優先席
あなたを待っていた。
いつもの検診。
いつもこの駅から乗車する。
優先席に座ろうとすると…
見慣れない妊婦さん。
「こんにちは。何カ月ですか?」
とても優しい雰囲気の女の人だ。
「9カ月です。」と答えると、
私もです。とふふっと笑う。
すぐ意気投合し、降りる駅まで色々とおしゃべりをした。
産まれてくる赤ちゃんのこと、準備する物や、出産についてなど…。
知り合ったばかりだけど、同じ妊婦さんとの会話は楽しく、心強かった。
「ありがとうございました。ここで降ります。」
「こちらこそありがとう。またね。」
優しい笑顔の女の人。彼女がどこで降りたかはわからないが…
また会えたらいいな。
2週間後の検診。
いつもの駅から乗車すると…
また彼女が優先席に座っていた。
「また会いましたね。」
その笑顔で空気が安らぐ。
「はい。また今日検診なんです。」
彼女の優しい顔が次の瞬間に悲しく曇る。
「実は...夫が亡くなってしまって、1人で産んで育てなきゃいけないんです。」
「え?!」
「妊娠が分かってすぐ、交通事故にあって...」
...まさか、そんな事があったなんて...。
何て言ってあげたらいいのだろう?
「悲しかったですね。辛かったですね。1人で大変ですけど、大丈夫です。きっと大丈夫。」
こんな言葉で彼女を慰めてあげれるか、分からない。
一人で産んで育てるのがどれだけ大変か...想像もつかない。
「ありがとう。」
彼女は涙を滲ませながら笑った。
10ヶ月になり、検診が週に一回になった。
いつもの駅に降りると、ホームに吹き抜ける風が生温かい。何故か背筋がゾッとする...。
ホームに静かに電車が着く。
ドアが開くが、何故か足がすくむ....。
検診に行かなきゃと急いで足を入れる。
優先席にまた彼女が居る。
いつもの優しい笑顔が今日は何故か不気味だ...。
吸い込まれる様に彼女の隣へ座る。
「...やっと10ヶ月になりましたね...。」
「...」
声が...出ない...どうして?
「私は待っていたんです。あなたが10ヶ月になるのを。」
...どう...いう事?
体が金縛りの様になり動けない...。
「1人の悲しい女の話をしてあげます。」
「その女は夫を交通事故で亡くし、1人で赤ちゃんを産む事を決めました。ところが...10ヶ月になり、検診に向かっている電車の中で倒れてしまいます。」
これは...まさか...この人の話?
「お腹を強く打ち...赤ちゃんは産まれることはありませんでした。そして...その女はこの駅から線路に飛び降り、命を経った...。」
そんな...今目の前にいるのは...幽霊?
電車が急停車し...
車内にどんよりした不気味な空気が流れる...。
身体がガタガタ震える...
足元には生温かい赤い液体が広がっていく...。
彼女は血塗れで呟いた...。
「あなたの赤ちゃんを...ちょうだい。」
終




