も王家をしっかりと支持しており、他国からの評判も上々。国は安泰そのもので、移住してくる人間も増えていると言う。
「な、これから握手会あるらしいぜ!!」
俳優達の握手会が開催されるという情報をキャッチした一人が、連れの友人達に興奮した面持ちで伝える。
「え! 何それ絶対行く!」
「マジか。ラッキーだな」
「早く行きましょ! 人気だからすぐ列切られちゃうわよ!」
「うわっ、押すなよ!」
願ってもないサプライズイベントに、我先にとブースへ向かう。
すでに長い列ができていて順番が回ってくるまで時間が掛かりそうだが、興奮が冷め止まぬ彼らにはその待ち時間も楽しい。
「ねぇねぇ、みんなぶっちゃけ誰推し?」
グループ中の一人が、皆に尋ねる。
「そりゃ王太子とその婚約者っしょ」
「あたし魔法団長子息」
「おれは騎士団長子息の婚約者」
「……魅了の平民少女かな」
王道な主人公達、準主役の側近、脇役……と、正義サイドが挙がる中、悪役である平民少女も選出された。
「おお!? おまえ悪女好きか!」
「悪女好きってか『良~い当て馬お疲れさまでーす!』って感じに好き」
「それは確かに! めちゃくちゃ良い踏み台になってくれたよね彼女」
「実際の話を下敷きにしてるから、王妃様にはちょっと不謹慎かもだけど、良いスパイスになってくれてありがとって感じね」
「散々殿下達の仲を邪魔してさ~。コイツほんと腹立つ!! っていう俺らの怒りを昇華してくれただろ、最後の断罪」
「うんうん。スカッとしたわ」
「最高だったね」
最終的に見事な当て馬となった平民少女へのざまぁは、彼らを大いに満足させたらしい。
「あ!」
「えっなに」
「いきなりうるせーな」
いきなり大声を出す一人に、周りが顔を顰める。
「そういや、最近似たようなことがよその国でもあったらしいぞ」
「そーなの?」
「そっちはウチと逆で、男が婚約者持ちの女の子達を虜にしたらしい。その男に散々引っ掻き回されたけど、収まるところに収まったって」
「やだ、その男女逆バージョン超興味ある! どんな当て馬だったんだろ?」
「おま、不謹慎! いや、おれも思っちゃったけど!」
「ハーレムかぁ。羨ま……」
嘘か誠か分からないが、今見たばかりの劇と同じようなことが起きたとなれば、俄然興味が湧いてくる。
「何でも、そのハーレム野郎は庇護欲をそそる可愛い系の男だったらしい」
「はー? なんだそれ。女はそんなのがいいのかよ?」
「可愛い~? 野郎が可愛くてどこに需要があるんだよ。ムカつくほど格好いい男なら理解できるけどさぁ」
「よその国ってもしかして、あの元戦闘民族が多いとこ? あそこ女性が強いのよね」
「あー。母性が擽られちゃったんだ」
男性陣からは不満の声が上がるが、女性陣は分からなくも無いと納得する。
「しっかし、お貴族さまは色々柵があって大変だよな~。こんなハニートラップしょっちゅうかけられてんのかな?」
「でも、この劇みたいに、最後はきっと真実の愛が運命の相手へ導いてくれるのよ……」
「うわヤバ。夢見すぎだろ」
揶揄う男に、女は眦をキッと吊り上げて反論する。
「なによう! 陛下達は実際にそうなったんだから良いじゃない! あたしだって全員が全員そうだとは思ってませんー! はーわたしも運命の相手に巡り会いたーい!」
「おれも可愛い女の子に取り合いされたい……」
「ハーレムの方かよ」
「いやー、おめーの面じゃあ天地が引っくり返っても無理」
「おまえら酷くねぇ!?」
「ねぇ、さっきの話に戻るけどさ、男女逆バージョンの詳しい話ないの?」
「えーっとな……」
何はともあれ、物語みたいな本当の話ってのは面白い。
観客達の演劇談議はどんどんヒートアップしていくのだった。