30話
マールと子供達がマーリッヒ家に引っ越してきて早くも半年がたった。
その間キースは、公務の間を縫っては近隣の領主のもとへ訪問し婚姻の報告を行っている。
初めの数カ月は一人で訪問していたが、メイから領主の妻としての振る舞いを学んだマールも残りの数カ月同行した。
最初は慣れなかったマールだが、キースのフォローもあって大きな問題もなく近隣領主への挨拶も済んだ。
近隣領主の挨拶も済んだところで、まずは家族や屋敷内の使用人、さらに屋敷周辺の領民を呼んだ少しこじんまりとした結婚式を開くことにした。
近隣領主などを呼んだ盛大な結婚式をする前に、まずは地元の領民にもマールの事を紹介したいというキースの考えだ。
とはいっても、キースとマールの事を元々知っている地元領民も少なくない。
オータムは地元領民との関係を大事にしており、月に一度はマーリッヒ家に地元領民の代表を数人招き会合を開いていた。
その際にまだ幼かったキース達と会っているのだ。
ただ、大きくなるにつれその会合の時間にはそれぞれ仕事を行っており、地元領民と疎遠になっていた。
だからこそ、この結婚式を上げることで地元領民との仲を深くしようと考えていた。
そして、結婚式当日。
誰でも気軽に見れるようにと結婚式はマーリッヒ家に半年前に作られた広場で行われる。
広場にはイスと机などが設置され、既にたくさんの人が椅子に座って始まるのを待っている。
そして、今日の主役の一人であるキースは落ち着かない様子で控室の中をうろうろしていた。
今まで衣装合わせなどあったが、メイやパールスに『当日のお楽しみ』と言われマールがウエディングドレスを着た姿をキースは見る事が出来なかった。
キースがうろうろしていると、ドアが開けられユートとアークが入ってきた。
「…落ち着いたらどうですか」
「そうだよ。みっともない」
落ち着かない様子のキースに二人は呆れた様子だ。
キースはそんな二人の言葉に足を止め少し拗ねたように応える。
「…こんな日に落ち着けるわけないだろ」
「大の大人が情けない。もっと堂々としてたらいいのに」
キースの応えにさらにアークがからかう。
「アーク…、お前だっていつかこういう日が来たら分かるよ」
「そんなもん?」
アークは隣に立つユートに問いかけると、ユートは肩をすくめた。
「さぁ?ただ、私の式の時はキース様ほど落ち着きはありませんでしたけど」
アークがユートに問いかけたのは、ユートがついこの間結婚式を開いた新婚だからだ。
相手は隣街の女性で、この屋敷に配達しに来た時にユートが一目ぼれした…らしい。らしいというのは、ユートが詳しい事情を話さないからだ。
ただ、オータムやメイなどユートの事を昔から知る人は、皆ユートがベタ惚れしてるという。
だから、恐らく一目ぼれだろうと言うのが周知の事実になっている。
「嘘つけ。お前だってあの時落ち着きなかったじゃないか。眼鏡外してたのに、位置を直すしぐさしただろ」
「あれは…癖ですよ」
「今までそんなことなかったくせに」
「とにかく…少し落ち着いてください。主役なんですから」
キースの反撃にユートはさっさと部屋から出て行った。
残ったキースとアークは顔を見合わせると、噴出した。
「ユートさん、あんな風に逃げたら図星だって分かるだろうに」
「それでも逃げたかったんだろ。これ以上いたら、何言われるか分からないから」
キースとアークが部屋の中で話しているとドアがノックされた。
キースが返事をするとドアが開けられ、パールスが入ってきた。
「キース様、そろそろお時間です」
「…分かった」
「アークも早く式場の中に入りなさい」
「へーい」
二人が返事した事を確認して、パールスは部屋を出て行った。
恐らくこれからマールの部屋へと向かうのだろう。式の取り纏めはパールスとユートが行うため、二人とも忙しいのだ。
キースに『先に行く』と告げアークが部屋から出て行こうとするが、ふと立ち止まりキースに顔を向ける。
