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僕は意表を突かれて思わず黙った。
誰だ?
「私…」
しばらくして、女が再び喋り始める。
「塔子といいます。毅さんとお付き合いしている」
毅は村松の名前だ。
いや、それよりも…何だって!?
今、この女は塔子と名乗った。
村松が妄想した幻の彼女の名だ。
急に口の中が乾いてきた。
背筋が、ぞくりとする。
「こ、この携帯…村松の…」
僕は何とか疑問を口にした。
「はい。彼、今日は熱が出てしまって。仕事はお休みしました。今、寝てます。あ、看病は私がちゃんとやりますので、ご心配なく」
塔子と名乗る女はスラスラと流暢に話した。
何だ、これは…?
まさか村松の妄想の女が…いやいや、そんなバカな!!
じゃあ、この塔子を名乗る女は、いったい誰なんだ?
「実は」
塔子が続けた。
「どうしても柏木さんに言いたいことがありまして」
「………」
「昨日、毅から聞きました。柏木さんが私と別れるように勧めたって」
これは…。
もしやイタズラなのか?
村松が同僚の女性に頼んで…いや、村松はこの手のイタズラはしない。
村松がこんなことを頼めるほど親しい女性が居るとも思えない…。
「いくら毅の友達でも、ひどすぎます。私は真剣に毅と付き合ってます! 彼を愛してます!!」
電話口で声を荒げる彼女の声を聞いていると、僕の頭にもうひとつの可能性が浮かんだ。
村松は昨日、塔子が妄想の産物のように言っていたが、本当は現実の彼女が居たのではないか?
その彼女、塔子が昨日の僕の話を聞いて、頭にきて電話をかけてきた?
いやいや…。
それなら何故、現実の彼女を妄想だなんて言う必要がある?
素直に僕に「彼女が出来た」と報告すれば良いだけでは?
「だから2度と」
塔子の口調は強くなって、僕を責めるような色を帯びてきた。
「毅に変な事を言わないでもらえますか?」
「あー」
僕は相手の圧力に押されて、たじたじになった。
ただ、声を出すだけで「はい」とも「いいえ」とも言えない。
するとそれを不服に感じたのか、塔子の声がさらに力強く大きくなる。
「約束してもらえますか?」
「は、はい」
思わず、そう答えていた。
有無を言わせない迫力が塔子の声にはあった。
もちろん、そんなはずはないのだけれど、村松が言っていた妄想の存在とは全く思えない、はっきりとした意思を感じさせる声だった。
僕が無言でいると、そこで電話が切れた。
僕は呆然とスマホ画面を見つめた。
いったい何だったのか?
正直、よく分からない。