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「最初は俺もすぐに『何をやってるんだ』ってなった。でも容姿や設定を細かくしていくと、だんだん妄想できる時間が長くなってくる。そうすると」
村松の口調は次第に熱を帯びてきた。
「今度は部屋の中に、うっすらと彼女の姿が見えてくるようになった」
「おいおい」
「まあ、最後まで聞けって」
「………」
「本当にそこに存在するように感じるんだ。彼女の息づかいや良い匂いだってする。そうそう、レスリングの練習で相手が実際には居ないのに、眼の前に居ると仮定して動いてたのを思い出したよ」
「うーん」
僕は首をひねった。
「シャドーボクシングみたいな?」
頭の中で対戦相手を想像してパンチの練習をする話は聞いたことがある。
「ああ。それが近いと思う。相手をイメージして練習するのは、とても大事なんだ。意識するのとしないのでは大きな差がある。そういう練習をしてたのが、妄想の彼女の役に立ったのかもな」
突拍子もない活用法があったものだ。
「そして、とうとう次の段階に入った」と村松。
「まだ続けたのか?」
僕の呆れ声にも村松は怯まない。
「ここまで来て辞めるのはもったいない。せっかくかわいい彼女が眼の前に居るのに。まあ、俺の部屋の中にしか…現実には居ないけどな」
そう言って「ガハハ」と笑う。
僕はますます心配になってきた。
だけど、村松を正気に戻すためにも出来るだけ詳しく事情を聞かないと。
ここまで来ると、もう冗談では済まされないのだ。
「俺は彼女に話しかけてみた」
「?」
「『塔子』って。そう、名前は好きな映画のヒロインから付けた」
「………」
「すると…本当に驚いたが、彼女が…塔子が返事したんだ。『何?』ってな」
「ちょっと待て」
「何だ?」
「その…塔子は現実には存在しないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、返事なんてするわけないだろ」
村松がニヤリと笑った。
嬉しそうだ。
「不思議だよな。俺も最初は『まさか』と思ったよ。でも本当に返事したんだ。もちろん、俺の頭の中だけなんだけど」
僕は絶句した。
これは相当な重症だ。