「あ、そうだ」
「ん?どうかしたか?」
「…おめでと」
それだけ言うと、アークはすぐに部屋から出て行った。恐らく照れ臭いのだろう。
そんなアークの姿を見て、キースもまた照れ臭かった。
少し深呼吸すると、キースは部屋から出て式場へと向かう。
式場へと向かう廊下の途中でオータムとメイ、それにモーリスが何やら話しこんでいた。何やらモーリスは少し困惑している様子だ。
「何かあったんですか?」
「ん?いや、お前が気にすることではない。早く行きなさい」
「…分かりました。三人も遅れないようにしてください」
オータムの言葉に違和感を覚えながらもキースは三人の横を通り過ぎる。
靴を履き式場に向かうと、キースを待っていたたくさんの人に拍手で迎え入れられた。
バージンロードが敷かれている前で一礼すると、歩きだし牧師の前で立ち止まる。
キースが牧師の前まで来ると、バージンロードの端に張りぼてで作られた簡易性の柱が立てられ、その間に幕が掛けられた。
その幕が開けるとウェディングドレスを着たマールが現れることになっている。
緊張した趣がその幕が開くのをキースが待っていると、オータムとメイが一番前の列に座った。
だが、その光景にキースは眉を顰めた。メイはともかくオータムがこのタイミングで座ることはないはずだ。
なぜなら、マールには父親がいないため、オータムが父親役としてマールと共にあの幕から出てくるようになるはず。
なのになぜ…そこにオータムが座っているのだろうか…。
気にはなっていると、音楽が鳴り始め幕が開いた。
幕の向こうにはウェディングドレスを身に纏ったマール、そしてその隣にはモーリスが立っていた。
どういった理由でオータムの代わりにモーリスがあそこに立っているのか気にはなるが、それよりもマールの姿にキースは見とれた。
他の領主を招いた盛大な結婚式の時は、マールはウェディングドレスではなく、普通のドレスを着ることになっている。
だから、マールのウェディングドレス姿を見るのは恐らく…いや、きっと今日で最初で最後だろう。
その姿を目に焼き付けようと、ゆっくりとこちらに近づいて来るマールの姿を見いっている。
キースの前までマール達が近づくと、キースは二人に一礼する。
「何故、モーリスさんが?」
「…オータム様が先ほど急に『私は新郎の父ですので』と言いまして…。それで、私が『新婦の父』としてこの役をすることになりました」
モーリスがキースに説明すると、納得したようにキースは頷く。だが、本当の理由はそれだけではない事をモーリス自身悟っていた。
先ほど、モーリスがキースに説明した内容に嘘はない。本当にオータムはモーリスにそう告げたのだ。
オータムはモーリスがマールの父親だと言う事を知っている。だからこそ、モーリスにこの役を譲ってくれたのだろう。
式が止まっていたのでモーリスがマールを促すと、マールはモーリスから離れキースの隣に立つ。
その二人の姿を感慨深く見た後、モーリスは自分の席へと向かう。
モーリスが席に座ったのを確認して、キースの腕にマールは手を添え、二人で牧師の前に立った。
そして、牧師により式は順調に進んでいく。
参加者全員で聖歌を歌った後、二人で誓いの言葉を交わす。
「「誓います」」
二人でお互いを愛することを神に誓う。
次に、お互い向き合うと相手の薬指に指輪を嵌め、誓いの口づけを交わした。
キースとマールは、式の間中ずっと幸せそうに笑っていた。
式の合間に目が合っては照れ臭そうに笑う。それを見ていた参列者の顔にもにこやかな笑みが浮かんだ。
式が終わった後、簡単な立食パーティが開かれた。
そのパーティの中で改めて、キースの口からマールが紹介されると参加者全員から拍手と祝福の言葉をかけられた。
マーリッヒ家に関係している人だけでなく、地元領民、そして子供達からも祝福され、キースとマールは本当に幸せだった。
この幸せがずっと続きますように…、二人はそう願った。




