13話
キースがユートと共に領国訪問に出かける日になった。
基本的にオータムやメイ、キースなどマーリッヒ家の人間が出かける際は使用人が見送る。
今日はマールが見送ることになっており、門で馬車に乗るキースに声をかける。
「キース様、お気をつけていってらっしゃいませ」
「行ってくる。お前も元気でな」
キースが乗った馬車が小さくなっていくのを確認してマールは仕事に戻った。
その日の執務後、オータムとメイの部屋に向かうマールの姿があった…。
・・・
キースの領国訪問の終了の日になった。
既に領主の館を出ているキースはユートと共に町の中を馬車に揺られてマーリッヒ家へと戻っていた。
キースは馬車の窓から流れゆく町の風景を眺め、ユートは今回の訪問について書類に纏めていた。
ふとキースの目に店に掛けられた看板が目に入った。キースは咄嗟に馬車の御者に声をかけた。
「悪い。止めてくれないか」
キースの言葉に業者が馬車を止める。止まった馬車からキースが降りると書類を纏めていたユートも降りて来た。
「キース様、どうかしたましたか?」
「ん。ちょっとな…」
キースが入った店はアクセサリー屋だ。
指輪からネックレス、ブレスレットなどがショーケースに入れられている。
キースが真面目に選んでいる横でユートは眼鏡を外し思い出したかのように呟く。
「そうか…、マールの誕生日か」
「あぁ。訪問中にあいつも20になったはず。遅くなったけど何かプレゼント買っていこうかと。ん~…どれが似合うかなぁ」
「…お前、どういうつもりでそれを買う気だ?」
「どういうつもりとは?」
ユートがキースを咎めるような言葉を口にするとキースはショーケースを眺めながら答える。
そんなキースの肩をユートは掴み自分の方へと向ける。
「ただの使用人にそんなプレゼント買うのはおかしいだろ」
「ただの使用人じゃねぇよ」
ユートはキースの言葉に少し言葉を荒げて反応する。
だが、ユートはキースの反応は予想内だったのだろう気にせずに言葉を続ける。
「昔は幼馴染だとしても今のお前とマールの関係は次期領主と使用人という関係だろうが。それなのに次期領主がただの使用人にプレゼント買うのはおかしいし、他の使用人に示しがつかなくなる」
「ユートの言いたいことは分かってる。俺だって買って帰るにはちゃんと覚悟してるさ」
「覚悟?」
「あぁ。家に帰ってプレゼント渡してちゃんと伝える。だから、いいだろ?」
「…そうか。とうとう言うのか」
「あいつも20になるし俺も今度21になる。いい機会だろ」
「なら、俺は何も言わない。お前がやりたいようにすればいいさ」
「冷たい意見だこと」
ユートの言葉にキースは笑顔でまたショーケースを眺め始める。
キースとマールのことを心配してユートがさっきのような厳しい言葉を言ったことが分かっているからだ。
ショーケースを眺めながらキースはマールの喜んでくれそうなアクセサリーを探し始めた。
・・・
そして、領国訪問からキースとユートがマーリッヒ家に戻ってきた。
戻った日は仕事が入っていないのでキースが屋敷の中を歩いていると当り前だが使用人とすれ違う。
だが、その中に見知った顔がいない…。キースは自分のポケットの中に入れていた、プレゼントのアクセサリーを取りだす。
自分の手の中のアクセサリーを見ていると、廊下を歩いているカーネルを見つけたキースは近づいて声をかける。
「カーネル」
「キース様、領国訪問お疲れさまでした」
「あぁ。それよりマールの姿を見ないんだが何か知らないか?」
「…マールでしたら」
カーネルはゆっくりとキースの質問に答えた。
回答を聞いたキースは呆然と立ち尽くしている。そして綴るように否定の言葉を口にする。
「…嘘だろ?」
「…いえ、本当です」
だが、キースの期待を裏切るようにカーネルも否定したい気持ちを抑えて事実ということを伝える。
キースは駈け出してマールの部屋へと向かう。
心の中では先ほどのカーネルの言葉が嘘であって欲しいと思いながら…
マールの部屋についたキースはノックもせずにドアを開ける。
元々マールの私物が少なかった部屋だが、今はマールの私物は一つもない…
最初から置かれていた家具だけがこの部屋に存在している。
キースはゆっくりと部屋の中を進んで呟く。
「…なんで、なんでだよ!」
先ほどのカーネルの言葉が事実だとキースは実感した。
キースが領国訪問に行ってる間にマールはマーリッヒ家を出て行ってしまったということが…
その事実にキースの手からプレゼントがもう住人のいない部屋に零れ落ちた。