ノエルに天空のティアラを渡した
「おめでとうございます♪ こちらがB級ダンジョンの初回クリア報酬天空のティアラとなりますよ~。どうぞ、ナード様!」
「ありがとうございます!」
ついに念願の天空のティアラを手に入れちゃった。
格調高い装飾で彩られた黄金の冠だ。手に持っただけでちょっとドキドキしてしまう。
「これからも魔光石の採取よろしくお願いしますね♪」
「はい、またお願いします!」
深々とお辞儀をして、その場を後にしようとしたところで
「あっ、そうでした! ナード様、ちょっとよろしいですか?」
「はい? なんですか」
受付のお姉さんに呼び止められてしまう。
お姉さんは普段の柔らかな笑みを珍しく崩すと、少しだけ真剣な表情でこう告げてきた。
「……実はですね。昨日の夜に、ギルド内の質屋金庫が破られるっていう事件が起きたんです。中からS級素材が数点盗まれてしまったみたいで」
「え……」
もちろん、その話は初耳だった。
(たしかに言われてみたら、周りがなんか騒がしい気がしてたけど)
ほかの冒険者と情報交換とかまったくしていないから、こうやって受付のお姉さんから新しい情報を教えてもらうことが最近多い。その中でもこれはけっこう衝撃的な内容だ。
「でも、金庫番の方もいたんですよね?」
「はい。2人で警備にあたっていたようなんですけど、彼らは気絶させられちゃったんですよぉ……。どうやら攻撃魔法が使われたみたいです。だから、けっこう大きな被害があって、今日の質屋は営業中止にしてますね」
「そんなことがあったんですか……」
人に対して攻撃魔法を使用することは重罪とされていて、バレたら牢獄行きは免れない。
つまり、相手はそれを覚悟の上で攻撃魔法を使ったってことになる。
「まだ犯人も捕まってませんので、ナード様も十分にご注意くださいね」
「わざわざすみません。注意喚起ありがとうございます!」
お礼を述べると、今度こそ受付を後にした。
(質屋の金庫はとても頑丈だって話だったのに。それが破られちゃったなんて)
歩きながら、すぐに天空のティアラを魔法ポーチの中へとしまい込む。
僕も貴重なアイテムや素材をいくつか持っているんだから、用心しないと……。
結局、帰りはいつも以上に警戒して帰ることになった。
◇
アパートの外観が見えてきたところで、ようやくホッとため息が漏れる。
朝一でシーカーキャンプのロッジを出たっていうのに、すでに辺りはオレンジ色に染まり始めていた。
まあ、かなり遠方のダンジョンまで遠征していたから当然と言えば当然か。
「でも、無事に帰って来られてよかった。本当に久しぶりの帰宅だよ」
今、魔法ポーチの中には大量の金貨が入っている。
結局、この1週間で僕がクリアしたB級ダンジョンは5箇所。B級魔光石をすべて換金して、5千万アローを手に入れた。
もうこんな狭いアパートに住み続ける必要もないんだ。
ノエルの体調が良ければ、すぐにでも引っ越したいくらい。
「家賃の支払いに、悪戦苦闘してた日々が嘘みたいだよね」
そんな風にひとりごちながら、玄関のドアを開けた。
ガチャッ。
「ただいまー! 今帰ったよ~!」
「……わわ!? お、お兄ちゃんっ!?」
「ノエル! ずっと1人でお留守番させちゃってごめんね」
「本当にお兄ちゃんだ! お帰りぃぃ♪ 無事でよかったよぉ~!」
「ありがとう。心配かけてごめん」
「ううんっ! お兄ちゃんが無事に帰ってきてくれただけでノエルとっても嬉しい~♪」
ガバッ!
「っとぉ!?」
久しぶりにノエルに思いっきり抱きつかれる。
「はひゅぅ~♪ お兄ちゃんの匂いだぁ~」
「ちょ、ちょっとノエルっ!?」
あいかわらず顔が近い!
それとやっぱり小さな胸がむにぃむにぃ当たって……。
「うぅっ……」
「1週間分のお兄ちゃん成分しっかり摂取するんだから! むぎゅぅぅ~♡」
「ぐはっ!」
それからしばらくの間、妹の愛情表現をたっぷり受けることになった。
うん、なんかもうすごく幸せだ。なにも言うまい。
テンションの上がった僕は、それからすぐに天空のティアラをノエルを渡した。
「じゃじゃーん! はいこれ。ノエルにプレゼント!」
「!? ちょっとお兄ちゃん! これって……」
「ふふっ、もう何か分かるよね?」
「天空のティアラ!?」
「そう、正解っ! B級ダンジョンをクリアしたから、その初回クリア報酬に貰ったんだよ。これ憧れだったって、一度でいいから付けてみたいって前に言ってたでしょ?」
「い、言ったけどぉ……」
ノエルは、黄金の冠に目を向けたまま固まってしまう。
中央の装飾は、煌めくダイヤモンドと大きなエメラルドで彩られていて、知識がない僕でもこれがとても気品に満ち溢れた物だっていうことが分かる。
冒険者でも、これを手にすることができるのはほんの一握りなんだ。
だからこそ、真っ先にノエルに渡したかった。
なんだけど……。
「お、お兄ちゃん……。ノエル、こんな高価な物付けられないよぉ~」
いざ天空のティアラを目の前にして萎縮しちゃったのか、ノエルはなかなか受け取ってくれない。
ここはきちんと本音を言わないと。
「僕が付けているところを見たいんだよ」
「へっ?」
「絶対に似合うと思うからさ。だからノエル。付けてくれないかな?」
「う、うん……」
真剣にそう伝えると、ノエルは恥ずかしそうにしながらも頷いてくれる。
そして、頭の上にノエルが天空のティアラを装着した瞬間、部屋中がパッと輝いた。
「どうかなぁ?」
「うん! とってもよく似合ってる」
「そ、そぉなんだ? えへへ……♡」
どことなく照れながらもノエルは嬉しそうだ。
(!)
その姿を見て、思わずハッとする。
なんだろう。
上手く説明できないんだけど、ノエルの中に何か高貴なものを感じたんだ。
昔からこんな物を身につけて過ごしていたような……そんな雰囲気がどこかあった。
「お兄ちゃんっ! 鏡の前で見てきてもいい?」
「もちろんだよ。行っておいで」
「うんっ♪」
嬉しそうにリビングを飛び出して、ノエルは自分の部屋に行ってしまう。
これまでずっと閉じこもった生活を送ってきたから、ノエルはこうやっておめかしする機会が極端に少なかった。
(だから、余計に嬉しいんだよね)
絶対に病を完治させてあげたい。
それで、普通の女の子が送ってきたような生活を送らせてあげたいんだ。
ノエルの背中を見送りながら、そんなことを強く思った。




