勇者ナード誕生
「最初、私は自分のユニークスキルを使って、ノエル様の呪いを解くことができないかといろいろ試しました。先程使用した<皇家の息吹>というスキルは、皇族の方々の傷を癒すことができます。それを使うことで、ノエル様の容態を一時的に良くすることはできましたが、完治させるまでには至りませんでした」
「それなら、連続で使えば治ったりしないんでしょうか?」
「はい。私もそう思って何度も使用してみたのですが……。やはり、完治させることはできませんでした」
「そ、そうですか……」
「それと、今の私がこれを使うと、視力が大幅に下がってしまうんです」
「え?」
「多分、これも魔王の呪いによる影響なのだと思います。私が受けた呪いは、ほかの者たちに比べて軽度だったので、これまで生き延びることができましたが、<皇家の息吹>を使用するたびに、私の視力は下がり続けました。実は、もう何年も前から両目がぼやけて、ほとんど何も見えない状況にあるんです。ナード様の顔も、もう私にはなんとなくしか理解できずにいます」
「そ、そんな……」
これまで先生が目を悪そうにしているところを何度も見てきたけど、そういうことだったなんて……。
先生が身を削って使った<皇家の息吹>でも、ノエルの呪いを解くことはできなかったんだ。
なら、残る手段は1つしかない。
「だったら、ノエルの呪いを解くには、やっぱり魔法大公の神聖治癒を受けさせるしかないってことでしょうか?」
「魔法大公?」
「大司祭様が仰ったんです。グレー・ノヴァの魔法大公なら、ノエルの病を完治させられるって」
「……」
その言葉に、メリアドール先生は顔を曇らせる。
どうしたんだろう? まさか……それでも治らない!?
そう思うも、先生は予想外の言葉を口にした。
「……残念ですが、それは難しいでしょう。なぜなら、グレー・ノヴァ公国もまた、プチャマチャ大陸にあるからです。おそらく、大陸にあるすべての国は、現在、魔王軍の支配下にあると考えられます」
「あ……」
そうだよ、グレー・ノヴァはプチャマチャ大陸にあるんだ!
なんで、そんな当たり前のことを失念していたんだ?
さっき先生に言われた時点で気付くべきだったのに……。
魔法大公の神聖治癒による治療の道は断たれたんだ。
「あの国もまた、聖ロストルム帝国と同じで、冒険者をほとんど育成していなかったようです。ですから、魔光石の採取もあまりされておらず、結界も弱かったと聞きます。魔王軍の侵攻に耐えられたとは思えません。それに、たとえグレー・ノヴァ公国が存続していたとしても、魔法大公の神聖治癒がノエル様の呪いを解けたとは思えません」
「ど……どうしてですか!?」
「魔王の呪いは、魔王を倒さない限り、消えることはないという伝承が残っています。そして、これがナード様に一番お伝えしたかったことになります。つまり……」
「ノエルの呪いを解くには、魔王アビスを倒す必要がある……ってことですか?」
「はい、その通りでございます。そして、大変申し上げにくいのですが……。その時間的余裕は、あまり多く残されていないかと」
「!!」
先生は言葉を濁したけど、僕には先生が何を言いたいのかがはっきりと分かった。
時間的余裕が多く残されていないってことは……。
「昔のノエル様は、<皇家の息吹>を一瞬当てただけで、すぐに元気になっておりました。ですが、ナード様もご覧になられた通り、現在のノエル様はあれだけ<皇家の息吹>を当て続けて、ようやく容態が安定したという感じです。認めたくはありませんが、ノエル様の病状は年々悪化しているものと考えられます」
「っ……」
それには心当たりがあった。最近のノエルは体調をよく崩す。
(こんなこと、昔はなかったのに……)
そして、一番聞きたくなかった言葉を耳にしてしまう。
「私は、これまで多くの仲間が近くで死んでいくのを見て現実を理解しています。こんなことをナード様にお伝えするのは心苦しいのですが、隠していてもより辛い結果となるだけですので、お話しさせてください。おそらく成人の儀式を迎える前に、ノエル様は……」
「わ、わかりました……」
遮るように言葉を止めてしまう。
もう聞いていられなかった。その言葉を聞くと現実になってしまうみたいで嫌だったんだ。
(ノエルが成人の儀式を迎えるまであと半年もない。僕にできるのか? 魔王を倒すことなんて……)
その時、メリアドール先生と目が合う。
先生は、僕のことを信じるように、まっすぐな瞳を向けてくれていた。
(……いや。やるしかないんだ。僕がやるしか……!)
