16話
マーリッヒ家領国のはずれにある街…。そして、その街外れにとある孤児院があった。
マールはマーリッヒ家を出た後、今現在そこに身を寄せていた。
孤児院には、マール以外に数人の子供も生活している。マールは孤児院の院長であるモーリスの手伝いをしながら子供達の世話をしている。
孤児達の世話と言うが、モーリスの方針で基本的には自分でできることは自分でさせるようにしているため、ただの遊び相手になっている。
モーリスが子供達と遊ぶには少し歳を取り過ぎているため、マールは子供達にとってはお姉さん代わりといったところだろうか。
今日も、先ほどまで子供達と遊んでいたが、疲れてしまったマールは庭に置かれているベンチに腰を降ろした。
一息ついてマールは首にかけていたネックレスを取りだし眺める。
これはマールがマーリッヒ家を出る時にオータムとメイから渡されたものだ。
・・・
マールがマーリッヒ家を出る日の朝。
荷物を纏め終えたマールはオータムとメイに呼ばれて、オータムの部屋に向かった。
部屋に入ると中央に置かれている机を挟むように備え付けているソファにオータムとメイが並んで座っていた。
「最後なのに呼び出してしまって悪いね」
「…いえ、私も最後に挨拶をさせていただきたいと思ってました」
「その前に私達からも話をさせて欲しいんだ。とりあえず座ってくれ」
まだ立ったままのマールにオータムが声をかけると一礼してマールは、オータム達と対面するように反対側へと座った。
マールが座るとオータムとメイは顔を見合わせ、オータムがポケットからあるものを取りだし机の上に置く。
それは白く長細い箱だった。マールがオータムを見ると、開ける様に促された。
マールは箱を手に取り開けると、その中には見たことないネックレスが入っていた。
だけど、どこか懐かしさも感じられる不思議な装飾品だ。マールがネックレスを眺めているとオータムがゆっくりと話しかける。
「それは…お前の母親が持っていたものだ」
「え!?」
「お前は覚えてないかもしれないな。お前の母親が亡くなってから遺品整理は私達でしたんだ」
「…そうだったんですか」
「その時にそのネックレスを見つけたんだ。すぐに渡すとお前が母親のことを思い出してしてしまうかもしれない、だからお前が15になったらネックレスを渡そう、私達はそう考えた」
「でも、渡せなかった…」
オータムに続くようにメイが話しだす。
その顔は申し訳なさそうに、そしてとても悲しそうに見える。
「マール…ごめんなさい」
「メイ様!?頭を上げてください!」
メイが急に頭を下げるのでマールは慌てて立ち上がりメイの傍に近寄り頭を上げてもらうように声をかける。
すると今後はオータムまでマールに頭を下げてくるではないか。
マールは何が何だか分からずに、二人に頭を上げてもらうように言うと二人はゆっくりと頭を上げ謝罪の言葉を続ける。
「本当は15になったときに渡すはずだった。…だけど、渡してしまったらお前がここを出て行ってしまうんじゃないか…。そう思ってしまった私達は渡すことができなかったんだ」
「…え?」
「そのネックレスを渡したら…あなたがお母さんのことを思い出して出て行くかもしれないって思ってしまったの。それで…」
「そうだったんですか…」
マールは自分の手の中にあるネックレスをもう一度眺める。
幼い頃の記憶を思い出すが、母親がこんなネックレスを付けていたことはなかったはずだ。
もちろんその記憶も15年以上も前だし、マールは4歳だ。覚えていないだけかもしれない…
だが、母親の遺品とオータムが言うのであれば実感は沸かないが、やはりこれは母親のものだろう。
「ありがとうございます。母の遺品がまだあるとは知りませんでした」
「…今まで渡せなくて申し訳ない」
「いえ、無いと思っていましたので…。本当にありがとうございます」
マールは手に持っていたネックレスをゆっくりと首にまわし、首の後ろで止めようとする。
だが、今までネックレスのようなアクセサリー類を付けたことがないマールが苦戦しているとメイがゆっくりと微笑んでマールの後ろに回る。
「付けてあげるから貸してみて」
「あ…すみません、お願いします」
メイにネックレスの端を渡したマールは付けやすいように髪をかき上げる。
ネックレスを付けたメイはマールの隣に座り、ネックレスを付けたマールを見て笑顔になる。
「…よく似合ってるわ」
「…本当ですか?」
「ええ。ねぇ、あなた」
メイはオータムに同意を求める様に聞くと、オータムも笑顔で頷く。
「あぁ。似合ってるよ、マール」
「…ありがとうございます」
