攻略7日目
「〝裁きを下す煉獄の魔炎よ 今こそその力を発現し 我の敵となるものをすべて焼き尽くせ――《ファイヤーボウル》〟」
「ピゲェェッ!?」
《ファイヤーボウル》で本日5体目のクインペリーを倒して、ようやくひと息つく。
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〇結果
◆魔獣討伐数
・スライム×5体
・クインペリー×5体
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ダンジョンに入って2時間、これまでに討伐した魔獣は計10体。
おそらくスライムは、これでもう狩り切ってしまったと思う。
氷柱の影も含めて至るところ探し回ったけど、5体を見つけるのが限界だった。
LPを稼ぐなら、あとはもうクインペリーを倒していくしかない。
「……おっ」
水たまりにキラリと光るコインが落ちているのを発見する。
「ラッキー! 銅貨発見!」
銅貨を1枚見つけて、思わずガッツポーズが出る。
これまでに青銅貨も3枚見つけたし、幸運値を人並みにしただけでこんなに見つけることができるなんて……!
多分、ビギナーズラックなんだろうけど、素直に嬉しい。
ちなみに硬貨の価値は以下の通り。
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・金貨1枚=10万アロー
・銀貨1枚=1万アロー
・銅貨1枚=1,000アロー
・青銅貨1枚=100アロー
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アパートの金庫には、ノエルの将来のために金貨を1枚保管している。
これはこれまでの半年間、僕が冒険者として稼いだお金を貯金に回したものなんだけど、それでも金貨1枚を貯めるのが限界だった。
ただ、金貨1枚でもめちゃくちゃ大金だし、僕は冒険者になるまで金貨なんて見たこともなかった。
だから、こうやって銅貨1枚見つけただけでも飛び跳ねるほど嬉しかったりする。
今は金欠だから、なおさらそう感じるのかも。
「こうなると、今あるLPをすべて幸運につぎ込みたくなっちゃうけど」
でも、今一度、水晶ディスプレイで自分のステータスを見て冷静になる。
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[ナード]
LP16
HP50/50
MP0/30
攻1
防1(+5)
魔攻1
魔防1
素早さ1
幸運10
ユニークスキル:
<アブソープション【スロットβ】>
<バフトリガー【OFF】>
属性魔法:《ファイヤーボウル》
無属性魔法:
攻撃系スキル:
補助系スキル:《分析》《投紋》
武器:
防具:毛皮の服
アイテム:
マジックポーション×1、水晶ジェム×9
魔獣の卵×1
貴重品:ビーナスのしずく×1
所持金:2,800アロー
所属パーティー:叛逆の渡り鳥
討伐数:E級魔獣61体
状態:
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アイテムを拾うことがこのダンジョンに入った目的じゃない。
【グラキエス氷窟】をクリアするっていうのが本来の目的のはず。
幸運ばかり上げてもボス魔獣には勝てないだろうし。
そんな当たり前のことに気付いてしまうと、自分がすべきことは限られていた。
「もっとLPがいるんだよね」
昨日の夜、魔法やスキルを色々と調べて分かった。
強力な魔法やスキルを習得するには、それなりのLPが必要なんだ。
魔法ポーチからマジックポーションを取り出して体に振りかけると、気合いを入れ直してから、さらに下の階層を目指して進んで行った。
◇
ガチャッ。
「ただいま~! ノエル帰ったよ」
「お兄ちゃんだぁ♪ お帰りなさーい……んひゃっ!?」
「おっと!」
段差につまずいて、体勢を崩したノエルをキャッチする。
「あはは……ゴメンお兄ちゃん……」
「大丈夫っ? 足とか挫かなかった?」
「うん、へーき。昨日からずっとベッドで寝てたから、ちょっと立ち眩みがしちゃって。でも、もうだいじょーぶだから!」
「そ、そう? ならいいんだけど……」
よく見ればノエルは寝間着のままだ。
今朝も部屋から出て来なかったし、本当に体調が良くないのかもしれない。
「ユグドラシルの葉はちゃんと飲んだよね?」
「もぉっ、お兄ちゃん。それ今朝も訊いてたよー? 起きてすぐ飲んだって言ったじゃん~」
「あ、そうだったね。けど昼は……」
「お昼の分もちゃんと飲んだよぉー。ほんとはアレって苦いから、あんま飲みたくないんだけどなぁ。でもお兄ちゃんが飲めって言うしー」
「僕はノエルのために言ってるんだよ」
「あーっ! またメリアちゃんみたいなこと言ってる!」
「と、とにかくさ……。ユグドラシルの葉を飲み続ければ、病気もしっかり治るって大司祭様も言ってるんだし。苦いかもしれないけど、毎日飲まないとね」
「わかってるよぉー」
毎度のことだけど、罪悪感が胸をちくりと刺激する。
僕は、ノエルに本当のことを伝えていない。
グレー・ノヴァ公国まで行って、魔法大公の神聖治癒を受けなきゃ病は完治しないなんて、とてもじゃないけど僕の口からは言えなかった。
今のところユグドラシルの葉を飲んでいれば、発作は収まっているんだ。
無理やり真実を伝えても、ノエルにショックを与えるだけだろうし……。
できる限り、ノエルにはいつも笑顔でいてもらいたい。
毎日学校へ行っていた自分とは違って、ノエルはいつも孤児院の中で、狭い窓から外の世界を眺めていた。幼い頃からずっとそうだったんだ。
なんで、ノエルだけがこんな辛い思いをしなくちゃいけないんだろう。
「……本当にごめん、ノエル。いつも僕だけ外に出かけに行っちゃって」
ノエルに代わって僕が病を引き受けられたら、どんなによかっただろうって毎回思う。
悔しさでつい拳にギュッと力が入る。
けど。
「またお兄ちゃん謝ってるよー?」
「えっ」
当の本人はけろっとした顔で。
そんなことなんて、まるで気にしていないって感じだった。
「外に出るのがお兄ちゃんのお仕事でしょ?」
「う、うん……」
「だったら、謝る必要なんてないよね? ノエル、お兄ちゃんが冒険者として活躍してるの、ほんとーに誇らしく思ってるんだから! それに夕食の時、毎日外であった話を聞かせてくれるじゃん? そゆの聞いてるだけで、ノエルは十分しあわせなんだよっ♪」
励まさなくちゃいけないのは、僕の方なのに……。
なんで、こんなにもノエルはキラキラと輝いた目をしていられるのかな。
「……ありがとう。僕、冒険者の仕事もっとがんばるから」
今は、そう返すことが精いっぱいだった。
「うんっ! すっごく期待してるんだからねー? お兄ちゃんは絶対に有名な冒険者になるんだって! んへへ♪」
ノエルのためにも、一流冒険者の証を手に入れる。
それしか、僕がノエルのためにしてあげられることはないんだ。