【セシリアSIDE】絶体絶命
ズピーーーンッ!
その瞬間、セシリアの周囲には結界が張り巡らされ、間一髪のところでジャッジメントワイバーンの追撃を免れる。
「ギュゴオオォギュゴオオォッ!」
なおも鋭い雄叫びを上げるジャッジメントワイバーンに目を向けながら、セシリアは誰が自分を助けてくれたのかを知った。
(ナードッ……!?)
巨大竜の背後に、水色髪の青年の姿が見えたのだ。
彼の周りには、同じように《ソリッドシェルター》の結界が張られていた。
無言でセシリアのそばまで駆けつけたナードは、魔法ポーチの中から水晶ジェムを取り出して回復魔法を唱える。
瀕死の状態にあったセシリアの体は、ナードによって救われることとなった。
「た、助かったわ……ありがとうナード……」
セシリアは礼を述べながら、腹の底ではまったく別のことを考えていた。
(このクズ! <バフトリガー>の恩恵を受けてないはずなのに、どうやってここまで降りて来たのよ……!)
デーモンバトラーは上層階にまだ何体も存在していた。
<バフトリガー>なしに、ここまでやって来られたとは到底想像もつかない、とセシリアは思った。
(ていうか、その前にどうやって起きたの!?)
暴眠草の秘水には、ボス魔獣も一瞬で眠らせるほどの強力な睡眠効果があって、人間ならばたった数時間で起床するなど不可能のはずであった。
頭の中は、様々な疑問が渦巻くセシリアであったが、表面上は何事もなかったかのように振舞う。
「それと、ごめんなさい。あの後、ナードすぐに寝ちゃって……。何度も声かけたのよ? でも全然起きなくて。それで置き去りにするみたいなことしちゃったの。ボス魔獣を倒してから、すぐに迎えに行くつもりで……」
「いや、いいんだ。僕が勝手に寝ちゃっただけだから」
「本当にごめんなさい……。とても申し訳ないことをしたと思ってるわ」
反省しているという表情を作りながら、セシリアの視線は、ナードが腰にぶら下げた魔法ポーチへと向く。
(……落ちつくのよ。水晶ジェムさえあれば、《瞬間移動》でここから一気に脱出することができるんだから。このダンジョンは、LPを増やしてもっと強くなってから挑めばいいわ)
とにかく、ユニークスキルを交換したことがバレていないうちに、一刻も早くナードを撒かなければ……とセシリアは考えた。
(水晶ジェムが手元にないなら、それも奪うだけよ)
「ギュゴオオオオオオオオッッ~~~!」
ガシッ! ガシッ! ガシッ!
外では、ジャッジメントワイバーンが巨大な尻尾を強く叩いて、何度も結界に攻撃を仕掛けていた。
《ソリッドシェルター》の効果が切れたら、一巻の終わりだ。食い殺されてしまうに違いない。
迷っているような余裕はなかった。
「ナード、悪いけど話は一旦後に。ここだとゆっくり話もしていられないわ」
「そうだね」
「《瞬間移動》で脱出しましょう! お願いできる?」
「うん。分かった」
特に疑問に思う様子もなく、ナードは魔法ポーチの中から水晶ジェムを1つ取り出す。
その瞬間。
(今よ!)
それを奪い取るため、セシリアは全力で手を伸ばす。
――しかし。
「あ、そうそう……」
何でもなさそうに、ナードがぽつりとこう口にした。
「<豪傑>ってさ。全然使いものにならないね」
「え……」
「もっとパラメーターが上がるものだと思ってたんだけどな。これじゃ、僕はいらないかな」
次の刹那、セシリアは伸ばした手を、ナードにがっちりと掴まれてしまう。
「僕のユニークスキル奪ったでしょ?」
「ッ!」
まっすぐな瞳がセシリアをはっきりと捉えていた。
(やっぱり気付いてたのね……! けど、今さらもう遅いわッ!)
セシリアはナードが掴んだ手を無理やり引きはがすと、水晶ジェムを掴む。
「〝魔法発動〟!」
だがそう唱えるも、水晶ジェムから光が溢れ出すことはなく、手の甲には魔法陣が浮かび上がらない。
「!? ど、どうして!?」
狼狽えるセシリアに対して、ナードは一言。
「あーあ。それ、おもちゃのグミだから」
「グ、グミっ!? あんた……本物を渡しなさいよッ!」
ナードが腰にぶら下げている魔法ポーチを奪おうとするも、寸前のところでかわされ、セシリアはそれを奪うことができない。
「ぐぬぬ……!」
もの凄い形相で睨みつけるセシリアを、ナードは冷ややかな目で一瞥していた。
「初めに仕掛けたのはそっちだよね?」
「はぁ!?」
「最初から気付いてたよ。君が何を企んでいるのかも。さっきはわざと罠にかかったんだ」
「わ、わざとですって……? そんなことできるわけがッ……」
「前もって強力な解眠草を飲んでおいたんだ。だから、すぐに起きることができたんだよ」
ナードが不敵に微笑んだその時。
(ぇ……)
セシリアの《ソリッドシェルター》の効果が切れる。
「きゃッ!?」
そのままナードに突き飛ばされると、セシリアはジャッジメントワイバーンの標的とされた。
「ギュゴオオォッッ!」
「いやあああぁぁぁっ~~~~!」
体まるごと噛みつかれ、鋭い牙が柔らかな皮膚を貫こうとしていた。
そんな光景を目におさめながら、ナードは小さく呟く。
「これで君も終わりだよ。セシリア」




