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Beloved Person  作者: タカ
12/31

12話

ユーハク家の令嬢であるロールの訪問から数日がたった。

あれからキースとマールは特に変わらない毎日を過ごしている。キースは執務に追われ、マールは使用人としての仕事に没頭していた。

マールと同じ使用人であるカーネルはあの日からキースとマールのことを見ていたロールの目が忘れられなかった。

あの後二人きりで何か言われなかった何気なく聞いてみたがマールは『何もなかった』と答えた。

その後も数日カーネルはマールのことを気にかけていたが、変わらないマールの姿を見て気のせいだったのだと思い込んでいた。

だが、マールはあれから着々とある準備をしていた。

今日も仕事が終わった後、諸々の所用を済ませると自分の部屋である作業をしている。


「これを詰めてっと。…そんなに私物がないから準備はかからないな」


マールは作業の手を止めてベッドに腰掛ける。

そして、自分に宛がわれている部屋を見渡す。使用人の部屋とはいえオータムやメイは好きに部屋のインテリアを変えてもいいと各使用人に許可を出している。

今もマーリッヒ家に住み込みで働いている使用人の中には近くの町でカーテンやカーペットなどを購入し飾っているものもいる。

だが、マールは元のまま部屋を使っている。パールスやカーネルからは『年頃なんだから』とおしゃれな雑貨屋に連れられて行ったこともある。

だけど、その店で購入したのは櫛や手鏡など荷物にならないような小物だけだ。

いつか近い将来、来るであろうことを考えると大きな荷物を買うのは気が乗らなかった。

マールは一つ溜息をついてから作業を開始しようとするとドアがノックされて返事をする間もなくパールスが入ってきた。


「マール、入るよ。…おや?なんだい、その荷物は?」


パールスはマールの近くに置かれている鞄に気がついた。

中には既に私服など詰められている。まるで長期間の旅行にでも行くかのように…

マールは焦る気持ちを出すことなく落ち着いてパールスに対応する。


「新しい鞄を買いましたのでどれぐらい入るものか試してみたくなりまして…」

「そういえばその鞄は持っているところ初めてみたよ。鞄を買うってことはどこか旅行にでも行く気かい?」

「いえ。そういうわけでもないんですけど…。ところでパールス様、何かありましたか?」

「あぁ、そうだった。明日カーネルと仕事を交代してくれるかい?カーネルが急用ができたってことだから早めに上がりたいらしいんだ」

「分かりました」


パールスはマールが頷いたことを確認してから『じゃあ、よろしくね』と言ってマールの部屋を後にした。

基本的に仕事の内容は一週間前にはパールスが各使用人の仕事の内容を決める。

だが、前日までにパールスに報告すれば交代できる可能性もある。

それにしても…いきなりドアを開けられたときは正直焦ってしまった。

いつ見られてもいいように理由だけは考えていてよかった…。マールは安堵の表情を浮かべ、さっきまで荷物を詰めていた鞄を部屋の隅に置きお手洗いに向かう。

お手洗いの帰りに廊下を歩いていると風呂上がりなのか髪を濡らし、タオルを肩にかけたキースが向こうから歩いてきた。

キースはニッコリと笑顔でマールに話しかけてくる。


「マール、こんな時間にどうした?」

「ちょっとお手洗いに…。キース様は今風呂だったのですか?」

「…そうだよ。まぁ、執務時間後だけど他の使用人のことも考えて今は敬語で許してやるよ」


キースは少し不満そうだが、笑顔でマールにそう言う。その間キースの頭から顔にかけて雫が垂れているのを見てマールは咄嗟にキースの肩に掛けられているタオルを手に取る。


「キース様、きちんと拭いてくださらないと風邪を引いてしまいます」


マールがタオルを使ってキースの頭を拭く。キースは拭きやすいように身を少し屈めている。

頭を拭くのにマールは気が付いていないがキースはじーっとマールを見つめている。二人の視線の位置は同じ高さにある。

一生懸命拭いている顔を見ているとその視線に気づいたのかマールがキースの頭から視線を落とす。

二人の視線が交わるとマールはすぐに視線を逸らす。キースは苦笑いを浮かべてタオルをマールの手から取る。


「後は自分で拭くからいいよ」

「は、はい」


キースはタオルで頭を拭き、それをマールが見ているとユートが紙を持ってこっちに歩いてくるのが見えた。

マールが頭を下げるとキースもそれに気付き振りかえり手を上げる。


「何か用か?」

「ほら、これ。今度のスケジュールだ」


ユートは持っていた紙をキースに手渡す。

それをキースは眺めながら口を開く。


「あ~、来週だっけ。忘れてた」


来週からキースは二週間ほどマーリッヒ家を離れて他領国に行くことになっている。

そろそろ他の領主とも正式な顔合わせをしたほうがいいだろうというオータムからの指示だ。

それを知らないマールはキースの持っていた紙を覗きこむ。


「キース様、それは?」

「ん?今度の領国訪問のスケジュール。来週からえ~と…二週間だっけ?」

「その予定だな。上手くいけばもう少し早く終わるかもしれんが」

「というわけだ。これサンキュウな」

「それが俺の仕事なんだよ」


キースの言葉にユートは苦笑いを浮かべて廊下を向こうへと歩いていく。

キースはユートの後姿を見送りながら紙にもう一度目を通す。

今回は二つの領国を周ることになっている。

またハードな日程を組んだものだなぁとキースが思っているとマールが何か考え込んでいるようだ。

キースは紙を自分のポケットに入れるとマールに話しかける。


「どうした、マール」

「…いえ。すいません。明日も早いので失礼します」

「あ、あぁ。おやすみ」

「おやすみなさいませ」


マールはキースに頭を下げて自分の部屋へと戻っていく。

その後姿をキースを見ながら少し不思議に思った。

何故領国を訪問すると言ったらあんな考え込んだんだろう…。

寂しいとでも思ってくれたのだろうか、それならいいがそういう風にも見えなかった。

まぁ、気にしてもしょうがないかとキースは自分の部屋に戻った。

そして、自分の部屋に戻ったマールは壁に掛けられているカレンダーに手を添える。

マールが手を添えた日はキースが領国訪問に出かける日。そして、カレンダーを見ているマールの顔は何かを決心したような顔になっていた。

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