「イベリアのサバト」前狂言
(弁師)
そもそも人間なんてやつぁ、
礼儀正しく、奥ゆかしく、余計な事を言わず・・・
野心を抱かず、不相応な夢を見ず、仕事をさぼらず、
毎日の祈りを欠かさず、
主への感謝を忘れず、
隣人への気遣い、
他者への配慮を失わず・・・
それこそホラ、
あんたらが後生大事にしている
聖書に書いてある通りに生きれば、
大概、無難に生きていけるってぇもんで。
まぁ、羊飼いだろうが、樵だろうが、金貸しだろうがさ、
大抵、これで上手く生くもんです。
ただね、芸術家と呼ばれる連中だけは例外だ。
あいつらは神の残した残飯を漁る浅ましい野良犬なんですよ。
美だ、高尚だと仄めかし、
人の悲しみを歌に変え、人の不幸を詩にして、
自慢げに見せびらかすってぇんだから、おぞましい奴らよ。
奴らは神の神秘という山の頂への獣道を見つけて、
登っていける登山者なんですよ。
大体が遭難しますがね。
まぁ、そりゃあ自業自得ってもんだ。
奴らは性格が悪くなきゃ勤まらねぇ。
結局の所、優しい奴にゃ、おぞましい程の情熱なんて持てねぇんです。
恐ろしい程の輝きを持った歌や絵画は生み出せねぇ。
わがままで、身の程知らず、他者とも上手くやっていけねぇ。
子供のように泣き叫び、
狂人のように熱中する。
悪魔よりも傲慢で、天使よりも弱虫だ。
まっ、魔女共だって負けず劣らず、
どうしようもない連中ですがね。
その代わり奴らがその作品やらに込めた鋭い魂の輝きに関してだけは
ある程度は保証できるってわけですよ。
ある程度はね。
ん?
実際、どの程度の保証なのかって?
そりゃあ、旦那。
ご自分の目で確かめる他、無いのでしょうよ。
結局はご自信の魂の領域なんですからね。
いいですか?
これからお渡しする四枚の手紙。
ああ、確かに古いものですよ。
主人のいない古い納屋の中から見つかったものです。
時代が時代。
リベラだか、あるいはフランコだかの内戦時代、
とにかく、せわしない時代だったものだから、
誰もそんなものに構ってられなくて、
その納屋の所在も、見つけた仔細も
今となってはわからぬのです。
とんでもなく価値のあるものかもしれませんが、
そんなわけでね、
我ら価値のわからぬ学会に入れぬ田舎者メンバーが
無造作に所有してるという代物です。
こいつを読んで御覧なさい。
まぁ、大した色物じゃありませんか?
可愛げのない連中の性分が少しはわかるってものでしょう。
この手紙をね、
流行だとか、善心だとか、良識だとかに囚われて、
見てるようじゃあいけませんよ。
それこそ本当に時間の無駄というものだ。
良識なんてものは、あなたが孤独になって心苦しい時に
同じく寒空の中を震えているような奴を召喚する
呪文程度に覚えておけばいいのです。
ねぇ旦那。
芸術を嗜む時だけは悪党になってりゃいいんです。
とんでもない悪党にね。
えっ?
悪党ってどんな悪党だって?
そりゃ旦那。
貴方様のありのままの本心の姿。
それで充分ですとも。
それを超える悪党なんて、
どこに行けば出会えるというのです?
聖書を持っている善人なんて、
まったく、聞いた事もございませんや。