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Beloved Person  作者: タカ
9/31

9話

マールが目を開けると窓から月明かりが差し込んでいた。

いつ眠ってしまったのか全然思いだせない…

昼食を取ろうとしたが食欲が出ずなかなか口に入らなかったので、廊下に出たところまではうっすらと覚えている。

ゆっくりと体を起こすと、椅子に座ったままベッドにうつぶせになってキースが眠っているのが分かった。

何故キースがここにいて…眠っているのだろう。

とりあえずこのままだとキースが風邪を引いてしまうので近くにあった上着をキースが起きない様にゆっくりとかける。

やはり起こしたほうがいいのか、マールが迷っていると部屋のドアが開いた。

ドアの方を見ると洗面器を持ってパールスが顔を覗かせた。

体を起こしているマールの姿を見て、パールスは少し顔を綻ばせた。


「体はどうだい?」

「…大丈夫です」


机に洗面器を置いてパールスは自分の額とマールの額に手を当てて熱を測ってみた。

数秒当てていると、一つ息を吐いた。


「熱は大分下がってきたようだね。でも、まだありそうだから寝てなさい。無理して風邪を長引かされても困るからね」

「…はい」


キースを起こさない様にマールが横になるとパールスは絞ったタオルをマールの額に乗せた。

マールはタオルを落とさない様に手で支えるとパールスに視線を向けて声をかけた。


「あの…パールス様」

「ん?なんだい?」

「なんでキース様がここで眠っているんでしょう…」


パールスはマールの質問に笑みを零した。


「自分の執務を終えてからずっとあんたにつきっきりで看病してたから疲れたんじゃないかな」

「…つきっきりで、ですか?」

「あぁ、旦那さまや奥さまが何を言っても離れようとしなかったんだよ。食事もここで取ったし」

「そういえば…今何時ですか?」

「日付が変わった頃だろうね。さて、私はそろそろ戻るよ」

「え、あ…」


マールが引きとめる間もなくパールスは部屋から出て行ってしまった。

このままキースを寝かせたままでいいのだろうか…、それに風邪をうつしてしまう可能性もある。

どうしようか少し迷った後、マールは体を起してキースを起こすために体を軽く揺さぶった。


「キース様、起きてください。キース様…」

「ん…」


キースはゆっくりと体を起こし、目をゴシゴシとこする。

その仕草が小さい頃に二人で寝ていたころと変わってなく、マールはつい笑ってしまった。

その笑い声を聞いてキースは一気に目が覚めた。


「マール…」

「あ…。も、申し訳ありません」


キースの自分の名前を呼ぶ声を聞いたマールが笑うのをやめて頭を下げてきた。

どうやら怒っているように取られたらしい。慌ててキースはフォローの言葉をかける。


「怒ってないから、そんな風に頭を下げるなって。それよりもお前熱は?」


キースはまだ頭を下げたままのマースの額に手を持っていくが、マールは頭を下げたままなためそれに気付かない。

マールの額にキースの手が当たったかと思うと、急にマールが頭を上げた。

その勢いにキースは驚いてしまったが、それ以上にマールの顔が赤いのに驚いた。


「お前…顔赤いぞ。また熱が上がったか?」

「だ、大丈夫です。それよりもキース様、そろそろ部屋にお戻りください」

「…なんでだ?」

「ここで寝ると風邪をひいてしまいます。それに私の風邪をうつしてしまうかもしれません。ですから、部屋にお戻りください」

「いやだね」

「…え?」


まさか拒否の言葉が返ってくるとは思わなかったマールは顔が固まってしまった。

キースは座っている椅子の向きを変えなおすと背もたれにうつぶせの格好のように腕と顔を乗せる。


「お前は俺の言うことを聞かないのに何で俺だけがお前の言うことを聞かないといけないんだ」


キースの子供が言うような言葉にマールは言葉を失った。

さらにキースの顔を見ると拗ねたような顔をしている。顔自体は大人っぽくなってはいるがどこか小さい頃の面影も残っている。


「キース様…、そんな子供のようなことを言わないでください」

「別に子供っぽくてもいいし。…そうだ、これから業務時間以外に俺のことを『キース様』って呼んだら返事しないことに決めた」

「え!?」

「もう決めたから」

「あのですね…、キース様」

「…」


本当に返事がない…。

マールは自分のことを頑固な方だと自覚はしているが、それと同じくらいキースが頑固なことも知っている。

恐らく本当に『キース』と呼び捨てにしないと返事はしてくれないだろう。かと言って、簡単に言えるわけもなく…。


「キース様、いい加減にしてください」

「…」

「キース様…、もう知りません!」


返事をしてくれないのなら、こっちからも声をかける必要はない。

そう思いこんでマールは横になって布団をかぶった。

もうこの時点で使用人の態度としては失礼ではあるが、マール自身少しイラついているためそれに気付かない。

マールのそんな子供のような態度にキースの口から笑いがこみ上げる。


「さっきは素直だったくせに…」

「は?『さっき』というのは一体どういうことでしょうか?」


マールはキースに言葉に心当たりがないので起き上がる。

マールからの質問にキースは溜息を吐く。

