29話
部屋からキース達が出て行った後、少しの間沈黙の時間が流れた。
「…それで、モーリスさん。お話しと言うのは?」
その沈黙を破ったのはオータムだった。
キース達二人を部屋から出して、自分達にだけ伝えたいと言う話の内容がよく掴めなかったのだ。
「…マールの事についてです」
「マールの?それならマール達もいた時に話した方がよいのでは?」
「いえ…お二人にだけ聞いて欲しいのです」
マールには言えない内容なのかもしれない…。
けれど、一体どういう内容なのだろうか。まったくもって想像すらできないオータムとメイは少し困惑した様子でモーリスの話の続きを待つ。
「先にお聞きしたいのですが…お二人はマールの両親についてご存知ですか?」
「いえ…。マールの母親を墓地に埋葬したのは私達ですが生前の事は何も知りませんし、父親については何も…。マールも覚えていないようです」
「そうですか…」
オータムから聞いた話を聞いてモーリスは少し安心したような、反対に困惑したような顔になった。
今のモーリスの質問からオータムはある程度話の内容が予測付いたようだ。オータム達が続きを待っていると、モーリスが決心したように口を開いた。
「マールの…父親は私だと思います」
その告白にオータムとメイは驚いた。
メイはただ驚き、オータムは予想を上回る内容だったため驚いたのだ。
モーリスの言葉から、マールの父親に関する内容だとは思っていたがその父親がモーリスだとは思ってなかったのだ。
「…思うと言うのは?」
「確証がないのです。ただ…マールの年齢からすると恐らく私かと…」
そして、モーリスはゆっくりと語りだした。
・・・
マールの母親の名前はルビィと言います。ルビィは、孤児で私の街にある孤児院で生活していました。
ルビィは10歳から一人前と認められる15歳まで街に住むことになりました。
彼女は体が弱かったのですがとても明るく綺麗で…、街の若者には彼女に恋をしている人がたくさんいて私もその中の一人でした。
彼女の周りには同年代の男性が多く、私は彼女より年上だったこともありあまり話すことはかないませんでした。
15歳になった後も、彼女は街が気に行ったのか部屋を借りて住みだしました。
それでも、彼女の周りには男性がいて中々話すきっかけがありませんでしたが、とあることで二人きりで話す事が出来ました。
緊張で何を話したか覚えてませんが、今まで話したこともない私の話しを彼女は笑顔で聞いてくれました。
話の途中で見た笑顔が忘れられずに、去り際に告白してしまったんです。
『あなたのことが好きです』
これが最後かもしれないと思い、勇気を振り絞りました。
もちろんルビィは話したこともない私からの告白で驚いたことでしょう。
ですが、彼女はすぐに笑顔で頷いてくれました。後から聞いた話ですと、彼女も遠くの方から見ていた私の事が気になってくれていたようです。
それから私と彼女の交際が始まりましたが、交際をしていたことを私は両親には内緒にしていました。
私の両親は孤児に対して偏見を持っていまして、街に孤児が住んでいること自体よく思っていない人たちでした。
そんな両親にルビィを紹介すると反対することが分かっていたので、どうしても言いだすことができませんでした。
ですが…ある日突然ルビィが街からいなくなったのです…。
最初は私もどこか買い物に行ったのかと思い、待っていたのですが彼女は帰ってくることはなく、私はその日は帰りました。
ですが、何日たっても彼女は部屋に帰ってくることはありませんでした。
それからまた数日経った頃です。私は両親の話を盗み聞きしてしまいました。
ルビィは…私の両親に追い出されたのです。両親は彼女に私を誑かしたと貶した揚句、街から追い出したのです。
それを聞いて私は両親を恨み、そして自分自身を恨みました。何故、ルビィを守れなかったのだと…。
次の日から私は家を出て、ルビィを探しに行きました。
探すあてはありませんでしたので、街については短期で働かしてもらいルビィの情報やお金を溜め、また次の街へと移動を繰り返しました。
ですが、何ヶ月探してもルビィを見つけることはできませんでした。これ以上探しても見つからないのではないか…、私は少し諦めが入り始めました。
かといって、今更両親の所へ戻るつもりは一切ありませんでした。次の街へ行ってルビィが見つからなかったら、その時は…もう諦めよう。私はそう思いました。
そして、次に向かった街があの孤児院がある街でした。そこでも、ルビィを探しましたが結局見つからず…前院長の計らいであそこの孤児院で働かせていただいたのです。
そこで働きながら私はルビィの情報だけは集めるようにしていました。移動することは止めましたがどうしてもルビィを諦めることができませんでした…。
