『異種族小学校』ルキナさんはいつも僕を先生にチクる~異世界小学校の帰りの会は、いつも大変です~
連載候補の短編です。
この教室には魔女がいる。
5時間目の授業が終わり、掃除の時間も終わると、異種族小学校5年1組の男子には憂鬱な時間が始まる。
「これから帰りの会を始めます。皆さん今日あった事を報告してください」
教壇に立つ『龍人族』の先生がそう言うと、一気に女子たちの糾弾が始まった。
「はい! 今日フック君が漫画を持ってきてました!」
チラリと『ハーフリング』フック君の席を見ると、女子を睨みつけながら机の下で拳を固く握り絞めている。
それが彼にとっての抵抗なんだろう。
女子はそんなフック君の姿をニヤニヤと見つつ、先生の返事を待つ。
短い沈黙の後、先生の大きな口がゆっくりと開いた。
「なるほど、報告ありがとうございます。フック君は後で職員室に来てください」
「……はい」
バカな奴だ、学校に不要物を持ってくるなど初心者のする事。
そんな基礎的な事も出来ないのならば、この地獄の帰りの会を生きて帰ることは出来ない。
【右を見て、左を見て、もう一度右を見てから不要物は取りだせ】
『獣人』ゴッシュ君の格言だ。アイツそれを破りやがったな。
女子の目を甘く見るなよ。奴らは常に僕らの一挙手一投足を見ているんだから。
と言うかキミはハーフリングなんだから、気配を察知するのは人間の僕よりも得意だろう。
(……っ! まさか!)
……エッチな本か? エッチな本を読んでいたから集中しちゃって気づかなかったんだな!? 破廉恥な奴だ! 後でみんなで確認しなくては。
開始5分でフック君がやられた。
だが、男子もこのままやられている訳にはいかない。
今日こそあいつら女子に一泡吹かせてやるんだ。なんたって僕らにはとっておきのネタがあるからな。
「はい!」
教室の天井に指が付いてしまうんじゃないかと言う勢いでゴッシュ君が手を挙げた。
ゴッシュ君の目は真っすぐに先生の目を見つめ、その射貫くような目はまるで獲物を狙う飢えた獅子の様だ。
いや、ゴッシュ君犬の獣人なんだけどね。
(いけ……言ってやれ! アイツらに男子の本気を見せてやるんだ!)
男子たちの重いを一身にその背中に託されたゴッシュ君は、ゆっくりと立ち上がり一度大きく深呼吸をした。
そして、目をカっと見開いたかと思うと、教室中に響き渡る声で大きく叫んだ。
「今日! イレーナさんが! メイク道具を! 学校に持ってきてました!」
クラス中に木魂したオオカミの遠吠えの様な雄雄しき声は、僕達のクラスにひと時の静寂をもたらすのには十分だった。
──時計の音しか聞こえない教室に。
「ありがとう……ゴッシュ君」
フック君の声が小さく響いた。
【英雄】
今まさにゴッシュ君は英雄となったのだ。
まるで勇者様と共に世界を救う剣聖様の様に、彼の伝説がここから始まる。
「俺も見ました!」
「俺も!」
英雄の誕生に男子たちの心に火が付く。
一人で戦わせてなるものか! 俺たちも戦うんだと、男子たちのボルテージは一気に上がる。
(ようやく女子に一矢報いる事が出来た!)
──そう思った矢先。
「メイク道具なんて持ってきていませ~ん」
『ミミック娘』イレーナさんの口から出るはずのない言葉が出た。
「なっ……そっ……そんな筈はない! 俺は確かに見ました! 昼休みに確かにイレーナさんがメイク道具を出してウルルさんと話していたんです!」
「それはゴッシュ君の見間違いじゃないですかぁ~? 何ならランドセルの中を調べて貰っても構いませんけどぉ~?」
イレーナさんは戸惑うゴッシュ君を挑発するようにランドセルの蓋をパカパカと開け閉めし、なんと! あっかんべ~と長い舌を出してきた!