そう思うと、言葉は自然と溢れ出てきた。
「それでノエルが助かるのなら……やります」
「……よろしいのですか?」
「まだ、自分が聖ロストルム帝国の皇子だなんて信じられないけど……勇者様の生まれ変わりだなんて、もっと信じられないけど……」
でも、先生が嘘を言うわけがない。
だから。
僕は先生の言葉をすべて信じる! 僕が新たな勇者なんだ!
「絶対に、僕が魔王アビスを倒します」
「……っ、ナード様……」
メリアドール先生は、また深々と頭を下げる。
「ありがとうございます……」
「ですから、感謝をお伝えするのは僕の方ですよ。ありがとうございます、先生。これまでずっと傍で見守ってくださって」
「いえ。皇族の方に仕える者として、私は当然のことをしてきたまでです。それと、本来の私は、ナード様に〝先生〟などと呼ばれる資格はありません。これからはメリアドールとお呼びください」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
本来の姿は、宮廷騎士団所属の凄腕の女性騎士なのかもしれないけど、僕にとって先生は先生だ。
これまでの関係が消えるわけじゃない。
それと、このまま敬語で話されるのは、なかなか恥ずかしかった。
だから、その後、先生にはこれまで通り普通に接してほしいってお願いした。
若干躊躇っていたけど、僕が頭を下げてお願いを続けると、先生もなんとか了解してくれたようだ。
「それでは……おほん。ナード君……?」
「そっちの方が僕としてはありがたいです」
「そう、ですか……。分かりました。ナード様がこちらの方がよろしいのでしたら……。これからも、そう呼ばせてもらうよ。ナード君」
「はい!」
◇
それから一度紅茶を飲んで休憩を挟むと、話の続きに戻った。
まだいくつか疑問は残っている。それを今のうちに確認しておきたい。
「先生、質問いいですか?」
「うむ。私の分かる範囲でならね」
「じゃ、えっと……なんで魔王は生まれたばかりの勇者――つまり僕を狙ったのでしょうか? 当時の僕は1歳だったんですよね?」
「多分、脅威は先に潰しておこうって考えたんだろう。魔王アビスが邪神レヴィアタンの復活を目論んでいることはナード君も知っているはずだね?」
「はい」
それは歴史の授業でも何度も習ってきた。
「魔王アビスの目的は、邪神レヴィアタンを復活させて、この世界を魔族の楽園にすることだって言われている。つまり、我々人族を根絶やしにしようと考えているんだ。以前の戦いで、魔王アビスは勇者フェイトに邪神レヴィアタンの復活を阻止されているから、今度こそ先手を打とうとしたのかもしれないね」
その執念は、1,000年経っても変わらないってことか。
まだ実感はなかったけど、先生にそう言われると一気に現実味を帯びてくる。
魔王アビスも邪神レヴィアタンも、教科書の中の話じゃない。
この現実の延長線上に、たしかに存在するんだ。
けど、そうなると、新たな疑問が生まれる。
「……ではどうして、この14年ほどの間、魔王アビスは襲って来なかったんでしょうか? 先手を打とうとしたのなら、攻勢をかけてきても不思議じゃない気がするんですが……」
「それは私も気になってることだね。たしかにナード君が言うように、アンゲルス大陸に魔王軍が現れたなんて話はこれまで聞いたことがない。ひょっとすると、 こちらの国々の結界が強すぎて侵攻がかけられないのかもしれない」
「なるほど」
「ただ、さっきも言った通り、プチャマチャ大陸が魔王軍の手に落ちている可能性は非常に高い。他の大陸の状況は、情報が無いからなんとも言えないね。魔王はまだ、プチャマチャ大陸に留まって力を蓄えているのか、もうすでに、他の大陸も支配下に置いてしまっているのか。それは自分の目で確かめないことには、なんとも言えないんだよ」
