17話
キースは子供達の輪から抜け出しゆっくりとマールに歩み寄る。
その姿をマールは信じれない、という顔をしてキースを眺めている。
マールの傍にまで近寄ってきたキースは一つ溜息をついた。
「どうして…ねぇ。決まってるだろ?俺がいない間に勝手にいなくなった誰かさんに会いに来たんだよ」
「だって…どうしてここに私がいることを」
「どうやったかは知らないけどユートがお前のことを探してくれてたんだ。俺はそれに従ってここに来たってわけ」
「でも…キース様」
「様はやめろ」
マールの言葉をキースは遮るかのように口を挟む。
そして、笑顔でマールにゆっくりと話しかける。
「お前はもうマーリッヒ家の使用人でも何でもない。なら、俺と敬語で話す理由はどこにある?」
「…それはそうですが」
「だろ?だったら、敬語で話すなよ?」
キースは満面の、そしてマールに反論の余地がない笑顔になっている。
それを見てマールは『うっ』と詰まった。昔からキースのこの顔が苦手だった。
この顔をされて反論できた覚えがないのだ…。
「…分かった。だけど、どうしてここに?」
「だから、さっきも言っただろ?誰かさんが勝手にいなくなったから会いに来たって」
「…私はマーリッヒ家の使用人を辞めたの。だから…」
「それは知ってる。で、理由は?」
マールの話しをまた遮り、キースはどんどんマールに問い詰めて行く。
まるで、マールに考えさせる時間を与えないかのように…
「20になったから故郷に帰ろうと…」
「なら、何でここにいるんだ?」
「それは…この孤児院の院長であるモーリスさんに誘われたから」
「まぁ、そういうことにしといてやるよ。じゃあ、うちで使用人として働いていたら迷惑がかかるってどういう意味だ」
「…え?」
「カーネルから聞いた。どういう意味だ」
マールは口ごもってしまった。
確かにカーネルにはそのことをつい打ち明けてしまった。言うつもりはなかったのだが…誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
誰かに心の中を…。
「どうした?俺に言えない理由なのにカーネルには言えるのか?ん?」
口ごもっているマールにキースはさらに詰めよる。
もうどうなってもいい…。きっとこれでキースと話すのも最後なんだから。
「だって!だって、キースが縁談を受けないのは私のせいなんでしょう!縁談を断っているのは私が…気にかかる私が傍にいるからだって聞いたの!だから、私はマーリッヒ家を出たの。…もうこれ以上迷惑をかけることができないから」
「…」
マールは涙目になりながらありったけの声で叫ぶ。今までマールの怒鳴り声を聞いたことないのだろう、子供達が周りで驚いている。
マールの口からマーリッヒ家を去った理由が初めてキースに伝えられた。
そんな理由でマーリッヒ家を出て行ったのか…。
まぁ、縁談を断っている理由があながち間違っていないのはいいのだが、一つ気になることがある。
マールはその理由を聞いたと言っていたが、誰から聞いたのだろうか…。
「マール」
「…なに?」
涙をぬぐいながらマールがキースをじっと睨む。
睨まれながらキースは『久しぶりに泣いている顔を見たな』と関係ないことを思ってしまった。
数秒見つめてしまったが、マールが不思議そうな眼で見てきたので自分が何を言おうとしていたか思いだした。
「今『聞いた』と言っていたが、誰から聞いた?」
キースの追及にマールは言っていいものかどうかたじろいだ。
マールがそのことを聞いたのはユーハク家の令嬢、ロールからだ。
かといって、そのまま伝えればロールの立場もある。
「…どうした?誰から聞いたのか言えないのか?」
「…言えない。告げ口しているみたいだもん」
「まぁ…そうだな。ん~…そこはひとまず置いとくか」
キースは頭を掻きながら一つ溜息を吐く。
そこを追及してもしなくても関係ない。
「さて、と。まずは、お前が聞いた理由について話していくか」
キースが話しだそうとすると孤児院のドアが開き、中からモーリスがゆっくりと出て来た。
「マール。そちらは?」
「あ…モーリス様。こちらは…」
「マールがお世話になっています。私はマールの幼馴染のキースと言います」
マールが説明しようとするとキースがそれを遮るかのように一歩前に出る。
『キース』、その名前を聞いたモーリスは少し驚いたかのような顔をするがすぐに元の顔に戻り頭を下げる。
「マールの知人でしたか。私はこの孤児院の院長を務めているモーリスというものです。…マール」
自己紹介を終えたモーリスは頭を上げるとマールに顔を向ける。
マールは何故かビシッと気を付けの姿勢になっている。
キースには温和に見えるモーリスだがマールは怖いのだろうか。
「話をするならいつまでも外にいないで中に入ってからにしなさい。ここだと落ち着かないだろうし、子供達も気になるだろう」
「はい。キース、こちらへ」
「あぁ。すいませんがお邪魔させていただきます」
「私は外で子供達を見ておくから気にせずに話しなさい」
モーリスは子供達を連れてまた庭の中央に向かっていき、反対にキースとマールは建物の中へと向かう。
子供達の中にはキースを睨んでいる子やモーリスに何か文句を言っている子もいる。
だが、モーリスに渋々着いて行っている。
先を行くマールの後ろを歩きながらキースは尋ねる。
「なぁ、マール」
「なんですか?」
「モーリスさんって言ったっけ、あの院長さん。怖い人?」
「え?」
「いや、皆あの人のこと怖がってるようだから」
「怖くはないんだけど…何だろ、威厳のあるっていうか…」
「ふぅ~ん」
マールの言葉にキースは半分納得してしまった。
恐らく子供達にとってモーリスは父親のようなものなのだろう。マールにとっては…、いやマールにとってもそうなのかもしれない。
オータムに怒られるときにもマールは同じように怖がっていた。さっきもきっと怒られることを覚悟していたのだろう。
それを自覚していないマールに少し呆れながら着いて行くと、恐らく客が来た時に対応するのだろう、応接室のようなところに通された。
「とりあえずコーヒーでいい?」
「え?あ、あぁ」
キースが応接室をグルりと眺めているとマールがティーポットがあるところに近づき二人分のコーヒーを入れだした。
ひとまずキースも置かれている椅子に座ると、マールは対面に座り、それぞれの前にコーヒーを置いた。
「…それじゃ話しの続きと行こうか」
一口コーヒーを飲んだキースにマールも頷いた。