「くっそ! 舐めやがって! 絶対に俺は見たからな! この中にあるはずだっ!」
その様子に怒ったのだろう、ゴッシュ君はイレーナさんのランドセルを強引に奪い取り、中を確認した……瞬間──ゴッシュ君の動きが止まった。
「なっ……無い!? メイク道具が……無い……だと!?」
イレーナさんのランドセルの中を確認するゴッシュ君の顔がどんどん青ざめていくのが分かる。
ゴッシュ君の犬耳は垂れ下がり、「最近先っぽの毛が白くなってきたんだぜ! すげーだろ!」と獣人族にしか伝わらない自慢をしていたフサフサの尻尾もぺたんと垂れ下がっていく。
(いや……そんな筈はない……僕も確かに見たんだ! 昼休みにイレーナさんがメイク道具片手にウルルさんと話していたのを!)
「そろそろ私たちもぉ~メイクくらい覚えなきゃ~みたいな感じはあるよねぇ~」
と、ウルルさんにイキっているのを!
(待てよ……イレーナさんは……ミミック娘……まさか!?)
僕の脳裏にある予想がよぎった瞬間──ゴッシュ君は叫んでいた。
「貴様あああああ! どうせこの宝箱の中に隠したんだろ! 見せろ!」
「きゃあああ! エッチ!」
ゴッシュ君がイレーナさんの下半身──宝箱の中に手を突っ込もうとした瞬間。
──凛とした声が教室中に響き渡った。
「ミミック娘のイレーナさんの宝箱の中を覗こうとするのは、女子のスカートを覗こうとするのと同様です。後藤君はメイク道具を探すと言う口実の元にイレーナさんのパンツを見ようとしているのではないでしょうか」
ざわめく教室に凛と透き通った声を響かせたのは、腰まである艶やかな黒髪をなびかせながら席を立ったハーフエルフ『放課後の魔女』ルキナさんの一声だった。
静まる教室。
先生がゆっくりと口を開いた。
「ゴッシュ君も後で職員室に来てください」
「なっ! 先生! 俺は確かに見たんです! 絶対にこの宝箱の中にある筈なんです!」
職員室行きを命じられたゴッシュ君は必死に弁明をしようとするが……。
「では、イレーナさん『質問』です。その宝箱の中にメイク道具があるのですか?」
先生の魔力を込めた一言。
この魔力に当てられては、僕達は嘘が付けなくなる。
「いいえ。ありませぇ~ん」
先生の『質問』にイレーナさんが答えると、ゴッシュ君は信じられないと言った表情で学理と肩を落とした。
そして続けざまに『放課後の魔女』ルキナさんの声。
「やっぱりゴッシュ君の目的はパンツだったんですよ」
「ルキナさんが言うならそうなんでしょう。では、ゴッシュ君後で職員室へ」
「……はい」
その光景を見て僕は改めてこの教室の支配者はルキナさんだと思い知る。
品行方正、才色兼備、成績優秀と、修飾する言葉を挙げればきりが無い完璧人間。
しかし、その本質は帰りの会で男子たちに苦汁を呑ませることを生きがいにしている魔女なのだ。
我らが英雄ゴッシュ君が敗れ、僕らは大敗を屈した。
もう男子たちに立ち上がる気力は無い。
場の熱気も一気に冷め、今日の帰りの会もここで終わりかに見えたその時──
「はい」
魔女が手を挙げた。
真っすぐに伸ばしたその手に、僕は死神の鎌の様なイメージを連想する。
感覚で分かる、僕だ。今日もまた僕が狙われている。
しかし、今日僕は一切ミスはしていない筈だ。
(この帰りの会でも沈黙を貫き通してきた! 何も言われる筋合いはない!)
