14話
マールがマーリッヒ家を去ってから既に一月が経過していた。
キースの執務室ではキースとユートが二人揃って執務を行っている。
マールが去った後もキースは変わることなく執務に励んでいる。いや、その表現は正しくないのかもしれない…。
以前までのキースなら食事の時間以外にも定期的に休憩を取っていた。
だが、マールがいなくなってからキースは休憩せず、また休日も返上して執務を行っている。
オータムやメイ、ユートが休むように促してもキースは休むことはない。
今日もキースは休憩せずに執務を行っている。
世間話をすることもなく黙々と書類に記入しているキースの顔をユートは覗き見るがそのことに気付く余裕もないのか、キースは手を止めることなく記入を続ける。
そして、記入が終わったのかキースは一度確認してユートに書類を渡す。
「これ頼む。それと、次の書類くれ」
ユートはキースが差し出した書類を受け取る。だが、次の書類は渡さなかった。
今の書類もそうだが、既に急ぎの書類はすべて終わっている。後残っている書類は、期限が一週間後など猶予があるものばかりだ。
だが、キースは早く寄こせと言わんばかりに手を動かす。
「何してんだ、ユート。早く次の書類」
「キース様、急ぎの書類はありませんので少しお休みください。このままだと体を壊してしまいます」
「…次の書類の提出期限はいつだ?」
「一番早くて一週間後が期限です」
「…まだ駄目だ。まだ休めない。書類を寄こせ」
キースは少し考えてからまた首を振りユートに手を差し出し書類を催促する。
ユートは一つ溜息をつき、眼鏡を外し内ポケットに直すとキースに声をかける。
「何故そんなに急ぐんだ?言った通りそんなに急ぐ書類はないのに」
「…いいから早く寄こせよ」
「駄目だ。何度も言うが少しは休め。オータム様やメイ様も心配しているんだ。もし、書類が欲しいなら説明しろ。そんなに急いで書類を処理する理由をな」
キースとユートは数秒睨みあう。
その睨みあいに先に折れたのはキースだった。キースは窓の外に視線を向けながら理由をゆっくりと口に出した。
「…長期、といっても二週間ぐらいだが、それぐらいまとまった休みが欲しいんだよ。そのためにはなるべく早めに書類を処理する必要があるだろ」
「なぜそんな長い休みが欲しいんだ?」
「決まってるだろ?俺がいない間にいなくなった誰かさんを探しに行きたいんだよ」
「…連れ戻すためか?だが、あいつが説得に応じるか?」
「さぁな。けど、会ってなんでここを出て行ったのか、なんで俺に何も言わずに出て行ったのか、それを知りたいんだ。連れ戻すかどうかは…会ってみてから決めるさ」
「そうか…。なら、次の書類はこれだ」
「いいのか?」
ユートはキースの言葉を聞いて仕方ないかというように溜息をついて、自分の机の上に置かれている書類の束をキースに手渡す。
先ほどまで休むようにと説得していたのにも関わらず素直に書類を渡してくるユートに少し驚きながら書類を受け取る。
ユートは自分の机に座ると頬杖をついてキースを睨む。
「仕方ないだろ。そういう理由なら、な。それに…俺もあいつには戻ってきてほしいからな」
「へぇ~。ユートがそんなこと言うのは珍しいな」
「うるさいな。…ほら、さっさと始めろよ。俺はその間ちょっと出てくるからな」
「どっか行くのか?」
「ちょっとな。一時間ほど席を外す。その間にできた書類は俺の机の上に置いててくれ」
「了解」
ユートは椅子に掛けられていた上着を手に取り羽織ると執務室のドアを開けて一歩外に出るが、思い出したように執務室を振り返る。
既に書類に集中しているキースに近寄ると、気付いたキースが顔を上げる。
そして、一つ忠告だけしてその場を去る。
「…体を壊す前に休めよ。壊したら元の子もないぞ」
「…へ~い」
今度こそ部屋を出て行ったユートに手を振りながらキースはまた書類に集中し始めた。
執務室から出たユートは玄関に向かって歩いていた。
すると、前からオータムが歩いていたので一つ会釈をしてから通り過ぎようとするがオータムに引きとめられた。
「ユート」
「はい?」
「キースの様子がどうだ?まだ休まず執務をしているのか?」
「ええ。ですが、その理由はさっき分かりました」
「そうか。…今から出かけるのか?」
「はい。街へ出かけますが、一時間ほどで戻る予定です」
「なら、今日の夜にでも私の部屋に来てくれ。理由を教えてくれ」
「分かりました」
ユートはもう一度会釈をして、オータムから離れると街に向かってマーリッヒ家を出て行く。
そして、その日の晩。
オータムの部屋には、オータムとユート、それにメイが揃っていた。
ユートの口から、昼に判明したキースの休まない理由がオータム達に説明された。
その説明をきいたオータムはふぅ、と一つ溜息をついた。
「やはり、か。ある程度予想はしていたが…」
「ええ。あの日から…ですものね、あの子が休まずになったのは」
あの日というのは一ヶ月前…、キースがマールがいないことを知った日のことだ。
キースは、マールがいないことを悟るとすぐにオータムとメイのところに駆け込んできたのだ。