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Beloved Person  作者: タカ
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8話

キースは執務室で黙々と仕事をしている。

それを見てユートは少し意外な感想をキースに抱いた。

医者が来るまでキースはずっとマールの傍から離れなかった。

オータムやメイが『後は使用人に任せなさい』と言っても頑なに首を縦には振らず、ずっと傍で手を握っていた。

ところが医者が来るとそれまでの態度からは一変した。使用人に『後は任せる』、それだけ言って執務室に戻ってきたのだ。

それから数時間。一回も休憩を取らず黙々と目と手だけ動かしている。

今も一枚書類の確認が終わったのかキースはピラピラと紙を揺らしている。


「ユート、これ出し直させろ。それと使用目的をもう少し明確に書かせるように徹底させろ。高い税金を取ってるんだ、金額が本当にこれで妥当かこの書類からは分からん」

「わかりました」

「…ん」


既にユートの意識は次の書類に向かっているようで空返事のような返答が返ってきた。

ユートの手から先ほど確認が終わった書類を取ると、メモ用紙をそれに加えて机の隅の方に置く。

近くに椅子を持ってきてユートはそれに座ると眼鏡を外し胸ポケットに入れる。そして、じーっとキースを見ているとその視線に気づいたのかキースは顔を上げる。


「なんだよ…、眼鏡外して」

「ん~、意外だなと思って」

「意外って何が」


あまり重要そうな話しではないと思ったのかキースはまた書類に視線を戻した。

が、全部意識を書類に持っていってるわけではなく耳だけはユートの言葉を待っているようだ。

今までもこういった形で会話をしたことがあるのでユートは気にせずにそのまま会話を続ける。


「てっきりマールの傍にずっといるもんだと思ったんだがな…」


その言葉にキースはすっと顔を上げ、心外だという顔をしている。

その顔をすること自体もユートにとっては意外なのだが…


「そうか?だって、近くにいても俺ができることないし」

「それでもお前、医者が来るまでずっと傍にいただろ」

「あれは…まぁ、そうだな」

「だから、そのままいるとおもってたんだが」


キースはユートの言葉にはすぐに回答はせずに書類を机の上に置く。

そして、一つ息を吐いてユートの先ほどの質問に回答を返す。


「マールが気にするだろ」

「え?」

「俺が執務を放ってマールの傍にいたら絶対にあいつは自分自身を責める。それで、また同じことを繰り返す」

「なるほど…。マールの性格からしたらそうだな」

「だろ?だったら、さっさと執務を終わらせて、それからあいつの傍にいたら大丈夫だろ。というわけで、次の書類の束どれ?」


キースの前に置かれていた書類の束は全て確認が終わってしまったようだ。

ユートは違う机の上に置かれている書類の束をキースの前に置く。


「それなら、今日はこれでラストにしとくか」

「は?だって、まだあるじゃん」


今ユートが書類を取ってきた机を見ると他にも束がある。

なのに今日はこれで終わりというユートの言葉が理解できなかった。


「あっちは別に今日中にってわけじゃない。明日でもいいからな。マールが気になって書類の確認漏れがあるほうが困る」

「それはないと思うけど。俺今まで書類漏れしたことないだろ?」

「それでもだ。ちゃんとスケジュール立ててるからお前は気にしなくていい」

「…了解。なら、これでラストな」


キースは少し笑みを浮かべると束の一番上の書類を手に取る。

それから一時間。

書類の確認を終えたキースはすぐにマールの部屋へと向かった。

ドアをノックすると中から使用人の声が聞こえた。

ゆっくりとドアを開けるとベッド傍の椅子に座っていた使用人が立ち上がりキースに頭を下げた。

キースは使用人に近づき声をかける。


「どうだ、マールの様子は?」

「少しは落ち着いたようですが、まだ苦しそうです」

「そうか…。ここは俺が見てるから自分の仕事に戻ってくれ」

「え?し、しかし…」

「俺のほうは今日の執務は終わっている。君の方はまだ仕事があるだろ?だから、戻ってくれ」

「わ、分かりました。それではお願いいたします」


使用人はもう一度頭を下げるとマールの部屋から出て行った。

キースはベッドの傍に置かれている椅子に座るとマールの顔を覗き込む。

先ほどの使用人の言葉通りまだ苦しいのか少し魘されているようだ。

キースは近くに置かれているタオルでマールの顔を拭いてやる。すると、マールがうっすらと目を開けた。起こしてしまったようだ。


「悪い。起こしたか?」

「…キー、ス?」

「あぁ。どうだ、具合は?」

「だいじょうぶ」

「そうか?あ、水飲むか?」


キースは机の上のコップが目に入った。恐らく薬を飲んだまま放置されていたようだ。

さっきまでの様子を見る限り汗をかなりかいているはずだ。水分補給をしたほうがいいだろう。

その提案にマールは横になったまま頷くとゆっくりと体を起こした。

キースはベッドに座り直し、マールの体を支える。マールは力が入らないのかキースに体を預けたままだ。

机の上に置かれているコップに手を伸ばし、キースはマールの口にコップを持っていく。


「ゆっくりでいいから」

「…うん」


キースの言葉にマールは素直に頷く。

…子供の頃に戻ったようだな、そう思いつつキースはマールが咽ない様にゆっくりと口に水を含ませる。

マールはよっぽど喉がかわいていたのだろう、ゆっくりだったがコップの水を全て飲みほした。

キースはまたマールを横にさせると布団をかけてあげた。

するとマールは布団の横から手をキースに差し出してきた。

その意図が分からないキースは訝しげにマールに声をかける。


「マール?何が欲しいんだ?」

「…てを、てをにぎって、キース」


キースはすぐにマールの手を両手で握る。

すると安心したようにマールはゆっくりと目を瞑る。

すぐにマールの口から寝息が零れる。

…久しぶりに『キース』と呼ばれた。前まではそれが当たり前だったのに、今ではそれが新鮮だ。

魘されてあまり意識がはっきりしてないのだろう。それでも、キースはそう呼んでもらえるだけでも嬉しかった。

キースは片手でマールの顔にかかっている髪を除けてやると、その手を大事そうに両手で握った。

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