そんな僕の思いをよそに、ルキナさんはすっと席から立ち上がり僕を見る。
温度が無い、まるで氷の様な目だ。
そしてゆっくりと魔女の口から呪詛が発せられた。
「今日の昼休みのドッチボールでアルト君がずっと私を狙ってきました。私……すっごい怖かったです」
「ちっ……違います! それは……」
「アルト君も放課後職員室に来てください」
僕に反論する余地など許される筈も無く、放課後職員室に呼び出される事になった。
〇
放課後、フック君とゴッシュ君と僕は先生にしこたま怒られ、書き取り10ページと反省文の宿題を出された。
日も暮れて、夕日が地面を赤く照らす頃。
僕達三人は学校近くの空き地に集まる。
「あ~あ……漫画没収されちゃったよ……まだ全部読んでなかったのに」
「くっそー! 今日こそ女子たちに一泡吹かせられると思ってたのに! あいつメイク道具どこに隠したんだよ!」
三人仲良く怒られた後、いつものようにこの空き地でフック君とゴッシュ君は帰りの会の愚痴をこぼす。
そして、一つ大きなため息を付いたかと思うと、ゴッシュ君は僕に向けて同情の目を向けながら呟いた。
「でもさ、一番理不尽だったのはアルトだった説あるよな」
「うん……僕絶対に悪くないよね」
事の真相
それは昼休み、第三十二回男女対抗ドッチボール大会でのことだった。
僕と、ルキナさんはお互い最後の一人。
二十往復以上の壮絶なラリー、十分以上にわたる激闘を制したのは僕ら男子チーム。
最後はルキナさんがキャッチの際に足を滑らせた事による勝利だった。
放課後の空き地で、フック君が足元の石を蹴りながら僕に話しかける。
「あれってアルト君に当てられたのが悔しかったからじゃないの~? うーん……でもルキナさんっていつも帰りの会でアルト君の事を攻撃してるよね~」
「それってお前の事好きなんじゃねえの!? アイツなんだかんだ言って顔は良いし付き合っちゃえよ! 手とか繋いじゃえよ! ひゅーひゅー!」
「うっ……うるさいなあ! そんなことないよ! 多分……僕の事嫌ってるだけだよ!」
夕暮れの空き地での馬鹿話、いつも通りの光景。
このままずっとここで話しているのも楽しいが、僕達には書き取り10ページと反省文の宿題がある。
それを思い出したのか、ゴッシュ君は地面に置いていたランドセルを背負いなおした。
「じゃあ、そろそろ俺は帰るわ! 下らねえ反省文を書かなきゃいけないしな!」
「そうだね~兄貴から借りたエッチな漫画を没収されたって言ったら……兄貴怒るかなぁ~」
「エッチだったんだ!」
そんな会話を最後に、「じゃあまたなー」と言うごっしゅくんの声で僕らは解散する。
〇
空き地から家柄の帰り道、僕は夕焼けで赤く染まった空を見上げながらポツリと呟いていた。
「あーあ、反省文なんて書けばいいんだろ」
ドッチボールでボールを当てたから怒られるって、いったい何を反省すればいいんだとこれから書く無理難題に憂鬱な気持ちになっていると──
後ろから凛とした声が響いた。
「それなら今後僕はルキナさんのボールはキャッチしませんって書けばいいじゃない」
振り向くとそこにいたのは……。
「げ、ルキナさん……なんでこんなところに……」
『放課後の魔女』ルキナさんだった。
「アルト君と私の家って同じ方向なのよ? だから私あなたがちゃんと反省しているか確かめるために待ってたの」
(先生に怒られ、その後僕達が空き地で喋ってる二時間も待っていたのか……どれだけ僕の事が嫌いなんだ……)
と、思いながらも、僕はルキナさんに少し意地悪をしてみる。
「じゃあ、ルキナさんのボールを割けるのは良いって事?」
「ダメに決まってるじゃない」
(そんな理不尽な……それじゃあルキナさんに絶対に勝てないじゃないか……)
「当たり前よ。ルキナ君は絶対に私に勝てないの」
心を読まれた。
多分能力じゃなくて、僕の表情から読まれた。
「ちなみにあなた達、秘密の話をするならもっと小声でした方がいいわよ。帰りの会の前にイレーナさんのメイク道具の件を誰が言いだすか話していたでしょ? 丸聞こえだったもの」
「え!? って事はやっぱり!?」
「そうよ。イレーナさんはメイク道具を持ってきていたわ。帰りの会では私が預かっていたけどね」
やられたっ……放課後の魔女は地獄耳でもあったのか!
「それと私があなたの事を好きとはバカみたいな話が聞こえてきたのだけれど。そんな事あるわけないじゃない」
んげ……空き地での話も全部聞かれてた。
「少なくとも私に勝てないようではあなたと手を繋ぐ事も付き合うことも無いわね」
ルキナさんはそう言うと、振り向き、ランドセルを揺らしながら帰っていく。
「あれ? 同じ方向じゃなかったの?」
僕が声をかけると、ルキナさんは満面の笑みで振り返りながら……。
「ばーか」
と、走り去っていった。
夕焼けに照らされたルキナさんの顔はとても真っ赤で……なんとなく僕は、その場で固まったまま、揺れるランドセルが小さくなるまで動けないでいた。
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