狐の赤子(創作民話15)
その昔、嘉平という年若い猟師がおりました。
ある日の裏山でのこと。
狐を見つけた嘉平はすぐさま鉄砲をかまえ、その狐にねらいをさだめました。
狐も嘉平に気づいて身を低くしました。ですが、なぜかその場から逃げようとしません。
と、そのとき。
子狐が二匹、そばのやぶから飛び出しました。
――あっ!
母狐を撃ち殺せば、いずれ二匹の子狐も飢えて死ぬことになります。
とっさに嘉平は、かまえていた鉄砲をおろしたのでした。
それから数日後。
嘉平が山道をのぼっていますと、道の少し先に先日の狐が現れ出ました。
この日も狐は逃げませんでした。それどころか何度も振り返るようにして、まるで嘉平をさそうようなそぶりをしました。
――ついていってみるか。
嘉平は狐のあとを追いました。
狐が山道をそれます。
するとどこからか、赤子の泣き声が聞いこえてきました。
嘉平が泣き声のもとにかけ寄ってみますと、なんとそこには人の赤子が捨てられていました。
――なんでこんなところに?
嘉平は奇妙に思うとともに、赤子を哀れに思い抱き上げました。
――うん?
いつかしら狐の姿が見えません。
嘉平は思いました。
ここに赤子が捨てられてあることを、あの狐は自分に教えようとしたのだろうと……。
嘉平は赤子を女房に見せ、裏山での一部始終を話して聞かせました。
「かわいそうに」
女房はいとおしそうに赤子を抱きました。
「この子は神様から授かりものだ。ワシらの手で育てようじゃないか」
「お願いが叶えてもらえたんだねえ」
子のない嘉平夫婦。
かねてより村の神社にお参りをして、子が授かりますようにと祈っていたのでした。
三月ほど過ぎたころ。
嘉平夫婦は寝ずに赤子につき添っていました。
赤子が高熱を出したのです。
その夜。
嘉平夫婦は赤子を見て、腰を抜かさんばかりにおどろきました。なんと赤子が、いつしか子狐になっていたのです。
嘉平は母狐とともにいた二匹の子狐のことを思い出しました。
「あのときの子狐だったんだ」
あの母狐は、嘉平夫婦が神社にお参りをして、子がほしいと祈っていたことを知っていたことから、我が子の一匹を分けてくれたらしいのです。
「この子は狐にとっても大切なはず。ねえ、すぐに返してやりましょうよ」
女房が子狐を見て言います。
「ああ、あの母狐もつれえだろうからな」
その日の朝。
嘉平は子狐を抱き、さっそく母狐と会った裏山に向かいました。
そこには母狐がいて、その母狐に寄り添うように子狐もいました。
子狐は一匹だけです。
「やはりオマエがこの子を……」
腕の中の子狐がこの母狐の子だと、嘉平はすぐさま確信しました。
「この子を返しに来た」
嘉平は子狐を放しました。
子狐が母狐のもとに走り寄ります。
「オマエは知っておったんだな、ワシらが子をほしがっていたことを」
「神社でお参りをされているところを、常々お見かけしていたものですから」
「やはりのう。それでオマエは、我が子の一匹をくれようとしたのだな?」
「あのとき嘉平殿は、わたしを撃たずに見逃してくれました。そのご恩に報いたいと思いまして」
「そうではない。ワシは幼子のいるオマエを撃てなかっただけだ」
「同じことなのです。我が身が無事なことで、こうして我が子も育っておりますので」
「だが、その子は見てのとおりオマエの子だ」
「お詫びいたします。この子は幼いゆえ、ついぞ元の姿にもどってしまったことを。次こそは、人間のままでいるよう、強く言い聞かせますので」
「いや、それにはおよばんぞ。その子がいくらうまく人に化けようが、オマエの子にちがいない。だからオマエのそばにおるべきなのだ」
「嘉平殿、このご恩はかならずや」
母狐は子狐を抱き寄せ、立ち去る嘉平のうしろ姿に深々と頭を下げたのでした。
その後。
嘉平夫婦に子が授かりました。
嘉平は、狐が授けてくれたのだと思いました。
このことは近隣の村にも知れ渡ることとなり、嘉平夫婦の住む村の神社には、いつしか子を望む者が参るようになりました。
この神社。
今では赤子神社と呼ばれ、子を望む多くの者が参拝しています。そして赤子神社の本殿には、母狐と母狐に寄り添う二匹の子狐が祀られています。