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Beloved Person  作者: タカ
15/31

15話

オータムの部屋に、オータムとメイがいた。

一緒にいるが二人には会話は無く、二人とも顔はどこか落ち込んでいるように見える。

そこにドアがノックせずに凄い勢いで開けられた。

二人がドアのほうを向くと肩で息をしているキースの姿があった。

その顔は今までに見たことのない顔をしていて、まるで自分たちを恨んでいるかのようにも見える。

オータム達が声をかける前にキースが走って二人に近寄り叫ぶ。


「どうして!どうして、あいつをここから出したんだ!」


キースの叫びを聞いてオータムとメイはマールのことを指しているとすぐに分かった。

二人が落ち込んでいる理由も同じくマールについてだからだ。

だが、余裕のないキースは二人の気持ちを気にせず机をたたく。


「どうして引きとめなかった!父さんなら引きとめることだってできたはずだ!」


キースの言うとおり、オータムにはマールを引きとめることは可能だった。

使用人の最終的な処遇の決定権は現マーリッヒ家当主のオータムにあるのだ。だから、マールが辞めるといった時にオータムなら止めることもできた。

だが、何と説得してもマールの意思を変えることはできなかった…。

その場にはメイもいたが、メイにも無理だったのだ…。


「父さん!何か言ったらどうなんだ!」

「キース、少し落ち着け」


キースを落ち着かせようとオータムは声をかけるが、それが逆効果だった。

さらにキースは苛立ち、オータムに詰め寄る。


「落ち着けるわけないだろうが!二人だってマールのことを娘のように可愛がってたはずだ!なのにどうして、どうしてなんだよ!」

「キース…」

「なんであいつがいなくても平気なんだよ!二人にとってそれだけの存在だったのかよ!」


キースがその言葉を言った直後、部屋に『パシンッ』と乾いた音が響く。

オータムの隣に立っていたメイがキースの頬を叩いたのだ。

キースとオータムがメイの方を向くと、メイの目からは涙が零れていた。


「いい加減にしなさい!あなたは私達がメイが出て行って平気だと思っているの!…私だって…、私だって…」


メイが泣き崩れる…。

泣き崩れたメイをオータムが優しく包むのを見ながらキースは自分が今何を言ったのか理解した。

マールを小さい頃から世話して、見守って、叱って…。娘のようにマールを育ててきた二人に今何を言って、悲しませたのかを…。

自分と同じくらい二人もショックを受けているはずなのに、自分ことしか考えずに…責めてしまった。

居た堪れない気持ちになったキースにメイを抱きしめたままオータムがゆっくりと声をかける。


「…分かったか?私達がどんな気持ちなのかを」

「…ごめん。俺…言いすぎた。でも、尚更どうして止めなかったんだ?」

「止めたさ。だけど…マールを引きとめることができなかった。何回説得しても頑なに頷こうとしなかった」


オータムはそのときを思い出すかのようにゆっくりと話しだした。

メイも落ち着いたのか立ち上がってオータムの椅子に腰を座る。メイを慰めるようにオータムは傍に立ち、メイの肩に手を乗せて話を続ける。


「マールが止めると言ってきたのはお前が領国訪問に出かけた当日だった…。夜にマールが私の部屋にやってきたのだ」

「俺が出て行った日?…だって、あの日あいつそんな変わったところなんて」


キースは自分が領国訪問に出かける日を思い出していた。

あのとき、マールに変わったところなど見えなかった。

いつもと同じようにキースを見送ってくれた。あの時から既にマールの心の中には出て行く決心がされていたのだろうか…

オータムはキースの呟きに一度だけ頷き話を続ける。


「私達も気付かなかった。だが、私とメイに話しがあるとあの子はやってきた。そして、こう言ったのだ。『マーリッヒ家を出たい』、と」

「…急に何で」

「マールは『もう20になったから故郷に帰りたい』とそう言っていた。だから、引きとめることができなかった」

「そうか…。けど、何で俺になにも言わずに…」


その言葉にオータムとメイは顔を見合わせた。

そのことに関して理由をマールから直接聞いたわけではないが二人にはある程度予測ができていた。

あの日、マールは一週間後にでも出て行くと言った。パールスには使用人の仕事の割り当てなど無理を言うことは分かっているがなるべく急ぎたい、とそう言って。

だが、オータムが『キースには何も言わなくていいのか?』とマールに尋ねると、マールは一瞬反応して『…はい』と頷いた。

オータムとメイはその仕草から恐らくキースとの別れがつらいからこそ、キースがいない間に出て行こうとしていることを悟った。

そして、マールが言っていた理由が全てではないことも分かった。

今のマールには親族や頼れる知人などいないはずだ。確かに故郷に戻りたいという想いがあってもおかしくはない。

だが、小さいころからマールを見守ってきたが、故郷に想いを馳せるような仕草を見た覚えがなかった。

だから、他に重要な理由があったが『故郷に戻りたい』という理由を言ったのだと…。オータムとメイはそう考えたがあえてそのことを追及しなかった。

かといって娘同然のように育てて来た子を簡単には手放せない二人は説得を試みたが、断としてマールは留まることを選ばなかった。