孤児院で働きながら情報を集め出して数年がたったある日。とある情報が私の耳に届きました。
ルビィらしき女性をとある街で見かけたというものです。
その知らせを聞いて、すぐに私は前院長に休みを頂きその街へと向かいました。
…ですが、私が着いた時には既にルビィは亡くなっていました。
街の人から、ルビィは身分の高そうな方が埋葬してくださったとは聞きましたがどなたかまでは分からず…、ルビィがどういう風に亡くなったのかさえ分かりませんでした。
そして、ルビィには一人女の子がいたということもその時知りました。女の子の年齢から逆算するとルビィがその子を身ごもったのは…私の街に住んでいた時です。
私の娘かもしれない…その女の子を探そうと思いました。ですが、娘にどんな顔をして会えばいいのか…その時の私には分かりませんでした。
・・・
オータムとメイはモーリスの告白をただ静かに受け止めた。
その内容にメイは少し涙ぐんでもいる。
「…モーリスさんは、マールとはどのように出会ったのですか?」
「偶然ルビィの墓がある街に出向く用事がありました。迷いましたが…彼女の墓参りをしようと思い墓の前に行くと、マールがいたのです。そして、すぐにマールがルビィの娘…そして私の娘だと言うことも分かりました」
「それはなぜ?」
オータムの質問にモーリスは寂しげに笑う。
「マールの首には…私がルビィにプレゼントしたネックレスが、彼女への唯一のプレゼントになったネックレスが掛けられていました」
「あのネックレスが…」
「はい。彼女の誕生日に私がプレゼントしたものです…」
「そうですか…。…モーリスさん、マールへはあなたが父親ということは?」
「伝えていませんし、伝えるつもりもありません。いきなり父と名乗ってもマールも困るでしょう。今の関係が一番いいと思っております。ルビィも…きっと私を恨んでいるでしょう。私と交際などしなければもっと幸せに暮らせただろうに…」
「そんなことありません」
モーリスの自虐とも言える内容にオータムが反論した。
「彼女は…ルビィさんはあのネックレスを大事そうに箱にしまわれていました。それに…」
オータムは突然立ち上がると部屋に置かれている自分の仕事机に向かう。
そして、一番下の引き出しを開け、中から一つの箱を取りだした。
箱を持ったままモーリスに近づき、その箱を差し出す。
「これは…?」
「…モーリスさんへのお手紙です」
「え?」
オータムはモーリスの目の間に箱を置き、蓋を開ける。
箱の中にはたくさんの便箋が入っている。だが、宛名には何も書かれていない。
「ルビィさんの遺品を整理している時に見つけました。マールには…まだ見せていないものです。ただ、申し訳ありませんが私はその中の一枚だけ拝見してしまいました…」
オータムの話しを聞きながらモーリスは一番上の便箋を手に取る。
そして、ゆっくりと拡げ読み始めた。
読みはじめるにつれ…モーリスの目に涙が溜まり、そして零れる。
「ルビィ…、ルビィ…」
愛する人の名前を繰り返しながらモーリスは泣きはじめる。
オータムが一枚だけ読んでしまった手紙にはルビィの想いが綴られていた。
恐らく他の手紙にも同じ想いが綴られているだろう。そしてその想い先はきっと…モーリスだったのだろう。
数分して落ち着いたのかモーリスが手で涙をぬぐった。
「…取り乱したりして申し訳ありません」
「いえ…。私の方こそ、一枚だけ拝見してしまい申し訳ありませんでした」
「いえ。こちらは…お借りしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。きっと…これはモーリスさんが持っておくべき手紙だと思います。どうぞ、お部屋でゆっくりとお読みください」
「ありがとうございます」
オータムの了解の言葉を聞いて、モーリスは座ったまま一礼した。
モーリスが箱を持ち、部屋を出て行った後メイがオータムに話しかける。
「ねぇ…、あなた。マールとモーリスさん、あのままでいいのかしら」
「モーリスさんがそう決めたんだ。私達が口出しする内容ではないだろう」
「けど…実の娘に父親と名乗れないなんて…モーリスさんが気の毒だわ」
メイの言う言葉も分かる。
だが、モーリスの気持ちも尊重すべきではないか…。
オータムは少し考えると一つ案が浮かんだ。
「…だったらこれはどうだろう。父親と名乗れないにしてもこれはモーリスさんにさせてあげたい」
オータムは今浮かんだ案をメイに伝える。
「ええ。いいと思うわ」
「よし。なら、これをしてもらおう」
オータムとメイは顔を見合わせると嬉しそうに笑った。




