7話
キースは執務室に戻るとマールのことが気になるがそれでも書類にはきちんと目を向けて確認作業を行っている。
この執務室にはキールしかおらず、ユートにはマールの傍についてもらうことにした。
傍につくとはいっても、言葉通りに横にいるわけではないが目に入る位置にいてもらっていて、マールの体調が悪そうになったらキールに報告するように言ってある。
もちろんマールには内緒だ。絶対に気付かれない様にと、キースは念を押してユートにお願いをしてある。
ユートにお願いしてあるとはいえ、やはり自分で想い人を見守りたい…。
できるだけ早く仕事を終わらせようと書類に集中する。
どれだけの時間が経ったのか分からないが、作業をしていると執務室のドアが開く音が聞こえた。
キースがドアのほうに視線を向けると使用人の一人が頭を下げていた。
「キース様、昼食の準備ができました」
「…もうそんな時間か」
キースが執務室に置かれている時計に目を向けると確かに正午を回っていた。
キースは今の書類をピラピラと振りながら、使用人に指示を出す。
「分かった。この書類が終わったらすぐに行く」
「かしこまりました」
使用人は再度頭を下げると執務室から出ていく。
キースは書類に目を通して問題ないことを確認すると書類を確認済みのところに置き、座ったまま体を伸ばす。
体を伸ばし終えると確認済みの書類に目を向ける。いつもよりも気持ちペースが早い気がする。
この調子なら今日の仕事は早めに終わらせることができそうだ。
キースは、立ち上がると食事を取るためダイニングルームへと足を進める。
ダイニングルームへの途中でユートが立っているのが見えてキースは小声で話しかける。
「どうだ?」
「私が見る限りは大丈夫かと」
「そうか…。悪いけど、昼からも頼むな」
「はい」
キースはそれだけ言うとダイニングルームへと向かう。
ダイニングルームにつくと、既に食卓にはオータムとメイが座って食事を取っていた。
キースは椅子を引きながら少し頭を下げる。
「すいません。キリが悪かったもので」
「いや。ご苦労さん」
食卓に座るのは、オータム達のみでマールやパールス、ユート達は各使用人室で食事を取る。
今ダイニングルームにはオータム、メイ、キース。それに、食事の世話をする使用人が二名いる。
食事中はあまり会話をすることはなく、ただ淡々と食事を口に運ぶ。これが三人の食事風景だ。
とはいえ、別に家族仲が悪いわけではない。食事中ということであまり会話はしない様にしているだけなのだ。
が、その中でオータムが思い出したように呟く。
「キース、コーラル家のお嬢さんがお前に会いたいという話しがあるんだが…」
コーラル家というのは貴族の内の一つだ。
マーリッヒ家と比べると少し見劣りするが、それでも立派な貴族として名を馳せている。
が、キースは冷静に口を拭きながらオータムに答える。
「それは見合いということでしょうか?」
「…まぁ、そうなるな」
「断ってください」
キースの答えにオータムは予想していた答えだったので、一つ溜息をつく。
「まぁ、そういうだろうと思っていたんだがな」
「父さんには申し訳ないんですがよろしくお願いします」
キースはそれだけ言うと、席を立つ。
オータムは去っていく息子の後姿に優しく声をかける。
「キース。急かすような真似はしないからお前の好きなようにしなさい。ただし、相手を傷つけるような真似だけはするなよ」
キースはそれには答えずにゆっくりとオータムを振り返る。
オータムは、何もかもがお見通しと言った顔をしている。隣に座るメイもキースに笑顔を向けている。
…自分が何故見合いを受けないのか理由はバレバレ、か。
キースは一回だけ頷くとダイニングルームを出て、自分の執務室へ戻ろうと歩きだす。
が、その途中の階段で壁に手をついているマールの姿を見つける。
キースは近くを見渡すがユートの姿はない。恐らく食事を取っているのだろう。
その間であれば、ユートを責めるわけにもいかない…。とりあえず、キースはマールにそっと近づく。
「マール…大丈夫か?」
「き、キース様…。はい、大丈夫です」
マールはキースがすぐ後ろにいることに驚くが、空笑いを浮かべ元気だと主張する。
だが、小さい頃からずっとマールのことを見ているキースにとってはそれが嘘だとすぐに分かった。
キースはすぐにマールの額に手を持っていき、その熱さに今度はキースが驚いた。
「お前…こんな熱でどこが大丈夫なんだよ!」
「本当に大丈夫ですから」
マールはキースの手を振りほどき、階段を上ろうとするがいきなり動いたためか目まいがしたようだ。
咄嗟にキースはマールの体を引きよせる。近くに引きよせるとマールの息遣いが少し荒いことに気付く。
「マール…やはり、もう休め」
キースが諭すようにマールに話しかけるがマールから返答がない。
不思議に思いマールの顔を覗くと苦しそうに眼を瞑っていた。
「マール?おい、マール!」
「…はい」
耳元で叫ぶがマールの返答は先ほどよりも弱い。返事をするのも体がきつそうだ。
先ほどまで会話はできていたので油断してした自分をキースは責めた。
だが、責めることは後でもできる。今自分が優先すべきことはマールを休ませることだ。
「マール、もう強制的に休ませるからな。お前だってもう仕事をするのは無理だって分かるだろ」
マールからは返答はないので、キースはその沈黙を肯定と受け取った。否定されても強制的に休ませることが分かっているので答えないだけかもしれないが…。
キースはマールを横抱きにして抱え、マールの部屋へと運び始めた。マールは体を動かすのもきついのだろう、キースに体を預けている。
いや、どちらかというと今どういう状況か把握するほど余裕がないのかもしれない。だが、もし今の状況が把握されれば必ず拒否されるのでキースには好都合だ。
その途中で、キースの姿を見つけたユートが駆け寄ってきた。
「キース様!」
「ユートか…。すぐに医者を呼んでくれ。それとパールスをマールの部屋へ」
「かしこまりました」
キースはユートの指示にすぐに頷きまた、駈け出して行った。
今から医者を呼ぶとなると数十分かかるだろう。
マールの額には高熱のせいか汗が滲み出ている。マールを着替えさせたりするにはパールスの力が必要だろう。
どちらにしろマールが仕事できないという報告をする必要があるが…
マールの部屋についたキースは、マールを抱えたまま器用にドアを開けてベッドにマールを寝かせる。
マールはいまだに目を瞑ったまま苦しそうに呼吸をしている。
部屋にあったタオルでマールの顔に滲み出ている汗を拭いてやり、キースはパールスが来るまでずっとマールの手を握っていた。