マールはオータムにも褒められると少し恥ずかしそうに顔を俯かせると、その仕草にオータムやメイの笑顔も一層深くなる。
こうしてオータムやメイに愛情を持って自分はここまで育ててもらった…。
キースと同じように可愛がってもらい、風邪を引いた時には看病してもらい、時には叱られてしまうこともあった。でも、それは全て自分のことを思ってだと分かっている。
二人には感謝しても感謝しきれない…。
感極まったマールは徐に立ち上がると涙を堪えながら言葉を発し、頭を下げる。
「…オータム様、メイ様。…今まで、本当に…ありがとうございました」
その言葉を聞いたメイは涙を流しながらマールをゆっくりと抱きしめる。
「…マール。何を言ってるの、これで終わりじゃないのよ」
「え?」
メイの言葉を聞いてマールは顔を上げる。すると、メイも気付いたのかゆっくりとマールの体を離す。
マールの目には、涙を目に溜めながらも笑顔のメイが入ってきた。
オータムにも視線を向けるとオータムも笑顔でマールを見つめていた。
「メイの言うとおりだよ、マール」
「…しかし、私はここを」
「出て行く。だけど、それで私達とお前の関係は終わらない」
「でも!」
二人のの優しい言葉を遮るようにマールが否定の言葉を発する。
オータムとメイはマールの続きを待つかのようにじっと見つめている。
「…私は一人の使用人です。そんな優しい言葉は…」
「確かにお前は使用人だった。だが、私達にとってお前は娘のようでもあるんだよ」
「…オータム様」
オータムはマールの肩に手を置き、ゆっくりと諭すように言葉をかける。
すると、マールの目から涙が零れだす。今度はその涙をメイが持っていたハンカチでゆっくりと拭う。
「そうよ、マール。あなたはここを出て行くけど、帰ってくることもできる場所でもあるのよ」
「いつでも帰っておいで。私達はいつでもお前を待っているから」
「…オータム様、メイ様」
マールの目から止めようとしても止められない涙がいくらでも零れてくる。
オータムとメイはそれぞれ肩に手を置いて笑顔で声を揃えてマールに最後の言葉をかける。
「「いってらっしゃい。私達の娘よ」」
・・・
二人はあの日、笑顔で自分を見送ってくれた。
だけど…あそこにはもう二度と戻れないだろう。だって、自分があそこに戻ってもきっとまた迷惑がかかる。
それにキースの隣に誰かが立つのを見るのも耐えられない。
きっとマーリッヒ家の領地であるここならキースが婚約した時にも話しが届くだろう。そうなったら…マーリッヒ家の領地を出て行こう。
「おーい、マール。悪いが、少し手伝ってくれないか?」
ベンチに腰を降ろして子供達の走り回る姿を見ていると建物の中からモーリスに呼ばれた。
マールがモーリスの部屋に入ると子供達のための洋服が混在していた。
モーリスの人柄もあってか近くの街から小さくなった洋服が集められてここの孤児院に運ばれる。
それを孤児達に回し、ここの孤児院でも着れなくなったものはまた違う孤児院に運ぶ。そうして、助け助けられでこの孤児院は成り立っているのだ。
今からの作業はこの洋服の中から孤児達が着れるものを分別する作業だ。
ここで最初から着れないものが出てくるものを少なくはない。
作業を始めてどれだけ時間がかかったか分からない。
だが、何か庭が騒がしくなっているように思える。それにモーリスも気付いたようだ。
「…何か庭が騒がしい気がするが私の気のせいか?」
「いえ、私もそう思います。何か喧嘩してるのかも」
「どれ、ちょっと見てこようか」
「あ、私が行きます。モーリスさんは座っててください」
「そうかい?なら頼むよ」
マールが庭に出てみると孤児院の門のところに子供達が集まっている。
どうやら喧嘩では無さそうなので来客者かもしれない。だが…モーリスの躾けもあってか普段来客者にも礼儀正しく応対を子供達がするのだが今日は何やら様子がおかしい。
マールが小走りで門に近づいていると来客者の声が聞こえて来た。
「だから、俺はマールの知り合いなんだ。お願いだから通してくれないか?」
「今までマール姉さんの知り合いなんて来なかった!そんなの信じれない!」
孤児の中でも年長者であるアークが応対し、その周りで孤児が同意している。
だけど、それよりも来客者の声にマールは聞きおぼえがあった。
なぜなら小さい頃から聞いていた声だ。ずっと…
マールが門にさらに走り寄ると来客者がマールに気付くとゆっくりと笑顔になり声をかける。
「…久しぶりだな、マール」
「…どうして…キース様がここに」
孤児院にマールを訪ねて来たのは、マーリッヒ家次期領主であるキースだった。