数度やり取りをして、オータムとメイは説得を諦めマールがマーリッヒ家を出ることを認めた。

自分たちではマールを引きとめることはできないことを、そしてもし説得できる人がいるとすればそれは自分たちの息子だけだということを悟ったからだ。

そして、その息子は今マールがいなくなっていることでかなり落ち込んでしまっている。

その場ではキースは何も言わずに部屋から出て行った。

次の日から何を思ったか分からないが、キースは息子はマールを探し始めるどころか人が変わったかのように仕事熱心になってしまったのだ。


 ・・・


その理由が今日やっと分かった。マールを探したいがために、仕事を早め早めにしているのだと…。

マールを探すことに対しては、オータムやメイに反対の意思はない。むしろ賛成だ。

だが、領国を治める立場として表だった行動は難しい。キースも次期領主としてそれが難しいことは分かっているのだろう、だから長期の休みを取りたいため今仕事を早めにこなしている。


「二週間…、キースはそう言っていたのですよね?」


メイが確認の意味を込めてユートに尋ねると、ユートは頷く。


「ええ」

「二週間で、マールが見つかるでしょうか…。キースの言うとおり休みを取るにはその期間が限度だということも分かるのですが」

「…ユート、お前はそのために街に出たのだろう?」

「…お見通しですか。ええ、既に手配は済みました。後は、キース様のお時間がとれるまでに報告があがってくるかどうか、ですね」

「あなた、一体何のことですか?ユートも」


オータムとユートの会話についてこれないメイが二人に尋ねるとユートが今日の昼に街に出たこと、そしてその目的を説明した。

説明を聞いていくうちにメイの顔にも少しずつ明るさが戻ってきた。


「それじゃあ…」

「ですが、先ほども申しました通り間に合うかどうかは分かりません」

「だが、可能性は0ではない、だろ?」


オータムの言葉に三人の顔に笑みが浮かぶ。

その後も、これからのことを三人で相談した。

それから数週間後。

キースは仕事を早め早めに終わらせたおかげか翌日から長期間の休みを取ることが可能になった。

とはいえ、二週間も休みを取るとやはり急な書類も出てくるがそれはオータムが補佐してくれることになっている。

今日が休み前の最後の執務になっており、キースの顔にもやっと余裕が戻ってきた。

最後の書類の確認が終わりユートに渡すと軽く背を伸ばす。


「ん~…、どうだ~?」

「ええ。特に問題はないです。今日もお疲れさまでした」

「お疲れ」


キースが部屋の外に出ようとする。

明日からのことを考えているとユートがキースを引きとめた。


「キース様、お待ちください」

「ん?」

「申し訳ないですが、最後にもう一枚書類を確認してほしいのですが」

「え?まだあったのか?まぁ、いい。どれだ?」


椅子に座ったキースはユートに手を出して、書類を渡すように促す。

ユートは自分の机の上に置かれていた紙袋の中に入っていた書類を取りだしキースに差し出す。

キースは面倒くさそうに書類を見ていたが、段々書類に釘付けになっていった。


「…ユート、これ」

「どうぞ。ご確認ください。あぁ、それとそちらは提出はないので確認だけで結構です」

「お前、これどうやって…」

「さぁ?何の事だか」


キースの問いかけにユートはとぼける様に先ほどキースが確認していた書類を纏め、手に持つと部屋から出て行った。

その後姿を呆然と見送り、キースはもう一度自分が持っている書類に目を通す。

数秒見ているとキースは軽く吹き出すと、笑顔のまま部屋を出る。

自室へと戻っていると途中でカーネルと出会わした。

カーネルとすれ違い数秒後、先ほどすれ違ったカーネルに引きとめられた。


「あの…キース様」

「カーネル、どうした?」


キースは引きとめられたので振りかえるとカーネルが神妙な顔をして立っていた。

こんな表情をしているカーネルを見たのは珍しいのでキースはカーネルに歩み寄る。


「どうした?」

「あの…明日からキース様はマールを探しに出かけるのですか?」

「…あぁ。どうしても連れ戻したい」

「そうですか。あの、マールのことなんですが…」

「マール?マールがどうかしたのか?」


カーネル自身のことだと思っていたが、マールのこととは思ってもみなかった。

少し驚いたキースだが、それは表面に出さずカーネルに先を促す。


「実は…マールから辞めることを聞いた時に私理由を聞いたんです」

「故郷に帰るから、だろ?」

「ええ。それともう一つ、私は聞きました」

「もう一つ?」


キースが聞いている限りでは、故郷に帰るのが理由だ。だが、それ以外にカーネルは何か知っているようだ。

逸る気持ちを抑えつつキースはカーネルが話すのを待つ。


「凄く寂しそうな顔してマールはこう言ったんです。『私がここにいるとマーリッヒ家の皆に迷惑がかかる』って」

「迷惑?マールがそう言ったのか?」

「はい。私はそんなことないって言ったのですが…」

「そうか…」

「キース様…。私が言うのもおかしいかもしれませんが、マールのこと…よろしくお願いします」

「…あぁ」


そして、その次の日の朝。

キースは一人でマーリッヒ家を出発した。その顔に希望を浮かべて…。

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