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Beloved Person  作者: タカ
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5話

一日の執務を終えたマールは自分の部屋へと戻ってきた。

パールスなど家庭がある使用人は各自の自宅へと戻り、マールなど自宅がない使用人はマーリッヒ家に準備された部屋に住んでいる。

マーリッヒ家には使用人用の寝室が10部屋用意されており、各部屋には二つのベッドが用意されている。

とはいえ、現在マーリッヒ家で働いている使用人のほとんどは近くに部屋を借りていてマーリッヒ家に住んでいる使用人は7人しかいない。

従ってマールはこの部屋に一人だけで住んでいる。

使用人に与えられている制服から部屋着に着替えたマールは窓から見える光に目を向ける。

マーリッヒ家の敷地内には、新屋敷と呼ばれる今生活している屋敷以外にもう一つ旧屋敷がある。

新屋敷は二年前に新しく建てられたもので、それ以前はもう一つの旧屋敷で暮らしていた。

新屋敷が完成した際に旧屋敷は崩そうという話も出たが、あっても特に困ることはない。

それに旧屋敷にはたくさんの思い出が残っているということでそのままにしており今ではキースやオータムの書斎などに使われている。

マールにも旧屋敷には思い出がたくさんある。キースと走りまわった廊下、キースと一緒に勉強した部屋などその思い出には必ずキースがいる。

旧屋敷にあるキースの書斎から光が零れてる。


「…まだ起きてるんだ」


昨日も夜遅くまでキースは起きていた。

遅くても日が変わるまで起きていたマールが寝る時にはまだ電気が付いていた。

後継者としての公務も段々増えているようだと他の使用人が話しているのを聞いた。

自分の長い髪を止めている髪留めを外し、自分の掌に乗っているその髪留めを見詰める。

この髪止めは小さい頃にキースからプレゼントされたマールの宝物だ。


「後継者として…か」


マールの頭に15歳の誕生日のことが思い浮かぶ。


 ・・・


マールが15歳の誕生日を迎えたあの日。この国では15歳で大人として扱われる。

オータムやメイ、パールスとユート以外にも当時働いていたたくさんの使用人達がマールの15歳の誕生日を祝うために簡単なパーティを開いてくれた。

だが、その場にキースはいなかった。世間勉強をするために他の領国へ行っていたからだ。

少し寂しかったが、それを埋めるかのようにたくさんの人から祝福の言葉や贈り物を頂いた。

マールがパーティ会場を抜けてお手洗いに行った時だ。

用を済ませ、会場に戻るときに曲がった向こうの廊下で話している使用人の会話が聞こえた。


「もうマールちゃんも15歳になるのね…」

「ねぇ…。もう『ちゃん』っていう歳でも無くなったわね」

「そうね。キース様も留学から帰ってきたら16歳でしょ?きっと後継者としてもっと忙しくなるわ」

「そろそろ見合いの話も始まるわね」


見合い。

その単語はマールにとって衝撃を与えた。

会話をしていた使用人達が曲がってきて、ショックを受けているマールに声をかけてきた。


「あら?マールちゃん、どうしたの」

「あ、えっとトイレに行ってたの」

「そう。今日の主役なんだから早く会場に戻ったら」

「うん」


ショックを隠すかのようになんとか笑顔で使用人達に言葉を返す。

幸いにも使用人達はマールのショックには気付いてないようでそのままその場を去っていく。

会場に戻ったマールは、先ほどの会話は気にしないようにして楽しい時間を過ごした。

だが、パーティも終わり自分の部屋に戻ったマールにはさっきの使用人達の会話がどうしても頭から離れなかった。


『見合い』


領主にとってそれは避けられないことかもしれない。

現にオータムとメイは見合いから結婚へと至った。

ベッドに横になったマールは自分の髪につけられている髪留めに目を向ける。

小さい頃にキースからプレゼントされた髪留め…。プレゼントされてから毎日つけている大事な宝物。

ずっと一緒にいたキースに気付いていないうちにマールは恋心を抱いていた。

だけど、この気持ちを伝える気持ちは最初からなかった。

キースは次期領主。反対に自分は平民。身分の差がどうしてもマールの頭によぎる。

しかも自分には既に家族はいない。好意でマーリッヒ家に面倒をみてもらっているだけだ。

けど、このままずっとその好意に甘えるわけにはいかないだろう。いつかはこのマーリッヒ家から出て行かないといけない。

でもできればずっとキースの傍にいたいと思っていた。

だけど…キースが他の誰かを愛するのを見ていられる自信もない。

それなら…それなら自分は使用人として出来る限りキースの傍にいよう。そして、キースが他の誰かと婚約をしたら…その時はこの屋敷から出て行こう。

マールは15歳の誕生日の日にそう決心した。

オータムの公務の都合もあり、使用人として正式に働きたいとオータムに告げたのは一週間後だった。

最初オータムはマールの提案に驚いた。


「何故急にそんなことを言うんだい?」


そういってマールへ理由を聞き出そうとした。

だが、『キースの傍にいたい』などと正直に言えるはずもない。

だから、オータムに告げる前から考えていた理由を口に出した。


「15歳になって、大人として自分も他の人と同じように働きたいんです」


それから数回問答を繰り返して、マールは正式に使用人としてマーリッヒ家に仕えることになった。

それから4年たった。

キースは今でもマールのことを幼馴染として話しかけてくれる。

だが、マールは素っ気ない返ししかできない。

どんどん大人になっていくキースへの想いは募るばかりだ。

いつかキースから離れていかなければいけない。だから、もうこれ以上好きにさせないで欲しい…。

その想いからキースへの態度が素っ気なくなってしまうのだ。

それでもキースはマールにいつもと変わらない態度で接してくれる。

それがまたマールの想いを募らせることをキースは知らない。

オータムとメイ、パールスそれにユートへの態度も変わっているのが自分でも分かっている。

ずっと温かく接してくれているため、マーリッヒ家から出て行きたくなくなってしまう。

それを避けるためにあえて一線引いて付き合うようにしているのだ。

それが不審な態度になってしまっているのが分かっている。だけど、もう前のように接するのは厳しいと思う…。

マールは窓から見える光から視線を背ける。

そして、ベッドの隣に置かれている小さいタンスの一番上の棚を開ける。

そこには今までマーリッヒ家から払われた給金が入っている。

生活で必要なものを買う以外はほとんど手つかずになっている。

いつかマーリッヒ家を出ていく際に困らないようにここに貯めているのだ。

まだ幸いにもキースが婚姻したという話も聞かない。

それどころかどこかの令嬢と交際しているという話しすら聞かない

もう少しキースの傍にいれることに、マーリッヒ家に仕える使用人としては不謹慎かもしれないが安心している。

窓から見える光にもう一度目を向けその光の中にいるであろう人物のことをマールはそっと想った。

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