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「す、すみません、村松は…」
「え?」
女の顔が険しくなった。
「私が村松ですけど」
女の予想外の答えに僕は混乱した。
「む、村松毅の部屋ですよね?」
「毅? 私は村松塔子ですよ」
「え!?」
僕はそのとき、ようやく眼の前の女の声や喋り方が以前、話した塔子のものだと気づいた。
村松の部屋に塔子が居る。
僕はますます、わけが分からなくなった。
「村松毅…ですよ? あなたと付き合っている…」
「は?」
塔子が嫌悪感を露にした。
僕を見る眼が明らかに不審者に対するものだ。
「私は誰とも付き合ってませんし、そんな人は知りません! もう帰ってください! 警察を呼びますよ!」
ドアがガチャンと閉まる。
僕は何も出来ずに立ち尽くした。
しばらくしてから、マンションを出て車に戻り、自分の家に帰った。
「どうしたの!? 顔が真っ青よ!?」
部屋に帰ると和美が出迎えてくれた。
そんな大したことはしてないのに、僕は疲労困憊だった。
フラフラと部屋に入って、半ば倒れるようにベッドに座った。
和美も隣に座って、僕が握り合わせた両手に柔らかい両手を重ねてくる。
僕は塔子を思い出していた。
何故、彼女は村松を知らないと嘘を?
村松は自分が消えると言っていた。
まさか、塔子が村松を監禁…もしくは殺し…いやいや、縁起でもない!!
「大丈夫?」
和美が心配そうに訊く。
僕は頷くのが精一杯だった。
あまりにも不可解な事件が起こっている。
ふと村松の最後の電話の内容が浮かんだ。
村松は塔子が自分の妄想だと言った。
それが真実だとしたら、どうだろう?
自分でもバカバカしいと思う。
でも、そう仮定すればこの一連のおかしな事態に説明がつくのじゃないだろうか?
村松の妄想は現実の女、塔子を産み出した。
2人は恋人同士になる。
妄想はどんどん強化され、塔子はますますリアルになり、ある程度の実体を持つ。
幸せな日々が続く。
だが、ある時点を境に、村松の妄想のエネルギーが塔子に対して一気に傾き、止まらなくなる。
村松の存在は次第に薄まって、逆に塔子は本当の人間へと…。
そして全てを塔子に注いでしまった村松の存在は、ついにこの世から消えてしまった…。
あり得ないだろうか?
憔悴しきった僕を慰めるように、和美が頬に触れてきた。
僕も彼女の美しい顔に右手を伸ばす。
「あ!?」
思わず、声が出た。
和美の頬に伸ばした僕の手は半透明だった。
慌てて左手も見る。
同じく半透明だ!!
そんな…そんなバカな!?
これは…こんな、こんなことって!?
「和…美…」
そう言った僕の声は、最後に話した村松の声と似て小さく弱々しい。
僕を見つめる和美の顔。
それはとても美しく、まぎれもない現実で。
おわり
最後まで読んでいただき、ホントにありがとうございます。
大感謝でございます(T0T)
上手くまとまったと思います。←手前味噌(笑)