真実は、大陸の外へ出ない限り分からないってことか。
思っていた以上に、現実は厳しい状況にあるのかもしれない。
「僕はこれからどうすればいいんでしょうか?」
魔王アビスを倒すと言ったはいいものの、正直、何からすればいいか分からなかった。
「そうだね。まずは勇者フェイトがそうしたように、邪神レヴィアタンの復活を阻止するために、四大陸それぞれの盟主国に保管されている大魔導器を守る必要があるかな。けど、聖ロストルム帝国に保管されていた大魔導器は破壊されてしまっているだろうから、残りの3つをなんとしても守らなくちゃいけない」
自分の故郷が陥落してしまったという事実に、ちょっとした悲しさが込み上げてくる。
お父さんとお母さんの記憶はないけど、たしかに2人とも僕たち兄妹を守ろうとしてくれていたんだ。
世界を守り、魔王を倒すことが、両親へのせめてもの償いになるはず。
「分かりました。残りの大魔導器を守ってみせます」
「うむ。ありがとう、ナード君。世界中の人たちを代表してお礼を言わせてもらうよ」
「そんな、大げさですよ。僕は自分にできることをこれからするだけですから。それで、他には何をすればいいんでしょうか?」
「そうだね。あとは、魔王アビスの手下である四天王を倒す必要があるかな」
「四天王……」
「伝承では、勇者フェイトは魔王軍の四天王を、四大陸それぞれのSSS級ダンジョン最下層に封じ込めたって言われている。魔王軍の四天王を倒すと、絶耀宝珠っていう最上級の魔光石が手に入るみたいだね。それを4つ集めて、勇者フェイトは魔王アビスを弱体化させたって話だ。だから、できればそれも手に入れたいところなんだけど……」
「あ、その話なら聞いたことがあります。絶耀宝珠を使うには、4人必要なんですよね?」
「そうなんだよ。勇者フェイトは、仲間と共にそれを使用して魔王アビスを倒したんだ。だから、ナード君も仲間を探す必要があるかな。勇者フェイトは『1,000年の時を経て生まれ変わる』って言い残してこの地を去ったけど、勇者様の仲間もまた、同じように言い残して去ったとも言われているんだ。だから、この世界のどこかに、ナード君がやって来るのを待ってる仲間がいるに違いない」
「仲間……ですか」
「うむ。それは、本当に信頼できる仲間だよ」
拳にギュッと力が入る。
これから僕は、その仲間と一緒に魔王アビスを倒すための旅に出るんだ。
「……ふぅ。私に話せるのはここまでかな。あとはナード君が考えて決めるといい。ノエル君のことなら大丈夫。私が責任を持って面倒を見るから」
「はい。今日はいろいろとありがとうございました」
「今晩、じっくり考えてみてくれ。また明日の朝、伺わせてもらうよ」
メリアドール先生がお辞儀して帰って行く姿を、僕は静かに見送る。
先生が去ってしまうと、静寂が一気にリビングを包み込んだ。
◇
その日の夜。
「……すぅー……すぅー……」
ノエルの寝顔を眺めながら、僕は先生に言われた言葉を振り返っていた。
「本当に、僕が勇者様の生まれ変わりだったんだ」
僕ら兄妹は、聖ロストルム帝国の皇子と皇女。
まだ上手く信じられないけど……でも、これも事実。
いろいろな人たちに守ってもらったおかげで、今自分たちはこうして生きていられている。
その犠牲を無駄にするわけにはいかない。
それと、ノエルに対しても少なからず罪悪感があった。
いわばノエルは、僕の代わりに呪いを引き受けてくれたようなものなわけで。
ノエルはこれまでずっと辛い思いをしてきた。
今度は、僕がそれを解放してあげる番だ。絶対に死なせたりはしない。
「行ってくるよ。ノエル」
さらさらな水色のショートヘアを優しく撫でながら、ベッドに天空のティアラをそっと置いた。
◇
翌朝。
水晶ディスプレイで、ステータスの振り分けを終えてからアパートを出る。