内心そうじゃないかと思っていたが本当に覚えてないらしい。


「やっぱり覚えてないのか…。まぁ、そうだと思ってたんだが」

「あの…何か私してしまいましたか?」

「俺のことを『キース』って昔のように呼び捨てで呼んでくれたぞ?それに『手を握って』っておねだりしてくれたんだけどなぁ…」

「え!?」

「まるで子供のころのように自然に呼んでくれたから戻れるかなぁって期待したんだがなぁ…」


キースはそういうとマールの手をそっと握った。

驚いてマールはキースの顔を見ると、キースは真面目な顔をしてマールのことを見つめていた。

その視線にマールは喉が詰まる。視線を逸らそうにもなぜか逸らせなかった。


「…なぁ、マール。俺のことが嫌いか?もう昔のように俺と話したくないのか?」

「そ、そんなことは…」

「なら、俺のことを呼べるよな?」

「それとこれとは別じゃ…」

「ん?俺が聞きたいのはそんな言葉じゃないぞ?」

「そ、それよりも手を離してください」

「お前が名前で呼んでくれたらな」

「なっ!?」

「今決めた。こうでもしないと本当にお前言いそうにないし。ほらほら、俺を部屋に戻したいんだろ?」


キースの顔を見ると本当に離さないような気がする…。

マールはキースの顔を伺いながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「手を離してください…、キース」


その言葉を聞いてキースは笑顔になってパッと手を離す。


「うん。まぁ、今日のとこはこれぐらいにするか」


キースは立ち上がると椅子を元の場所に戻し、茫然とキースの姿を見ていたマールを横に倒した。

するとマールはビクッと体を震わす。

キースは苦笑いを浮かべるとマールの近くにあったタオルを手に取る。


「今日は戻るよ。本当に風邪を引いたらお前が責任を感じそうだしな」


そう笑顔で言うとタオルを絞り直してマールの額に乗せる。

そして、頭をポンと叩くとマールから離れていく。


「おやすみ、マール。ゆっくり休めよ」


キースがドアに手をかけたのを見てマールは声をかける。

一回言ったならもう一回言っても変わらない…。今日だけ…今日だけだから。

そう自分に心の中で言い聞かせて…。


「おやすみなさい…、キース」


その言葉にドアを開けたキースが振り返る。

まさかまた呼んでもらえるとは思ってなかったからだ。

そのまま出ようとして、キースは伝え忘れていたことがあることに気付き最後に一言マールに告げる。


「ちなみに明日は敬語を止めて話すことが目標になるからそのつもりでいろよ」

「え!?」


マールが起き上がるが時すでに遅くキースは部屋から出ていていた。

マールは諦めて横になると一つ溜息をついた。

今まで頑張って作ってきた心の壁がいっきに崩された感じがする。

かといってあのままだとキースは手を離してはくれなかっただろう。

仕方なかったとはいえ、出ていく時につらくなったのは間違いないだろう…。

出ていく…。いつその時が来るか分からない。けど、覚悟はしていたほうがいいだろう。

マールは布団をかぶり直すと体を休ませるため目を瞑った。

キースはマールの部屋から出て自分の部屋に戻ろうとしたが、すぐそこに眼鏡を外したユートが壁に背をつけて立っていることに気付き歩み寄る。


「ユート、どうした?」

「キース…、お前の方こそ何を考えている」

「何をって?」

「いきなりマールにあんなことを言って…」

「分かってたさ、あいつが戸惑うことぐらい…。でも、ああでも言わないとマールの態度が変わることはない。そうだろ?」

「それはそうだが…」

「もう決めたから。まずはあいつと元の関係に戻る」

「元のって?」

「幼馴染だったころにさ。それからは…そのとき決める」

「それからっていうと…」


ユートは少し考え込むように目を瞑る。

そして、答えが出たのかキースを見ると、キースは待ち構えていたかのようにゆっくりと頷く。


「そういうこと。お前だって知ってるだろ?父さんと母さんが考えていること」

「それは…まぁ。でもあれはマールが使用人になる前のことで、今もその考えかどうかは別だろ」

「もしそうだとしても、俺はあの頃から決めてたから。もちろん父さん達に言われる前からな」

「そうか…」

「あぁ。というわけで、お前は見守っててくれ。上手くいくかどうかは別として、な」

「分かった」


キースはそれだけ言うと自分の部屋へと戻っていった。

ユートはそんなキースの後姿を複雑な顔で見送った。

もちろん出来るならばキースの言うように元の関係に戻ってほしい。

だけど…キースの方法は強引過ぎる気もする。

マールの気持ちが分からないため、強引に行き過ぎるとさらに溝が深まる可能性だってある。

それはキース自身分かっているに違いない。確証があるからきっと今の方法を取ったのだろう。

さっきまでのキースとマールの会話は外に漏れていた。

偶然通りかかったユートはそれを聞いていたのだ。

どういった流れであんな会話になったのかは分からない。だけど、マールの口調が少し柔らかかったようにも感じる。

元の関係に戻れるだろうか…、いや戻ってほしい。

ユートは弟分と妹分のこれからを考えながら自分の部屋へと戻っていった。

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