LP1となり、一新した気分だ。
-----------------
[ナード]
LP1
HP2,000/2,000
MP500/500
攻1,000(+100)
防1,000(+85)
魔攻1,000
魔防1,000(+40)
素早さ1,000(+10)
幸運1,000
ユニークスキル:
<アブソープション【スロットβ】>
<バフトリガー【OFF】>
属性魔法:
《ファイヤーボウル》《デモンズフレイム》
《ファイナルボルケーノ》
《サンダーストライク》《プラズマオーディン》
《ライトニングヘブン》
《サイレントカッター》《ブラックサイクロン》
《エターナルストーム》
《フリーズウォーター》《バブルハウリング》
《ブルーリヴァイアサン》
無属性魔法:
《ヒール》《ヒールプラス》
《フルキュア》《ニルオール》
《サードライズ》《超集中》
《瞬間移動》《環境適応》
攻撃系スキル:
<体術>-《あばれ倒し》-《秘技・天翔蹴り》
-《爆烈神覇・絶影掌》
<片手剣術>-《ソードブレイク》-《鷹回剣》
-《グラビティサザンクロス》
<両手剣術>-《オーバーストライク》-《皇殺斬》
-《セイクリッドエクスカリバー》-《烈刃滅七閃》
<斧術>-《メテオスピン》-《無双炎車輪》
-《終焉の大斧》
補助系スキル:
《分析》《投紋》《調薬》《高速詠唱》
《アルファウォール》《オメガウォール》
《ソリッドシェルター》
《ディフェンスクラッシュ》
《火のカーテン》《雷のカーテン》
《風のカーテン》《水のカーテン》
武器:魔剣デュエルヴァーミリオン
防具:
ミスリルアーマー、上帝の盾
ミスリルヘルム、ミスリルグローブ
アイテム:
ポーション×200、ダブルポーション×50
マジックポーション×150、マジックポッド×30
エリクサー×5、水晶ジェム×300
ウロボロスアクス×1
貴重品:ビーナスのしずく×1、一流冒険者の証×1
所持金:30,983,452アロー
所属パーティー:叛逆の渡り鳥
討伐数:
E級魔獣80体、E級大魔獣1体
C 級魔獣54体、C級大魔獣1体
B級魔獣269体、B級大魔獣6体
A級魔獣25体、A級大魔獣1体
状態:
-----------------
アパートの前には、メリアドール先生の姿があった。
「心は決まったようだね」
「はい」
「そうか。ありがとう、ナード君」
「いえ。こちらこそ、昨日は本当のことをすべて話してくださってありがとうございました」
「私は自分の務めを果たしたまでさ」
先生はどこか嬉しそうに微笑む。
もしかすると、こうして僕が旅立つ日をずっと夢に見てくれていたのかもしれない。
「まず、シルワを出たら、盟主国のルーン王国を目指して行ってみるといい。あの国の冒険者ギルドは、こちらのギルドよりも規模がかなり大きいって話だ。運が良ければそこで、アンゲルス大陸にあるSSS級ダンジョンの場所や、保管されている大魔導器について、何か情報が得られるかもしれない」
「分かりました、そうしてみます。それじゃ先生、ノエルのことよろしくお願いします」
「もちろんさ。こっちは任せておいてくれ。だから……」
そこでメリアドール先生は一言区切ると、笑顔を見せてこう口にした。
「世界の命運はお任せしました、勇者様。もう一度、世界に平和をもたらしてください」
「はい! それじゃ、行ってきます!」
「お気をつけて」
手を振る先生に見送られながら、アパートを後にする。
これからどんな運命が待っているんだろうか。
けど。
どんな運命が待ち構えていようとも、すべきことは1つしかない。
(絶対に魔王を倒して帰ってくるよ、ノエル。だから少しの間お別れだ)
白銀の徽章を静かに握り締める。
差し込む朝陽が、僕の新たな門出を祝福してくれているようだった。




